忙しい情シスが学び続けるコツ 「1%の改善」を複利で効かせる方法:「意志ではなく仕組み」で伸ばす
問い合わせ対応や障害対応に追われる情シス担当者の中には、学習を継続できず悩む人もいる。習慣科学の専門家ジェームズ・クリアー氏は、原因は意志の弱さではなく「続けられる仕組み」の不足にあると指摘する。
「資格を取ってクラウドに強くなりたい」「AIやセキュリティを学び直したい」「もっと戦略寄りの仕事ができる情シスになりたい」――。そう思っていても、勉強が続かない。新しい習慣を始めても、数日で止まってしまう。
情報システム部門(情シス)の担当者であれば、こうした経験に心当たりがあるのではないか。日中は問い合わせ対応、障害対応、会議、ベンダー調整に追われる。ようやく業務が落ち着いた頃には疲れ切っており、「今日はもういいか」となる。そして、「続けられないのは自分の意志が弱いからだ」と考えてしまう。
一方、習慣形成の専門家であるジェームズ・クリアー氏は、「問題は本人ではなく、仕組みにある」と語る。クリアー氏は、習慣科学の第一人者として知られ、ベストセラー『Atomic Habits』(邦題:『ジェームズ・クリアー式 複利で伸びる1つの習慣』)の著者だ。“先延ばし”をやめ、科学の論理で習慣化を仕組み化する方法とは。
続けられる仕組みを作るには?
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クリアー氏の理論の特徴は、習慣形成を「気合」や「根性論」ではなく、「科学」(The Science)で説明している点だ。同氏によれば、習慣は「きっかけ」(Cue)、「欲求」(Craving)、「反応」(Response)、「報酬」(Reward)という4段階のループによって形成される。人は、このサイクルを繰り返すことで、脳が行動を自動化していく。例えば、「通知が来る」「気になる」「開く」「安心する」という流れを何度も繰り返せば、その反応は半ば無意識になる。同氏は、この仕組みを「行動変化の4つの法則」として整理し、日常生活で再現できる形に落とし込んでいる。
例えば、情シス担当者が「将来はクラウドアーキテクトになりたい」と考えていても、毎日SNSを見続け、学習時間を確保できていなければ、その未来には近づけない。一方で、毎日15分でもクラウド構成図を見る、教材を1ページ読む、検証環境を少し触る――。そうした小さな行動を続ける人は、数年後には大きな差を生み出す。
クリアー氏は、これを「1%の改善」と表現する。この背景には、金融の「複利」に近い考え方がある。クリアー氏は、「毎日1%改善する」という小さな変化でも、それを積み重ねれば長期的には大きな差になると説明する。例えば、1%の改善を1年間積み重ねると、「1.01の365乗」という複利的な増加によって、大きな差につながるという考え方だ。逆に、小さな悪化も積み重なれば、将来的な差になる。
この考え方は、情シスの業務改善にも通じる。例えば、「問い合わせ対応を減らしたい」と言いながら、FAQを更新しない。「運用負荷を減らしたい」と言いながら、毎回属人的に対応する。「AI活用を進めたい」と言いながら、検証時間を確保していない。こうした状態では、未来は変わりにくい。
興味深いのは、クリアー氏が、「意志の力」に期待し過ぎるべきではないと語る点だ。多くの人は、「もっと根性があれば続けられる」と考える。だが実際には、「続けられる仕組み」がないことが問題だという。
例えば、「毎日2時間勉強する」という目標は、多くの場合続かない。特に情シスは、突発対応が多い。障害対応や緊急会議が入れば、計画は簡単に崩れる。そこで同氏は、「規模を小さくしても、スケジュールは守る」ことを提案する。
たとえ疲れていても、「5分だけやる」といった具合だ。同氏は、この「小さく始める」考え方を、化学の「活性化エネルギー」にもなぞらえる。化学反応には、反応を起こすための最初のエネルギーが必要だ。同じように、人間の行動にも「始めるまでの負荷」がある。「毎日2時間勉強する」は負荷が大きい。一方で、「教材を1ページだけ読む」「生成AIの新機能を1つだけ試す」「PowerShellのコマンドを1つだけ触る」であれば、着手しやすい。
「習慣を続けるための環境の設計」も重要だ。クリアー氏によると、自制心が高い人ほど、誘惑にさらされにくい環境を作っているという研究結果がある。脳は、できるだけエネルギーを使わず、目先の報酬を選びやすい。そのため、「頑張って耐える」よりも、「誘惑が目に入らない状態を作る」方が継続しやすい。例えば、勉強中はスマートフォンを別の部屋に置く、学習用の教材をすぐ開ける状態にしておく、といった工夫だ。
重要なのは、「ゼロにしないこと」だ。習慣は、一度完全に止まると、再開コストが一気に高まるからだ。
さらに同氏は、「習慣を、改善する前に定着させる」重要性も指摘する。
これは情シスにも刺さる話だ。例えば、新しい運用改善を始める際、多くの組織は最初から「完璧な運用フロー」を作ろうとする。だが、その結果、議論ばかりが増え、実際には何も回り始めないことがある。
同氏はこれを、「motion」(やった気になっている行動)と「action」(結果につながる行動)の違いとして説明する。例えば、「AI活用について情報収集する」はmotionかもしれない。一方で、「実際に1つの問い合わせ対応をAIで要約してみる」はactionだ。
情シスの現場では、「準備」は増えやすい。比較検討用の資料を作る、ツールを調査する、ベンダー資料を読む――。もちろん必要な作業だ。だが、それだけでは現場は変わらない。本当に変化を生むのは、小さくても実際に運用に組み込まれた行動だ。
「何を達成したいか」より、「どのような人間になりたいか」
クリアー氏はさらに、「何を達成したいか」より、「どのような人間になりたいか」を考えるべきだと語る。
例えば、「AWSの資格を取りたい」ではなく、「学び続ける情シスになる」と考える。「AIに詳しくなりたい」ではなく、「新しい技術を試すことをやめない人になる」と考える。
日々の行動は、その人物像への“投票”になる。1回勉強しただけでは人生は変わらない。だが、小さな行動を積み重ねることで、「自分はこういう人間だ」という認識が形成されていく。
情シスの仕事は、短期的な成果が見えにくい。運用改善も、標準化も、セキュリティ強化も、成果が出るまでに時間がかかる。だからこそ、「今の位置」ではなく、「どの方向に進んでいるか」を見る必要がある。
クリアー氏は、「重要なのは現在地ではなく、軌道だ」と語る。今すぐ理想の情シスになれなくてもいい。重要なのは、毎日の小さな行動が、数年後にどこへ向かっているかだ。
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