「仕事はOfficeで行うもの」 創業100年超の住宅企業が「脱Office」できた5つのコツ:Officeライセンスを将来7割削減へ
1910年創業の住宅関連企業ヤマネホールディングスは、Google WorkspaceとGeminiの全社導入を進めている。将来的にMicrosoft Officeのライセンスを約7割削減する方針だ。
長年「Microsoft Office」(以下、Office)を使い続けてきた企業では、文書や業務手順だけでなく、従業員の仕事に対する考え方もOfficeを前提に形づくられがちだ。新しいクラウドサービスを契約しても、従来の業務環境を残したままでは、現場は使い慣れた方法に戻りやすい。
1910年創業の住宅関連企業ヤマネホールディングスは、「Google Workspace」を一部業務で契約していたものの、十分に活用できていなかった。そこで同社は、Office中心の運用から脱却し、Google Workspaceと生成AI「Gemini」を全社導入する方針を決めた。目標は、Officeのライセンスを将来的に約7割削減することだ。同社は具体的にどのような施策を進めているのか。
「すべてOfficeベース」から「GWSとGeminiを採用」にかじを切ったコツ
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ヤマネホールディングスは、広島県と福岡県を中心に、注文住宅、リフォーム、不動産、家具・インテリア、デイサービスなどの事業を展開している。住宅の建築実績は1万棟を超える。
同社は、文書の作成は「Microsoft Word」(以下、Word)、数値の管理は「Microsoft Excel」(以下、Excel)、説明資料に「Microsoft PowerPoint」を使い、社内の文書や業務手順もOfficeを前提に蓄積されていった。
何十年も同じ環境を使い続ける中で、Officeは単なる業務ツールではなく、仕事の進め方そのものになっていた。従業員の間にも「仕事はOfficeでするもの」という認識が定着し、別のツールを選ぶ発想が生まれにくい状態だった。
一方、事業の拡大や働き方の変化に伴い、従来の環境では対応しにくい課題が目立つようになったという。
その1つが、部署ごとに情報が閉じる「情報のサイロ化」だ。各部門が保有する資料やアイデアをリアルタイムに共有しにくく、組織全体で活用することは困難だった。
建築現場で扱う写真や図面の共有にも課題があった。スマートフォンからデータを確認し、撮影した写真をクラウドに直接保存するといった、場所や端末を選ばない使い方が求められていた。
Google Workspaceを契約しても使われなかった
ヤマネホールディングスは、以前から一部でGoogle Workspaceを契約していた。しかし、全社的な働き方の変化にはつながらなかった。その理由の1つは、Office中心の環境を残したまま、新しいツールを追加したことにあった。
従業員から見れば、慣れたWordやExcelを使い続ければ仕事は完了する。新しい操作を覚える必要があるGoogleドキュメントやGoogleスプレッドシートへ、積極的に移行する理由は乏しかった。
既存の文書や業務手順もOfficeを前提としているため、「Google Workspaceで何ができるか」だけを説明されても、自分の日常業務をどう移せばよいのかは分かりにくい。
結果として、Google Workspaceは利用できるものの、業務の中心はOfficeのままという状態が続いたという。新旧のツールが併存し、共同編集やクラウド上での情報共有といったGoogle Workspaceの特徴を生かす機会に恵まれなかった。
社長の「脱Office」宣言が転機に
状況を変えるきっかけとなったのが、ヤマネホールディングス社長、山根誠一郎氏が発信した「Office中心の運用から完全に脱却し、Google Workspaceへ集約して本格的なDXを推進する」というメッセージだった。
経営トップが今後の標準環境を明確に示したことで、Google Workspaceへの全社移行プロジェクトが本格的に始まった。
従来ツールと新しいツールを自由に選べる状態では、現場は使い慣れた方法に戻りやすい。そこで同社は、単にGoogle Workspaceを推奨するのではなく、Office中心の働き方から脱却する方針そのものを経営判断として打ち出した。
Google Workspaceを選んだ理由の1つは、山根氏が掲げる「全社員が主役」という考え方との親和性だった。
GoogleドキュメントやGoogleスプレッドシートでは、複数の従業員が同じファイルをリアルタイムに編集できる。一部の管理職やITに詳しい従業員だけでなく、現場を含む全社員が同じ情報にアクセスし、意見やアイデアを書き込める。
同社は、共同編集を前提とする仕組みが、部署の壁を越えて従業員が業務に参加する組織づくりに適していると判断した。サービス選定の時期に、Google WorkspaceでGoogleのAIモデル「Gemini」を利用できるようになったことも、全社導入を後押しした。
脱Officeでは「業務をどう置き換えるか」を示す
一方、全社移行で最初に直面したのが、「Officeで実施していた業務をGoogle Workspaceでどう再現するか」という課題だった。
従業員が必要としているのは、Google Workspaceの一般的な機能説明だけではない。これまでWordで作っていた文書をどう扱うのか、Excelで管理していた業務をどう移すのかといった、日常業務に直結する情報だ。
そこでヤマネホールディングスは、Google Workspaceの導入を支援する吉積情報と協力した。
吉積情報は、「脱Office」の要望に合わせたカスタムトレーニングプログラム「MY START」を、同社の目的に合わせてカスタマイズした。Googleドキュメント、Googleスプレッドシート、Googleスライドなどの基本操作に加え、既存業務からの移行手順を説明した。その結果、プログラムを受講した従業員の8〜9割が「ためになった」と評価したという。
ヤマネホールディングスは、Google Workspaceの使い方を動画で学べる、吉積情報のeラーニングシステム「GooTorial」も導入。操作に迷った従業員が「誰に聞けばよいか分からない」と立ち止まるのではなく、自分で確認できる環境を整えた。
一度制限した生成AIをどう全社導入したか
ヤマネホールディングスは、Google Workspaceへの移行と並行して、Geminiの全社導入も進めた。
同社では、ガバナンスや安全性への懸念から、生成AIの業務利用を制限したことがある。一方、従業員の間では生成AIへの関心が高まり、「仕事で使ってみたい」という要望が生まれていた。
生成AIの利用を単純に解禁すれば、機密情報の入力や不適切な利用が起きる恐れがある。反対に、禁止を続ければ、従業員がサービスを無断で使う状況が生まれる可能性もある。
そこでヤマネホールディングスは、吉積情報のAI活用支援サービス「AI Driven Light」を利用し、利用ガイドラインやテンプレートを整備した。研修プログラム「Gemini Boost Camp」も実施し、安全に使うためのルールと具体的な利用方法を同時に伝えた。
ヤマネホールディングス 経営支援室 IT企画課 都留 芸氏は、生成AIの基礎や組織への浸透方法を学ぶ吉積情報のランチタイムセミナーにも参加した。担当者自身が業務に沿った活用方法を学び、社内からの相談に対応できる状態を整えた。
活用事例を募集しても3週間投稿ゼロ
研修で得た知識や、現場で生まれた使い方を全社に広げるため、IT企画課は独自の社内アプリケーション兼ポータルサイト「生成AI・GWSマイスター」を開発した。
同ポータルには、従業員が業務で作成したプロンプトや、Google WorkspaceとGeminiを使った活用事例を登録できる。他の従業員は、掲載された事例を検索し、自分の業務に応用できる。マーケティング部門が作成した、リフォームの施工事例を作成するためのGeminiの活用方法などが掲載されている。
しかし、仕組みを用意するだけでは事例は集まらなかったという。一部部署で先行公開し、従業員に投稿を呼び掛けたものの、約3週間にわたって1件も投稿されなかった。
従業員から見れば、事例の登録は通常業務に加わる作業である。全社への貢献や自主性だけを訴えても、忙しい現場から継続的な協力を得るのは難しかった。
この経験から同社は、AIやクラウドツールの定着には、利用できる環境だけでなく、従業員が参加する理由も設計する必要があると判断した。
「見習い」から「マスター」へ、活用を評価する
IT企画課は、活用事例を登録した従業員にもメリットが生まれる仕組みを検討した。
生成AIやGoogle Workspaceの学習状況、利用実績、事例投稿などに応じて、「見習い」から「マスター」へ段階的にレベルアップするゲーミフィケーションを取り入れた。
優れた活用事例は毎月の社内報で紹介し、半期や年間の表彰制度、事例発表会とも連動させる。AIを活用した従業員の技能や組織への貢献を可視化し、ノウハウを共有する動機をつくる狙いだ。
同社は、導入当初からAI活用を厳格な業務として割り当てるのではなく、まずは従業員が「おもちゃで遊ぶ」ような感覚で試せる環境を重視した。
半日以上かかった議事録を短時間で作成
Google WorkspaceとGeminiの利用によって、具体的な業務効率化も生まれている。
効果が大きかった業務の1つが、会議の議事録作成だ。従来は、会議内容の文字起こし、文章の清書、要約に、半日から長い場合は1日半を費やしていた。
現在は、Google Meetの文字起こし機能で会話をテキスト化し、Geminiのプロンプトを使って社内の書式に沿った議事録を作成している。これにより、従来の作業を短時間で完了できるようになった。
メールの下書き作成などでもGeminiを活用しており、現場からは作業が楽になったとの声が上がっている。
一方Officeのライセンスについては、マクロを利用する業務や、行政機関向けの資料を作成する部門など、すぐには移行できない領域を精査しているという。全ての業務を一律に移行するのではなく、Officeを残す必要がある業務を特定し、例外として管理する方針だ。
全社定着で押さえたい5つのポイント
ヤマネホールディングスの取り組みからは、情報システム(情シス)部門がAIやクラウドツールを全社に定着させる際の5つのポイントが見える。
1つ目は、従来の運用が定着した理由を把握することだ。現場が新しいツールを使わない理由を、ITリテラシーの不足と片づけない。既存の文書、業務手順、取引先との関係など、従来ツールを使い続ける合理的な事情を理解する。
2つ目は、経営トップが標準環境と移行方針を明確に示すことだ。新旧のツールを自由に選べる状態では、現場は慣れた方法に戻りやすい。
3つ目は、一般的な機能研修ではなく、既存業務をどう置き換えるかまで支援することだ。従業員が新しい環境で仕事を完了できなければ、定着にはつながらない。
4つ目は、利用ルール、教育、活用事例、相談窓口をまとめて提供することだ。特に生成AIでは、安全性の確保と利用促進を別々に考えることはできない。
5つ目は、活用事例を共有した従業員が評価される仕組みを設けることだ。善意に頼らず、学習や投稿に参加する理由を設計する必要がある。
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