「組み込みソフトウェアではない」車載ソフトウェア開発のトレンドと展望:キーパーソンインタビュー
電気自動車や自動運転車に搭載されるソフトウェア(制御機構は除く)は、一般的な「組み込みソフトウェア」とは異なるという。どのような技術スタックを使っているのだろうか。
英ダブリンを拠点とするCubic Telecomは自動車業界やIoT業界向けの技術を開発している企業で、EV(電気自動車)のコネクテッドソフトウェアで知られている。同社のソフトウェアはテレマティクスを実現し、利用可能な充電ステーションやバッテリー残量などをリアルタイムに表示する。
英Computer Weeklyは、Cubicのプニタ・シナパン氏(自動車設計およびイノベーション部門のバイスプレジデント)にインタビューした。
――ダブリンがEVイノベーションのハブだとはほとんどの人が考えていません。Cubicは珍しい会社なのでしょうか。
プニタ氏:その通り。私はそこに引かれたのだと思う。Cubicは非常に多彩なスキルと才能を持った170人の従業員から成る比較的小さくダイナミックな企業だ。従業員は独特な手法と独創的な考え方で製品設計に取り組んでいる。
――EVやAV(自動運転車)に搭載されるソフトウェアは「組み込み」ソフトウェアに分類されるのでしょうか。
プニタ氏:必ずしも「組み込み」ソフトウェアとは考えていない。組み込みソフトウェアは一般に、特定用途用ハードウェアの専用ソフトウェアを指す。
AVには高い演算性能が必要だ。このニーズを満たすために高性能なCPU、GPU、VPU(Visual Processing Unit)を実装している。エンタープライズアプリケーションと分散ソフトウェアの技術も必要になる。組み込みシステムも依然として一部あるが、大半は新しい技術に適応するために変化する。
AVのユースケースを実現するには、エンタープライズアプリケーションと分散アプリケーションにセキュリティの強化を組み込むことになる。エンタープライズクラウドは仮想化、コンテナ、オーケストレーションソフトウェアによって支えられている。仮想化とコンテナは、1つのハードウェアユニットにデプロイされるワークロードの統合に使う。オーケストレーションソフトウェアは負荷分散、フェイルオーバー、自己修復のユースケースに使用され、システムのパフォーマンスと信頼性を高める。
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OS、言語、アップデート
――ソフトウェアはどの言語で作成され、どのOSで実行しているのでしょうか。アップデート、アップグレード、パッチはどの程度の頻度で適用するのですか。
プニタ氏:それらは全て車載システムによって異なり、用途によっても違う。PythonはAIのプログラミングで人気の高い言語だ。C++の人気も高い。Go言語とRustも勢いを増しており、2020年はこれらに対する需要が高かった。
全てに適した単一のOSは存在しない。重要なセーフティーシステムはリアルタイムOSやAUTOSARのアーキテクチャを使う。インフォテインメントシステムは主に「Linux」や「Android」で実行する。ハイパーバイザーがホストするOSで実行されるマルチドメインシステムもある。
OTA(Over The Air)によるソフトウェアアップデートの適用頻度は各OEMが決定し、その頻度はOEMによって異なる。技術の急速な進化に伴い、近年は頻度が大幅に増えている。
――電化の前提条件は接続性です。CubicはEVをクラウドに接続して情報に簡単にアクセスできるようにしています。しかし、トンネルの中や山の陰など、常に接続性が得られるとは限りません。Cubicはネットワーク接続されていないバックボーンを認識してプロビジョニングするシステムを構築していますか。
プニタ氏:当社のソリューションは主にネットワークに接続しているバックボーン向けに開発されている。各地域でより広いネットワーク帯域をサポートする、最高のカバレッジを持つ通信業者をパートナーにすることで、「死角」を最小限に抑えるように努めている。
今日ほぼ全てのEVがネットワーク接続機能を備えている。また、EVは一般にインフラが成熟した都市部での人気が高い。そのため、パッチの適用範囲については今のところ大きな問題にはなっていない。
車載分析
――CubicはEVメーカーにリアルタイム分析による付加価値サービスを提供しているそうですが、具体的にどのような機能を提供していますか。
プニタ氏:当社の顧客(機器メーカーや車両メーカー)に何が起きているかを明らかにする記述的分析(descriptive analytics)を提供している。ネットワークや車両データの各種ソースを処理し、さまざまな統計モデルを使ってデータを可視化する。それを基にリアルタイム監視やアラート通知をOEMに提供する。
経営陣は、このデータによってエビデンスに基づく意思決定が可能になる。エンジニアや管理者は、専用ポータルで車両のパフォーマンスに関する洞察やKPIをリアルタイムに閲覧・共有できる。アラートをモデル、OS、地域でフィルタリングすれば、問題点の予測や解決が可能になる。
当社は、ネットワークトラフィックを基にコネクテッドサービスとユーザーの利用状況を分類するソリューションも提供している。データトラフィックを管理して優先順位を付けることで、OEMはサービスの提案や顧客のニーズに沿った帯域幅の割り当てが可能になる。
さらなる進化
――Cubicのソリューションにはリアルタイム監視やリモート管理の機能、自動車から所有者へのリアルタイムの情報同期などがあります。次に開発を予定しているのはどのような機能ですか。
プニタ氏:接続性、機器、サービス管理の各機能から構成されるターンキーソリューションの開発を検討している。近い将来には、複雑なエンド・ツー・エンドのコネクテッドカーエコシステムを補完するオンデバイスサービスも検討する予定だ。
――最後に、プログラマーとは関係のない思い付きが幾つかあります。EVは少ないエネルギーで長距離を移動できるようにして輸送対象の脱炭素化を支援します。そこで、個人旅行の脱酸素化を目指す「ゲームのような」スマートフォンアプリを用意して、旅行をより快適にするようなことは考えられませんか。
プニタ氏:それは素晴らしいアイデアだ。大きな目標に貢献しながらそこに楽しみを追加するところが素晴らしい。
公共料金の税額控除や軽量EVの登録費の割引といった政府の報奨制度もこの分野の進化に好影響をもたらすと思う。ドイツ政府は6万ユーロ(約774万7000円)未満のEVに対して2000ユーロ(約25万8000円)を助成している。ヨーロッパではルーマニア政府がリーダーとして登場し、全てのEVの購入に対して1万ユーロ(約129万円)の補助金を出している。
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