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IFRS財団 島崎氏「2012年中にIFRSにコミットを」【IFRS】キーパーソンに聞く【3】

IFRSの動向を長く見てきた識者は不透明感を増す日本のIFRSの状況をどう考えているのか。IFRS財団の評議員でIFRSを巡る国際動向にも詳しい島崎憲明氏に、米国の状況や日本の今後の議論、IFRS財団の取り組みなどについて聞いた。

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 日本はIFRSを適用すべきか否か、そして適用するならどのような方法か。金融庁担当大臣の発言以降、日本のIFRS適用の方針が議論されているが、明確な方針はまだ示されていない。IFRS財団の評議員でIFRSを巡る国際動向にも詳しい島崎憲明氏に米国の状況や日本の今後の議論、IFRS財団の取り組みなどを聞いた(島崎氏は2011年11月9日〜11日に都内で開催される「CFO Japan Summit 2011」で講演する)。

——米国証券取引委員会(SEC)は2011年中に米国企業へのIFRS適用について何らかの判断を示すとしています。また、コンドースメント・アプローチという考えもスタッフの1つのアイデアとして提示されています。米国の状況をどう見ますか。

 G20サミットでは、シングルセットのハイクオリティな会計基準を策定することを加速しなさいという提言が繰り返し出されています。この提言についてSECは同意しています。また、米国の他のステークホルダーである米国公認会計士協会(AICPA)や大手監査法人も基本的には賛同しています。


島崎憲明氏。1969年住友商事株式会社入社。米国住友商事(ニューヨーク駐在)、主計部長を経て1998年取締役就任。2005年より代表取締役副社長執行役員。現在、住友商事株式会社特別顧問。2009年に国際会計基準審議会(IASB)の監督団体である国際財務報告基準財団(IFRS Foundation)の評議員、2010年に公益財団法人財務会計基準機構(FASF)の評議員に就任(2011年より理事)。2003年から2011年まで日本経済団体連合会経済法規委員会において、資本市場部会長(2003〜2008年)、企業会計部会長(2008〜2011年)を務める。

 その中で現在SECが検討しているのは、国際的に統一した質の高い会計基準をどういうアプローチで作っていくかということです。そのプロセスとしてはアドプションやコンバージェンスがあります。「コンドースメント・アプローチ」はSECがスタッフレベルの提言として公開した1つのアプローチ案です。これは米国会計基準を3つのカテゴリーに分け、コンバージェンスまたはエンドースメントを行うというアプローチで、SECではコンドースメントの完結までには5〜7年の時間がかかるとしています。

 SECが2008年に出したIFRS適用のロードマップに比べると、計画に時間がかかっているし、シンプルなアドプションではなくなったことから、SECの姿勢が後退したととらえる人がいます。一方、コンドースメント・アプローチであっても、米国基準にIFRSを取り込んでいって、最終的には米国基準をIFRSに合わせて基準を1つにするということには変わりがないことから、方向性はブレていないし、きちんとIFRSにコミットしているという意見もあります。IFRS財団の内部でもSECのコンドースメント・アプローチは前向きなものとして受け取る見方が大勢です(参考記事:「コンドースメント」議論する公開討論)。

 仮にコンドースメント・アプローチを採用した場合、米国は自国の基準にIFRSを取り込みます。米国財務会計基準審議会(FASB)と国際会計基準審議会(IASB)のMoUプロジェクトが終わった後、FASBは新しい基準の開発をせずに、IASBが開発した基準をエンドースしていきます。ただ、そのエンドースメントは受け身ではなく、プロアクティブなエンドースメントです。FASBは、IASBがアジェンダ設定をして基準を作る前段階から協力をして、米国が受け入れられる内容の基準作りを支援していくことになるでしょう。米国にはそのくらいの意気込みがあるのです。

——一方、日本では、金融庁の自見庄三郎担当大臣の発言以降、IFRSの今後については不透明感が増しています。企業会計審議会の議論を聞いても先を見通すのは難しいように思います。

 大臣が話した内容は、米国の状況や東日本大震災の影響があり、2012年に決めても5〜7年の準備期間を置くという内容であって、同時に国内企業の米国基準の使用期限も撤廃するというものです。この限りにおいては中間報告のロードマップから離れているわけではありません。単に実行するための準備期間を米国と同様にするということだと理解しています。その限りにおいてはそれほどネガティブな話ではないと思っています(参考記事:IFRS強制適用が延期、金融相が「2015年3月期の強制適用は考えていない」)。

 ただ、私が問題と考えているのはロードマップの強制適用時期だけを取り出して、審議会で議論をする前に大臣が「2015年3月期の強制適用はない」と話したことです。審議会で審議をする前になぜこのようなことを発言するのか、話の順序が逆です。このようなことを6月30日の審議会では申し上げました(参考記事:2年前に逆戻りしたIFRS議論——大幅増員した審議会で結論は?)。

——大臣の発言についてネガティブな結論ではない、ということの意味は?

 大臣の発言は準備期間を延ばすということです。中間報告のロードマップを全て反故にし、強制適用をなくすという内容ではありません。大臣の発言でIFRSアドプションの流れが逆回転するという人もいますが、私はそうは思わないのです。2012年に決めたとしても2015年には適用しないという意味であってスケジュールに時間的な余裕を持たせたということです。また、2012年に向けてもっと議論をしないといけないということも大臣の発言には含まれます。議論の必要性についてはこれまでさまざまなところでいわれていましたが、今回そのような場を設けたと理解しています。

 ただ、だからといって中間報告のロードマップが出る前、または東京合意以前にさかのぼるような議論を、審議会で今行うのは全くおかしなことです。6月30日と8月25日の審議会で行われたような議論は東京合意以前に終わったはずです。なぜ今ここで、IFRSの質が悪いといった議論になるのか、理解できません。日本は東京合意に基づき、欧州との同等性評価を得るためのコンバージェンス作業を行ってきました。IFRSに多少の欠陥はあるにしても、日本基準を国際化させていく基準としてIFRSを選んだのです。審議会では、IFRSの個々の基準を取り上げて問題を指摘する意見や、IFRSは日本の経営風土に合わないといった声がありましたが、どういう根拠でいっているのか。私はもう少しきちんとした議論をすべきだと思います(参考記事:IFRSロードマップはどうなる? 金融庁審議会の議論を追う)。

——では審議会でIFRS適用に向けて前向きな議論が行われた場合、どのようなアプローチが考えられるでしょうか。

 日本が2012年に決断する際には、強制適用だけではなく、米国のようなコンドースメント・アプローチも検討に値すると考えています。上場会社にIFRSを強制適用するだけではなく、コンバージェンスもとことん突き詰めて、その後にエンドースメントをして日本基準とIFRSを一致させるという方法もあります。

 これまでのコンバージェンスは同等性評価を得るための消極的な姿勢で、できるだけ日本独自の基準を残そうとしています。ただ、実質的にフルコンバージェンスないしフルアドプションとなるコンドースメント・アプローチでは、日本独自の基準は消えます。それでいいのか、そしてコンドースメント・アプローチで生まれた基準を全ての株式会社に適用することが良いことなのか。このようなことを十分に分析、評価する必要があります。もしこのコンドースメント・アプローチが採れないのであれば、部分的または段階的に上場会社の連結財務諸表にのみIFRSを強制適用した方がいいという判断も出てくるでしょう。

 IFRSの個々の基準の中に、そのまま適用すると日本企業にマイナスとなる、国際的な競争力を損ねる、日本の雇用に悪影響のある基準があるとすれば、まずはその見直しをIASBに強く求めるべきでしょうし、日本からの要望に対して十分な対応が取られないのであれば、その基準はエンドースせず、カーブアウトするという道も残されています。「強制適用=何でも受け入れる」ということではありません。そのようなことはどの国もやっていません。EU(欧州連合)はIFRSをアドプションしましたが、IFRS第9号はいまだにエンドースしていません。強制適用してもフリーハンドなのです。個々の基準については使い勝手がいいように直してほしいと交渉をすればいいのです。しかも日本はそのような交渉ができる立場を確かなものにしつつあります。

——2010年3月期にIFRSの任意適用が可能になって以来、日本企業はこれまで4社が適用しました。想定よりも少なくないですか?

 これは日本基準が国際的に評価されている基準であるということを示しています。また、国際展開する日本企業の多くが米国会計基準を使っていることも影響しています。韓国では50社以上が任意適用したといいますが、その背景には、韓国企業が適正に評価され、競争力のあるコストで資金調達をするには、国際的に信頼される会計基準に変えていかないといけなかったという状況がありました。そのためトップダウン、待ったなしで国の方針としてIFRS導入を進めてきました。韓国企業にとって任意適用は渡りに船だったのです。

 ところが日本では、日本の基準が信用できないということを自らが決算書に警句として書かされるというレジェンド問題の屈辱的な時期を経て、基準を国際化してきました。そのため、今、日本基準で国際的にビジネスをしても過小評価されるとか、ファイナンスをするときに日本基準ではできないという状況ではありません。つまり日本企業にとってはIFRS任意適用に切羽詰まった状況ではないのです。

 また、会計基準をIFRSに変えるのを機に、グローバルな連結経営をより深化させていこう、経営管理システムを見直そう、データ収集や経理処理のプロセスを見直そうという企業であれば、1〜2年ではIFRSを適用できません。時間がかかります。これらの理由からIFRSを任意適用する企業がそれほど現われていないのだと思います。

 ただ、準備をしているという企業は東京証券取引所の調査にあったように100社近くはあります(参考記事:100社に近づくIFRS任意適用準備会社、東証がアンケート)。そういう企業で多いのは2013年、2014年の適用です。IFRSが嫌なのではなくて、適用までに時間がかかっているということと理解しています。

——IASBは新議長のハンス・フーヘルフォルスト氏を迎えました。IASB、IFRS財団は今後どのような方向に進んでいくのでしょうか。

 IFRS財団は現在、過去10年を振り返り、これから10年の戦略を考える戦略レビューを行っています。これらの作業を通じて、IFRS財団、IASBのミッションを明確にする必要があります。そのミッションとは、シングルセットのハイクオリティな会計基準を作って、コンバージェンスではなく、アドプションでIFRSを世界中に広げることになるでしょう。

 過去10年はIFRSにとって成功した10年でした。120カ国以上がIFRSを使い、世界標準になろうとしています。一方で、世界で1つの基準で統一されるということは基準間の競争がなくなるということです。基準を作る立場からすると独立性を保って、透明性も高く、皆さんの意見も聞きながら作っていく必要があります。ガバナンス体制やデュープロセスをきちんと構築し、基準を作る場合でもアジェンダやドラフト公開して意見を募り、その意見をどう反映して最終的なものができたのかというプロセスを、今まで以上に透明性高く、フェアにやっていく必要があります。

 IFRS財団の文書には「われわれはArrogant(ごう慢)になってはいけない」とあります。いろいろな意見に耳を傾けて、自らを律する必要があるのです。MoU項目では金融商品などがまだ決着がついていません。しかし、「スピードも大切だが、それよりもクオリティが大事、不満が多いものについては作り直していく」という気持ちをハンス・フーヘルフォルスト新議長は持っていると思います。

 新議長夫妻は親日家としても知られています。日本としては意見を言える関係を作りやすいといえるでしょう。日本からの発言力を高めるためには2012年中にきちんとIFRSにコミットして、「IFRS使用国」になることです。2011年7月には中国が中心となって新興国をまとめる「EEG(Emerging Economic Group:新興経済グループ)」が設立されるなど、IFRSについてアジアのリーダーシップを巡る駆け引きも始まっています。2012年に東京に設立されるIASBのサテライトオフィスも、日本がもたもたしていると中国の影響力が大きく反映されることになりかねません。私はそれを心配しています(参考記事:IFRS強制適用への期待の表れか——IASBが東京オフィス設置を発表)。

——IFRSの今後の議論について抱負を教えてください。

 日本は、2012年に向けて国を挙げて将来の方向性を決めるような議論をしないといけないのです。私は青臭いようですが、本来はその場で会社法や税法を含めた「トライアングル体制」についても議論すべきと考えています。

 一方、国際的な対応は待ったなしです。そこで単体や会社法、税法の議論を続けていると前に進まないという側面もあります。そのためやはり連結の議論を先行して行う必要があるでしょう。悠長なことは言っていられないのが現実なのです。

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