Cobit、CMM等成熟度モデルの思想的背景を理解しようIT変革力【第7回】

IT業界では、金融商品取引法の国会通過により、組織能力評価論(成熟度モデル)に注目が集まっています。しかし、表面的な方法論に目を奪われ、その本質が理解されないまま活用されています。そもそも、成熟度モデルとは何なのでしょうか。

2006年07月12日 09時30分 公開
[TechTarget]

 自己を変え、企業を変革するための「ITマネジャーのための変革力養成」講座の第7回。米国で90年代よりITの世界にも導入された組織能力評価論(成熟度モデル)は、21世紀に入ってわが国でも盛んに導入されました。しかし、多くの企業が、CMMやCobitに注目している割には、その背景にある思想を理解していないようなのです。活用前に知っておかなくてはいけない思想とは何なのでしょうか。それを理解し、成熟度モデルを効果的に活用できるように考えていきましょう。

 現在IT業界では金融商品取引法(日本版企業改革法=J-SOX法)の国会通過により、CobitやCMM等組織能力評価論(成熟度モデル)が花盛りです。しかし、筆者は表面的な方法論の使い方に目を奪われ、背景にある本質的な思想が理解されないまま組織能力論(成熟度モデル)が一人歩きし、IT関連の組織により無自覚に活用されている現実をとても危惧しています。

そもそも成熟度モデルとは何か

 組織能力を測定するための手段である成熟度モデルは、ゼロディフェクト(無欠点管理)など伝統的な品質管理の世界で有名な米国のフィリップ・クロスビーが考案したものです。したがって元来、ITとは全く関係ありません。この成熟度モデルは、90年代米国経済が劇的に復活する際、政府が企業再生の促進策として創設したマルコム・ボルドリッジ賞(経営品質賞)を競う一般企業における経営の色々な側面からの能力評価の手段として発展しました。

 経営のリーダシップや顧客価値創造のプロセスなど複数のフレームで企業の段階的能力評価を行い、成熟度(一種の格付け)を決定するものです。そして各企業は自社の成熟度に応じた対応策を検討することになります。

IT世界の組織能力評価論の台頭

 90年代からITの世界にも組織能力評価論(成熟度モデル)が導入されてきました。

 ITベンダーの組織能力を評価するCMM(Capability Maturity Model)やCMMI(Capability Maturity Model Integrated-staged)、米国SOX法で注目されたユーザー企業のIT組織能力を評価するCobit(Control Objectives for Information and related Technology)などがそれにあたります。

 1991年、米国国防省で問題になっていたIT調達品質を向上させるため、ソフトウェアプロセスに関するITベンダーの組織能力を測る成熟度モデルとしてCMMが提唱されました。CMMを最初に提唱したのは、米国カーネギーメロン大学ソフトウェア工学研究所(SEI)のワッツ・ハンフリー教授といわれています。

 21世紀に入ってわが国でも経済産業省の音頭取りで盛んにCMMの導入が行われました。特に政府のe-Japan計画の電子政府にかかわるITシステムの調達の中で一言触れられたために大騒ぎになったのを筆者も覚えています。一定レベルのCMMをクリアーしない限り政府の大型案件のITシステム調達には入札できない時代が来るという悪夢が日本のITベンダーの経営者を襲った訳ですね。ところがこの案には批判も多く、実質的には骨抜きになってしまいましたが、このことは多くの日本企業にITの組織能力論というコンセプトを植え付けました。そしてITベンダーは上から下までCMMのレベルを高める運動が流行しました。

 実際、このような動きの中で某外資系ITベンダーはCMMのレベル5を取ったとかということが盛んに喧伝されたものです。

 そして今回日本版企業改革法といわれる金融取引法が2006年6月、国会を通過し、Cobitが上場企業などにおける内部統制に関するIT管理の具体的な手法として再度、注目を集めています。

組織能力評価論の背景にある思想

 さて気になるのは多くの企業が「ITの組織能力だ!」「ITの成熟度だ!」と叫ぶ割には、その背景にある思想をしっかり理解している訳ではないという点です。

 世の中の事象を分析する哲学には、2つの全く異なるアプローチがあります。

 1つは「我思う故に我あり」で有名なデカルト哲学です。この発想によれば「考える人は世の中の事象を客観的、普遍的、論理的に捉える理論を発見できる」といったものでした。この哲学に基づき客観科学が発達し、科学革命により近代産業が勃興しました。

 これは自然科学の分野で有効性を発揮した哲学です。そして論理実証主義など社会科学の世界でも取り入れられて来ました。コンビニエンス・ストアの発注のように「仮説を立て、検証により証拠を確認せよ!」と言うアプローチですね。分かりやすく言えば「真実は1つである」という哲学思想です。

 一方、それとは全く異なる社会構成主義(社会構築主義とも言う)と呼ばれる哲学があります。これは個々の社員の行動力、新しい知識創造や情報獲得力、感情や価値観、規範などは、目に見えない組織の構造によって決まってくるというものです。組織の構造とは組織の考える力や感じる力、行動する力、すなわち組織の能力のことです。

 これは分かりやすく言えば「組織の能力は個々の組織によって異なる、従って真実は複数ある」という哲学思想です。

 この考え方は多くの社会科学者によって採用されてきました。例えば経営学には古典的に有名な「条件適合理論」があります。この理論に従えば、組織の構造に絶対的な真実は存在せず、工業社会にはピラミッド型組織が有効であり、一方、情報化社会にはネットワーク型組織の方が適しているといった考え方になります。周囲の環境条件によって適した組織は異なるという訳ですね。

 さて、CobitやCMM等組織能力評価論(成熟度モデル)は複数の真実としてレベル0からレベル5まで6段階(レベル1から5までの5段階という見方もある)の格付け尺度を置いていると考えることができます。

 CobitやCMM等組織能力評価論(成熟度モデル)の後ろには明らかに社会構成主義(社会構築主義ともいう)の哲学が横たわっている訳ですね。

 Cobit、CMM等成熟度モデルの活用に走る前に、その哲学思想的背景を十分理解しよう。

(野村総合研究所 社会ITマネジメントコンサルティング部 上席研究員 山崎秀夫)

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