東向鉄工は1929年(昭和4年)創業で、事業は船舶関連の機器製造から始まった。現在は大型クレーンのミッションや油圧タンクなど、油の力で物を動かす油圧技術を核とした部品製造を中心にビジネスを拡大している。
大型クレーンをはじめとする重機は、自動車のように大量生産されない。重機メーカーは自動車と同じように必要なものを必要なときに必要な数だけ生産するジャストインタイム方式を進めている。大型重機用部品の製造を行う東向鉄工も例外ではなく、重機メーカーの要求に合わせ、多品種少量生産をタイムリーに実現できなければならない。
大型重機の納期は、変動的である上に長い。そして、その重機用部品の製造に必要な原材料の調達もまた、長い期間を要する。
「6カ月後に納品すべき部品の材料調達に、6カ月かかる場合があります。これでは、製造する時間がありません。材料は高価で貴重なものが多く、余裕を持って在庫するにも負担が伴います」と代表取締役社長の東向一彦氏は語る。
多品種少量生産が求められる一方で、顧客のジャストインタイム方式にも対応しなければならない。この状況を打開するためには、きちんと需要を予測した計画生産が必要だ。しかし、この予測を人手で行うのは難しく、解決にはERPの力が必要だったというわけだ。
東向鉄工は社員数100人、年商約24億円の企業だ。その東向鉄工が採用したのは、「SAP ERP 6.0 for Industrial Machinery & Components」(以下、SAP ERP)だ。会社規模から考えても同社は、「SAP ERPの導入にはまだ早い企業」と東向氏は言う。しかし、そう自覚しつつも導入に踏み切ったのには理由があった。
東向氏は、同社社長に就任する以前はコンサルティングファームに在籍しており、SAP ERPやJD Edwards OneWorld、Oracle E-Business Suiteなど各種ERPアプリケーションの導入プロジェクトにも携わっていた。
「わたしの過去の経験から言えば、SAP ERPはどちらかといえば汎用的で、全般的に能力はあるけれど際立って優れているところもない。そういうバランスの取れた製品でした」(東向氏)
SAP ERPの採用を決定付けたのは、同氏が感じるSAPという企業の勢いだった。SAPは2007年ごろから、中堅・中小企業市場に向けた取り組みを強化していくと宣言している。実際、大企業向け市場は一巡した感があり、これ以上の売り上げを見込むためには新たな市場の開拓が必要とされていた。そうであるなら、中堅・中小企業向けのERP製品は確実に成長・熟成し、東向鉄工のIT戦略にも好影響をもたらすと考えたわけだ。
「現時点で、いくら細かな機能が自社の要求にフィットしていたとしても、それが5年後、10年後にどうなっているか分からないのでは困ります。製品の将来性も考えた上でSAP ERPを選択しました」(東向氏)
多くの販売実績を持つオラクルのERP製品であっても、将来性の面で不安があったという。
「ERPは、ベンダーが全勢力を傾けるべき製品と考えています。当時、オラクルはPeopleSoftを買収した直後で、『PeopleSoft商店』『JD Edwards商店』『Oracle E-Business商店』といった具合に複数の店舗が乱立する状態でした。これでは、オラクルのERPに対する方向性が見えてきません」(東向氏)
ちなみにOracle E-Business Suiteは、製造分野でも生産設備などの確定系システムではフィットする印象を持っていたという。しかしながら、MRP(Material Requirements Planning:資材所要量計画)の能力はSAP ERPの方が高く、同社の計画系システムには向かないと判断したという。

Microsoft Dynamics AXも検討候補に挙がった。しかし、当時は発売されたばかりの新製品で競合と呼ぶには時期尚早だった。しかし、東向氏は「コスト面の優位性は感じました。十分な実績を積めばコンペ製品になり得るでしょう」とも話す。
「コストの問題から、すべてをSAP製品で固めるわけにはいきませんでした。そのため、適宜機能を選択して製品のすみ分けを行っています」(東向氏)
国産ERPも幾つか検討したが、採用には至らなかった。その理由は3つあり、1つ目は東向鉄工が関西を拠点とした企業であり、予算が厳しい状況下では優秀な作り手が集まらないだろうと判断したこと。
2つ目は、国産ERPは会計機能に力点を置いたものが多く、サプライチェーンやロジスティック機能は手薄だろう分析したこと。
3つ目は、洗練されたユーザーインタフェースを持つ国産ERPは多いが、機能の多様性に乏しく、結果的に大量のカスタマイズが必要になると判断したことだという。
SAPの勢いを買ってSAP ERPを導入した東向鉄工だが、ERPの導入を成功に導いた理由はほかにもある。
「フィット&ギャップを詳細に実施し、そこに時間とリソースを投入していたのではコストに見合いません。大きな要件だけをRFP(Request For Proposal:提案依頼書)にまとめました」(東向氏)
東向鉄工におけるERP導入のポリシーは、「アドオン開発はしない。なくていいものは外す」というもの。この姿勢が、導入コストを最小限に抑えたようだ。
日本企業の多くは、ERPの業務フローが自社にフィットしていなかったとしても簡単には対応しようとしない。適合させるためのアドオン開発が増えるからだ。中小企業では、業務フローが成熟していないケースが目立つ。そうであるなら、むしろグローバルで実績のあるSAP ERPに業務フローを合わせてしまった方が、将来的なメリットは大きいと考えたわけだ。
「すべてをSAP ERPに合わせる方向で考えました。その結果、新しい業務フローが必要であれば、それを実施する部署を作ればいい。人が足りないのであれば求人し補完する。こういった組織のコストまでも、ERP導入の際は考えておく必要があります」(東向氏)
東向鉄工は、全体予算から導入・保守・運用費用を差し引き、残りをERPのライセンス費用としてSAPに提示した。それに対しSAPは、「その予算の範囲内で対応可能」と回答し、SAP ERPの導入は開始された。
SAP ERPには、SAPがこれまで世界中で経験してきたベストプラクティスが盛り込まれている。そのため東向氏は、SAPのビジネスシナリオだけで自社の業務フローを流せると確信したという。
「われわれはほかの会社とは違うというエゴさえ捨てられれば、規模にかかわらずほとんどの企業でSAPのシナリオをそのまま適用できるはずです」(東向氏)
どうしても譲れない帳票は開発したが、それ以外は一切アドオン開発の必要を感じなかったという。その結果、2007年3月にSAP ERP導入の検討を開始し、6月に採用を決め、9月から本格的な導入作業を開始したという。正式稼働は、2008年4月1日のことだ。
東向鉄工は、一部でカスタマイズを行っている。それは、他システムとの連携部分だ。同社は、正確な製造現場の情報を収集し適切な製造活動を指示、さらには実施した製造活動の報告を行うためのMES(Manufacturing Execution System:製造実行システム)を導入している。製造機械から製品の生産にかかる稼働時間を自動計測し、SAP ERPの原価計算に反映させるというものだ。
「電気代は、製品コストに大きく影響する要素です。通常であれば、工場全体の電気代を製造個数で割り、各製品の電気代を算出します。ところが、『LonWorks』(※)関連ソフトウェアを利用すれば正確な機械の稼働時間が部品単位で分かり、電気代を詳細に製品原価に反映できるのです」(東向氏)
※LonWorks:設備の知的分散制御を行う技術
実際、東向鉄工は部品を削る刃物の利用時間も、消耗品費用として個別の製品原価に反映させている。MES以外にも倉庫管理システムや設計支援システムなど、さまざまなシステムをERPと連携させている。正確な原価計算でコスト削減のポイント見つけ出し、収益を拡大しているのだ。
なぜIT化を急速に進めなければならなかったのか。それは、「優秀な人材が不足しているからです」と東向氏は説明する。日本の製造現場では熟練した技術者が減りつつあり、彼らが持つノウハウをITで保存・継承する必要があったのだ。実際、そのノウハウをITで具現化したある生産ラインでは、売り上げが5倍に達したという。そのためには、生産工程の自動化とSAP ERPの融合が不可欠だったのだ。
「高度な技術を持っていても、人が現場で物作りをしていたのでは生産できる量に限りがあります。生産はITに任せ、優秀な技術者には若手の教育やノウハウの提供に努めてもらうのです」(東向氏)
東向氏は、「SAP ERPが悲鳴を上げるくらいシステムを使い倒したい」と語る。100%、120%とSAP ERPの利用率を高められれば、高価だといわれるERPであっても十分なコストメリットを享受できると考えているのだ。
最近のERPパッケージには安価なものが増えているとはいえ、大きなコストが掛るのも事実だ。初期コストを気にしながらERPを導入し業務を効率化するだけでは、もともとそこに掛けるコストが小さな中小企業は導入メリットを出しにくい。
導入後の目標をどこに設定するか。中小企業であっても、ERPの活用次第で、その投資は高いものにも安いものにもなり得るということだろう。