SAP導入のベストプラクティスは「カスタマイズしない」こと:SAP導入事例
英オープン大学CIOのユールズ氏は、SAP製品の導入に際してカスタマイズしないという方針を打ち立てた。どのような問題が生じたのか。それでもカスタマイズしなかった理由とは何か。
英ロンドンで開催されたSAPコミュニティー向け年次イベント「#itelli2019 Conference」でオープン大学の最高情報責任者(CIO)クリス・ユールズ氏がプレゼンテーションを行った。同大学はSAPコンサルティング企業itelligenceのサポートを受け、20年にわたって使用してきたレガシーシステムをSAPのクラウドサービスに置き換えることができたという。
オープン大学は、ITプロバイダーInfosysのリソースを利用して校内ITスタッフの手を空け、SAPのビジネス変革イニシアチブに取り組めるようにした。
このプロジェクトの背景には、大学業務上の要因も幾つかあった。同大学は、運営方法、業務プロセス、システムを近代化する必要に迫られていた。
同氏は、デジタル変革がオープン大学の業務にもたらすことを大学自体が理解する必要があると考えている。「これは短距離走ではなく長距離走だ。学生に提供するものをデータ主導にしたいと考えると、新しいバックエンドが必要になる。学生が気にするのは、サーバルームのサーバの台数ではない。どのようなサービスが提供されるかだ」
SAPをカスタマイズしない
ユールズ氏は、クラウドでホストされる新しいSAPシステム(ERPおよびCRM)に標準化することに決め、itelligenceのサポートを受けて導入することにした。「『SAP ERP』は機能する最低限の製品として提供している。例えばバニラ(訳注)SAPには、ユーザーが求める機能が実装されていないかもしれない」
訳注:改造、改変、カスタマイズなどを行っていない状態のソフトウェア。
「これは、変革を求めるユーザーには受け入れられない場合が多い。そのため決意なしにはできないことだった。まるで牛を率いるかのように、こうした人々を説得し続ける必要があった」(ユールズ氏)
ユールズ氏は、人材管理モジュールを求めていた人事部長との会話を例に挙げた。「そのモジュールがなくてもしばらくは問題ない。採用能力を持つことよりも、人々を確保し続ける方がもっと重要だ」
2017年後半、ユールズ氏はオープン大学の理事会でバニラSAPの重要性を説いた。そして同氏は、大幅にカスタマイズして使っていた「Siebel CRM」は何か1つ変更するのに6カ月を要することを説明した。
「カスタマイズしたSiebel製品を作り上げるのに15年を費やしてきた。『SAP CRM』に移行することを提案するのは非常に恐ろしい。この製品はバニラ状態のままにし、カスタマイズはしない。これについて理事会を説き伏せるのは非常に難しかった。Siebelのアップデートを例に挙げ、カスタムシステムがどれだけ複雑かを示した。理事会は、製品をできるだけシンプルに保たなければならないことを理解する必要があった」
ユールズ氏は自身の経験から、カスタマイズに意味はないと考えている。「欠陥があるのは技術ではなく業務プロセスだ。新しいデジタルシステムをインストールするのに、アナログのプロセスをそのまま利用したくはない」
同氏は、これは単に紙のプロセスを「デジタル版の紙」のプロセスに置き換えるだけだと言う。「1990年代半ば、全ての紙のプロセスがコンピュータ化された」
オープン大学のレガシーシステムに保存されているデータには一貫性がない。このデータを使って学生の学習を強化するのは不可能だ。つまり業務プロセスが機能していない。「新しい学生システムを提供するに当たって、過去は一切関係ない」(ユールズ氏)
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ベストプラクティス
新しいSAPシステムの導入に伴う技術の変化は、デジタル変革プロジェクト全体から見れば小さな部分にすぎないとユールズ氏は考えている。「プロジェクトの80%を占めるのは業務の変化だ。人々は、新しいERPで効率が改善されれば仕事を失う危機を感じるかもしれない。2人分の仕事が1人でできるようになるためだ」
ユールズ氏は自身の経験から、ITプロジェクトが1年以上かかると、人々は飽きてしまって本来の義務を忘れる傾向にあると話す。そのため、新しいシステムのデモを行うスイートを素早く構築し、ユーザーがその仕組みを理解できるようにしたかったという。このもう一つの目的は、コアERPを素早く定着させることだ。
「何が『良いこと』で、どのような業務変革が求められているかを実証できる」(ユールズ氏)
同氏によると、オープン大学は学生管理システムをSAPに移行している途中で、完全なERPシステムが提供されるのは2020年3月28日になる予定だと理事会に話しているという。
ベストプラクティスについては、SAPプロジェクトに関して理事会レベルで承認を受けてから稼働を始めることが鍵だった。プロジェクトの範囲について、同氏は次のように語った。「オープン大学が混乱するくらい非常に大規模なプロジェクトだ。私には非常に協力的な大学副総長の支援があった。スポンサーを持つことは重要だ」
もう一つのベストプラクティスはプロジェクトの優先順位だ。「18カ月前、優先順位を決めるプロセスが必要だと理事会で話した。従業員の仕事を増やすわけにはいかない。規制関連など新しい仕事も必要になるが、ERPプロジェクトを優先することに専念しなければならない」
「ITスタッフがもっと必要なことは分かっていた。レガシーシステムの保守はInfosysに頼り、レガシーシステムの文書化と可用性の向上についてサポートを受けた」と同氏は話す。だが同氏にとって、レガシーシステムのサポートをInfosysに頼ったことの主なメリットは、製品の専門家がレガシーシステムから新しいSAPシステムに移り、専門知識をSAPの導入に生かせたことだった。
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