2008年06月18日 08時00分 UPDATE
特集/連載

CRM導入事例:SugerCRMSiebelからSugarCRMへ 重工業大手IHIのCRMダウンサイジングプロジェクト

全社統合の保守サービス基盤構築を目指し「Siebel CRM」を導入したIHI。しかし情シス部門はある理由からCRMのダウンサイジングプロジェクトを立ち上げる。選ばれたのはOSSのSugerCRMだった。

[吉田育代]

全社横断のアフターサービスを目指しCRMアプリケーションを導入

 IHI(旧石川島播磨重工業)は重工業を主体とする総合エンジニアリング企業である。船舶/海洋事業、航空/宇宙事業、機械事業、物流/鉄鋼事業、エネルギー/プラント事業など、幅広い事業分野で重工業製品を生産している。こうした製品は作って顧客に納入すればそれで終わりというわけではない。定期的な点検や不測の障害に対応する保守など、きめ細やかなアフターサービスが不可欠だ。

 従来、こうしたメンテナンス情報はビジネスユニットごとに個別に管理していたのだが、IHIは、部門をまたいだ関係者間での情報共有や、そこに潜む暗黙知の蓄積がきめ細やかなアフターサービスの創出には不可欠と考え、基盤となるシステムの導入を検討することになった。そのシステムとして選んだのが、CRMパッケージアプリケーションだ。

 このときIHIが目指したのは、全社共通で利用できる基盤を持つことだった。そこで、CRM市場で多くの実績を持つ「Siebel CRM」を候補に挙げた。その背景には、既に同社の物流関連のビジネスユニットで、設備のメンテナンス情報管理にSiebel CRMが利用されていたということもあった。

 もちろん1つのプラットフォームで全社のニーズをすべてカバーすることの困難は理解していた。しかし、「顧客から依頼を受けてメンテナンスに出向き、作業リポートを作成する」という一連の業務フローはどのビジネスユニットでもほぼ同じであるため、ビジネスユニットごとに必要な機能を作ることも視野に入れてSiebel CRMの導入に踏み切った。2005年のことである。

 だが、現実には利用部門での活用は予想以上に難航した。ビジネスユニットごとに重点的に管理したいメンテナンス情報のポイントがかなり異なっており、ひな型を示してビジネスユニット独自の特徴を追加開発していくというアプローチは、利用部門の理解を得ることが難しかったのだ。結果として、このプラットフォームは当初の構想ほどには浸透しなかった。しかし、決してSiebel CRMが劣っていたわけではない。IHIの場合、事業範囲の広さが生半可ではないため、ビジネスユニットごとの非常に細かいデータニーズすべてに対応する全社共通プラットフォームを構築すること自体が難しく、時間のかかる作業だったのである。

全社最適から個別最適へ、ダウンサイジングでSugarCRMを選択

 同社の情報システム部 新事業推進グループの動きは速かった。「利用の進まないCRMシステムでは構築した意味がない」と、導入の翌年には状況の打開策を検討し始めた。そして、同社でいうところの「ダウンサイジングプロジェクト」をスタートさせる。

 最初はSiebel CRMをベースにしたプラットフォームの改良を考えた。しかし、価格の問題があった上に、これを推進するにはIHIグループのシステム会社経由で、物流関連のビジネスユニットのSiebel CRM導入をサポートしたシステムインテグレーターと交渉する必要があり、進行が滞りがちになってしまう事情もあった。そこでまったく別の製品を選定し直し、再構築する方向に切り替えたのである。そこで採用したCRMパッケージが「SugarCRM」だった。なぜSugarCRMだったのか。

画像 「メンテナンスは営業の起点。顧客に合わせてサービス内容を変えるため、その変化に対応できるCRMを目指しました」と語る鏑木氏

 選定プロセスでは候補となる製品がSugarCRMのほかに2つあったという。「Microsoft Dynamics CRM」と「Salesforce」である。Microsoft Dynamics CRMは同社が要件として掲げていたCRM機能は網羅しており、製品的には魅力があったそうだ。しかし、当時製品発表はされていたものの、出荷のタイミングが間に合わなかった。一方、SaaS(Software as a Service)型で提供されるSalesforceも機能は申し分なく、「SaaSはやがて通る道」と同社でも考えてはいたが、採用すればこれが同社初のSaaS利用となる。そのためにはデータの外部利用、アクセス制御などに関して社内セキュリティ規定を全面的に見直すとともに、今後の利用を想定した体制をしっかりと整えなければならない。ダウンサイジングプロジェクトはできるかぎり早く進めたかったため、これも見送ることになった。

画像 「リプレースは目標予算としていた従来の保守費用内で完了しました」と語る鈴木氏

 情報システム部 新事業推進グループ 部長の鏑木孝昭氏は、SugarCRMの採用について次のように語る。

 「今回は、既存の情報システムとまったくしがらみのない、サードパーティー的なアプリケーションを導入するのが最適だと考えました。これがオープンソースであることは、正直言ってあまり製品選択のポイントではありません。パッケージとしてこちらが求める機能を満たしてくれればよく、規模的にも問題がない。それがSugarCRMだったということです」(鏑木氏)

 また、同グループ、主査の鈴木和彦氏は、「CRMアプリケーションは、営業員向けの機能を中心としたものが多いですが、SugarCRMは保守メンテナンススタッフが使える機能も最初からそろっていて、作り込みを最小限に抑えられるという期待を持てたことがよかったですね」と鏑木氏の発言を補足してくれた。

データニーズに密着したCRMアプリケーションを実現

 2008年1月、ガスタービン発電設備、コージェネレーション設備などの原動機を扱う事業部(原動機プラント事業部)で、SugarCRMをベースとした保守メンテナンスシステムの利用がスタートした。

 ビジネスユニットごとに管理したいポイントが異なることは前述したが、原動機における保守メンテナンスで最も重要なのは、「形態管理情報」と呼ばれるものだ。不具合情報が報告されたとき、メンテナンススタッフが真っ先に確認したいのは「その原動機がどのような機器構成になっているか」である。型式である程度は把握できるのだが、納入先に最適化された特別仕様の可能性もあるし、ロットの関係で通常とは違うパーツを使用している可能性もある。メンテナンススタッフはそれらが分かって初めて対応に動くことができる。また、修理の間に持ち込む予備機を予約したり、これまでの運用状況を知るために運用履歴情報もよく利用される。これらの情報がSugerCRMで手厚くカバーされている。

画像 原動機プラント事業部で実際に使われているSugerCRMの画面《クリックで拡大》

 SugerCRMの画面には、顧客の基本情報、機器情報、保守情報などが一元的に表示される。保守情報の一部は、原動機からネットワーク経由で直接SugerCRMの画面上に通知され、スタッフはこの画面から情報を得てさらに詳しい情報を別の専門システムから取得するのだという。

 取引先情報の画面には「活動と履歴」という情報入力個所があり、スタッフが活動内容を入力して完了ボタンを押すと、その内容が自動的に履歴にも反映される。このあたりはSugarCRMの標準機能をそのまま活用しているそうだ。

 同社では原動機プラント事業部以外にも3つのビジネスユニットでSugarCRMの試用が始まっている。利用開始から3カ月たったというところであるため、現状では詳細な導入効果は確認していない。ただ、取り立ててユーザー研修もせずにすんなりと導入できたことはメリットだと感じているし、「点検情報など蓄積されたデータを詳しく見てみたい」というエンドユーザーの気運は高まっているという。「遅かれ早かれいい効果が出てくることは確信している」と鏑木氏。ランニングコスト的にはSiebel CRM利用のころと比較して約5割の削減ができたそうで、このことは効果の1つといえるだろう。

CRMアプリケーション構築は経営改革プロジェクトだ

 パッケージがオープンソースであったことは、開発プロセスにおいてもそれほど大きな変化をもたらさなかったようだ。「製品選定同様、オープンソースだからといって特に開発で意識したことはありませんでした。普通のパッケージと同じで、ソースコードに手を入れたらバージョンアップのときに苦労します。ユーザー要件を満たすためにどうしても必要なカスタマイズ以外はしないように努めました」(鈴木氏)。

 実はIHIでは、ほかのビジネスユニットにおいては、SugarCRM以外のCRMアプリケーションも利用しており、同社でゼロから自社開発した例もある。その意味ではSugarCRMが唯一無二の選択だったわけではない。しかし、この製品が意味なく選ばれたのでもない。

 鏑木氏はSugarCRMベースのシステムのポジショニングや今後の展望についてこう締めくくった。「CRMへのニーズが明確にあって、業務の流れを根本から見直したいというようなケースでは、そのニーズに沿ってCRM製品を選択した方がいいと思います。しかし、さまざまな顧客情報を持ちながら、その利用が進んでいないというビジネスユニットには、まず小規模に『見える』ものを作って見せることが重要であり、SugarCRMはそれにとても適したものであると思います。ものを見せることにより、行動を変革することを目的しており、多少大げさに言えば、ビジネスユニットの経営改革を進めているのです。今後も改革効果がありそうなビジネスユニットへ向け、迅速にプロトタイプシステムを作っては提案していくことになるでしょう」。

 汎用プラットフォームを展開する難しさを実感するや、ビジネスユニットのニーズに密着したコンパクトなアプリケーションへと移行したIHI。この事例に、うまくいくCRM構築のヒントを垣間見ることができる。

【導入企業紹介】株式会社IHI

重工業を主体とする総合エンジニアリング企業。「エネルギー・環境」「ロジスティクス」「輸送・原動機」「セキュリティ」という4つの戦略事業領域を掲げ、「Explore the Engineering Edge」をコーポレートスローガンに、たゆみなく社会発展に貢献することを企業理念としている。2007年7月、旧社名である石川島播磨重工業から社名変更を行った。

http://www.ihi.co.jp/


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