Texas Instruments「半導体工場に“驚きの600億ドル”投入」の狙い:NVIDIA、Apple、SpaceXと連携
トランプ政権が製造業のサプライチェーンの米国内回帰を進める中、Texas Instrumentsは米国内の半導体生産を強化する大規模投資を発表した。“米国産”を売りに勝負に出たTIの狙いと影響を探る。
半導体企業Texas Instruments(TI)は2025年6月18日(現地時間)、ユタ州とテキサス州にある7つの半導体製造施設に対し、総額600億ドル(約9兆円)以上を投資するとの計画を発表した。これは米国の単一企業による半導体製造拠点への投資としては過去最大の規模となる。
米国の製造業復活の旗振り役となるか TIの狙いは
Texas Instrumentsはアナログ信号を処理するアナログ半導体の製造分野で、世界シェアトップを誇る米国企業だ。さまざまな電子機器を制御する組み込みプロセッサの製造も手掛けている。
今回の巨額投資についてTexas Instrumentsは、「米国大統領ドナルド・トランプ氏の政権に協力する。米国内の製造能力を拡大し、自動車からスマートフォン、データセンターに至るまで、幅広い分野での半導体需要の高まりに応えると共に、重要なイノベーションを推進する」と説明している。さらに「大規模製造拠点の新設により、米国で6万人の雇用創出に貢献する」としている。
Texas Instrumentsのプレジデント兼CEOであるハビブ・イラン氏は発表の中で、「信頼性が高く、低コストの300ミリウエハー(半導体製品の基板材料)の製造能力を大規模に増強する」と述べた。300ミリとは、ウエハーの直径の長さのことで、このサイズのウエハーは12インチウエハーとも呼ばれ、アナログ半導体製品や組み込みプロセッサに使用される。
計画では、400億ドルを投じてテキサス州シャーマンに新たに2つの製造工場を建設し、最終的に4つの工場と合計130万平方フィート(約12万774平方メートル)のクリーンルームを備える予定だ。さらにテキサス州リチャードソンとユタ州リーハイの既存工場の生産能力の増強も進んでいるという。これらの施設で、「毎日数億個の“米国産”チップが生産される」とTIは説明している。
歴史的な投資の狙いは?
今回の投資の狙いは、人工知能(AI)システムやデータセンターで使用されるAIアクセラレーター(AI関連処理を高速化するために特別に設計されたハードウェア)向けのプロセッサやチップの生産拡大にある。これを裏付けるように、発表の中にパートナー企業として、NVIDIA、Apple、Space Exploration Technologies(SpaceX)の名前が挙げられていた。
中でも注目は、AI向けGPU(グラフィックス処理装置)のリーディングカンパニーであるNVIDIAだ。NVIDIAは300ミリウエハーを自社のAIアクセラレーター製品の材料として採用している。Texas Instrumentsとの親密な関係を示すように、今回の発表に際してCEOを務めるジェンスン・フアン氏は次のようなコメントを寄せた。「NVIDIAとTIは、米国におけるAIチップ製造インフラを整備することで、米国の製造業を活性化させるという共通の目標を掲げている。今後もTexas Instrumentsとの協力関係を継続し、製品開発に取り組んでいくことを楽しみにしている」。近年NVIDIAはAIチップの生産施設に積極的に投資しており、2025年4月にはアリゾナ州にあるTSMC(Taiwan Semiconductor Manufacturing Company)の工場でNVIDIAのアーキテクチャ「Blackwell」に基づくAIチップを生産開始している。
Texas Instrumentsの別の主要顧客がAppleだ。Apple製品は電源管理、音声処理、タッチセンサーなどに、Texas Instruments製チップを採用している。スタイラスペン「Apple Pencil Pro」やヘッドマウントディスプレイ(HMD)「Apple Vision Pro」などの特殊なデバイスもTexas Instruments製チップを搭載している。
SpaceXも、衛星インターネットサービス「Starlink」のために、テキサス州シャーマンのTexas Instrumentsの工場で製造された最新のシリコンゲルマニウム(SiGe)300ミリウエハーを使用しているという。
今回の投資について、調査会社HyperFrame Researchのアナリスト、スティーブン・ソプコ氏は、業界でのトップの地位を固めようとする動きと分析する。「ほとんどの電子機器において、電源管理、マイクロコントローラー、センサーなどにアナログ半導体が使用されている。米国内で300ミリウエハーを大量に生産できる企業はTexas Instrumentsの他にはないため、製造施設の拡張によってアナログ半導体市場におけるTexas Instrumentsの優位性はさらに高まるだろう」と語る。
米国政府から支援を受けられるのか
Texas Instrumentsは発表の中で米国商務長官ハワード・ラトニック氏の発言を引用している。ラトニック氏はTexas Instrumentsに賛辞を送り、「トランプ大統領は、半導体製造の拡大を最優先事項と位置付けており、TIとのパートナーシップは、今後数十年にわたり、米国の半導体製造を支えることになる」と語った。トランプ政権は目下、関税交渉を通じて国内製造業の振興に努めている。
しかし、“Texas Instrumentsとのパートナーシップ”とは何を意味するのか、現状では不透明だ。2022年、当時の米国大統領ジョー・バイデン氏は、米国の半導体産業の強化を目的にした法律「CHIPS and Science Act」(CHIPS法)に署名した。米国内に工場を設立する企業に約530億ドルの補助金を支給する計画だった。しかしトランプ大統領はこの法律を批判しており、2025年3月の議会演説で「CHIPS法はひどいものだ」と批判し、廃止を唱えた。トランプ政権はCHIPS法の交渉のための新組織を立ち上げている。
Texas Instrumentsは2024年12月、テキサス州とユタ州の施設のため、CHIPS法に基づく最大16億ドルの資金を受け取る契約を締結したと発表した。しかし同社の広報担当者は、この資金は今回の600億ドルのプロジェクトには使用されないと述べた。
米国内の半導体供給力向上となるか
ソプコ氏は今回の取り組みについて次のように結論付ける。「完成すれば米国内の半導体供給力は大きく向上するだろうが、工場の建設はすぐには進まない。生産能力拡大の成果が出るには今後数年間かかるだろう」(ソプコ氏)
翻訳・編集協力:雨輝ITラボ(株式会社リーフレイン)
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