検索
特集/連載

NVIDIAを救ったセガの500万ドル フアンが語るAI時代に必要な「学ぶ力」創業期に学んだこと

NVIDIA創業者兼CEOのジェンスン・フアン氏は2026年7月、「Startup School 2026」に登壇。創業時の失敗やAIへの投資を振り返るとともに、AI時代に学ぶべき内容について語った。

PC用表示 関連情報
Share
Tweet
LINE
Hatena

 NVIDIAの創業者兼CEO(最高経営責任者)であるジェンスン・フアン氏は2026年7月、スタートアップ企業を支援する組織Y Combinatorの主催イベント「Startup School 2026」に登壇。NVIDIA創業初期の失敗やディープラーニングへの投資、AIエージェント、ロボティクスの将来について語った。

ジェンスン・フアンが明かす創業秘話

 現在のNVIDIAは、GPU(Graphics Processing Unit)やAI向けコンピューティング基盤を提供する企業として知られている。しかしフアン氏によると、同社が創業時に選んだ技術は「完全に間違っていた」という。

 NVIDIAは1993年、PCに3次元グラフィックス処理機能を追加し、PCをゲーム機のように利用できるようにすることを目指して創業した。CPUだけでは処理が難しい3次元グラフィックスを専用のアクセラレーターで高速化する構想だった。

 同社は独自のアルゴリズムを考案し、それを基に製品開発を進めた。だが1995年、採用したアルゴリズムと技術方式では競争力のある製品を実現できないことが明らかになった。

 当時、PC向け3次元グラフィックス市場には既に35〜40社程度が参入していたという。技術方式を切り替えなければ、NVIDIAは製品を完成させる前に市場から脱落する可能性があった。

 問題は、選んだ技術が間違っていただけではない。社内には、正しい方式で製品を作るための知識もなかったという。

 フアン氏は、米国の大型家電量販店「Fry's Electronics」に出向き、OpenGL(注)やグラフィックス処理のパイプライン設計に関する教科書を3冊購入した。それをエンジニアに渡し、社内で一から技術を学び直したという。

※注:2D・3Dグラフィックスを描画するためにGPUを利用する、クロスプラットフォームの標準API

 後にコンピュータグラフィックス分野の中心企業となったNVIDIAも、最初から必要な知識を持っていたわけではない。創業して資金を調達した後、教科書を購入するところから再出発したということだ。

失敗を正直に伝え、セガから生存資金を得る

 創業初期の技術的な失敗は、セガとのゲーム機開発プロジェクトを通じて明確になった。

 NVIDIAは、セガの「セガサターン」の後継ゲーム機向けのグラフィックス技術を開発する契約をセガと結んでいた。後に「ドリームキャスト」となるゲーム機の開発に関係する契約で、金額は約1200万ドルだったという。

 しかしNVIDIAが採用した技術では、求められた製品を完成させることができなかった。フアン氏は日本を訪れ、当時セガの経営を担っていた入交昭一郎氏に、技術が機能せず契約を履行できないと伝えた。

 さらに、セガには別の企業を選ぶよう勧めた。その一方で、NVIDIAが倒産を避けるためには資金が必要だったため、契約を果たせないにもかかわらず、契約金の一部を支払ってほしいと頼んだ。

 その申し出に対して、セガは最終的に500万ドルを支払った。この資金が、NVIDIAが事業を継続し、新しい技術方式を開発するまでの時間を生んだとフアン氏は振り返る。

 契約を履行できない事実を隠したり、問題を先送りしたりしていれば、取引先の信頼を完全に失っていた可能性がある。しかし、失敗の理由を率直に説明し、自社ではなく顧客にとって適切な選択肢を提示したことが、結果的にNVIDIAを救った。

技術よりも「学び続ける能力」が重要

 フアン氏が創業初期の失敗から得た教訓は、現在持っている技術知識そのものより、現実を直視して学び直す能力が重要だということだった。

 技術は絶えず変化する。現在正しいと考えられている製品や設計手法も、市場環境や計算方式が変われば、数年後には競争力を失う可能性がある。そのため、間違いを認めないことや、過去の技術選択を守り続けることはリスクになり得る。技術方式が誤っていたとしても、その事実に早く気付き、新たな知識を学べれば方向転換できる。

NVIDIAを支えた「加速計算」という根本思想

 NVIDIAが創業初期に採用した3次元グラフィックス技術には課題があった。一方、会社を設立した背景にある根本的な考え方は正しかったとフアン氏は説明する。その考え方が「加速計算」(Accelerated Computing)だ。

 汎用(はんよう)的なCPUは幅広い処理に利用できるが、全ての計算を効率よく実行できるわけではない。特定の処理に適したアクセラレーターをCPUに組み合わせれば、CPUだけでは解くことが難しい問題を高速に処理できる。

 NVIDIAの本質は、単に高性能なチップを作ることではない。特定のアルゴリズムが抱える計算上の問題を分析し、その領域全体を高速化することにある。

 対象となるアルゴリズム領域は、3次元グラフィックスだけではない。画像処理、流体力学、分子動力学、逆問題、ディープラーニングなどへと広がった。

AlexNetを「画像認識モデル」で終わらせなかった

 NVIDIAがAI市場の中心的な企業となった背景には、ディープラーニングの可能性を早い段階で捉えたことがある。

 フアン氏も、2012年に画像認識分野で注目を集めたニューラルネットワークの代表的な深層学習モデル「AlexNet」を他の研究者や企業と同じように見ていた。ただし、フアン氏が周囲と異なっていたのは、AlexNetを単なる高性能な画像認識モデルとして捉えなかった点にある。

 フアン氏は、ディープラーニングをさまざまな関数をデータから学習できる「万能関数近似器」(Universal Function Approximator)だと考えた。画像を分類するためだけの技術ではなく、従来は人間が規則を記述していたソフトウェアの作り方そのものを変える可能性があると判断したのである。

 この前提に立てば、影響はAIモデルだけにとどまらない。プロセッサ、ネットワーク、ストレージ、ミドルウェア、開発環境、アプリケーションまで、コンピューティング基盤全体を作り直す必要がある。

 そこでNVIDIAは、早期にコンピュータビジョン、ロボティクス、自動運転などの分野に投資した。フアン氏は、新しい技術を見た際に「これがさらに進歩したら何が変わるのか」「既存のソフトウェアや産業にどのような影響を与えるのか」と問い続けることが重要だと説明する。

AIは仕事ではなく「タスク」を自動化する

 AIの進化によって、ソフトウェアエンジニアや医師などの仕事が失われるとの懸念がある。これに対してフアン氏は、AIが主に自動化するのは職種そのものではなく、仕事を構成する個別のタスクだと説明する。

 1つの仕事には目的があり、その目的を達成するために複数のタスクが存在する。その一部が自動化されたとしても、人間が担う仕事全体が直ちになくなるわけではない。

 例えばソフトウェア開発では、コードを書くタスクがAIによって自動化されつつある。しかし企業には、開発に着手できていないシステムや機能、改善案が大量に残っている。実装にかかる時間や費用が下がれば、これまで採算が合わなかった開発にも着手できる。企業が実現できる構想の範囲が広がるため、エンジニアの需要がむしろ増える可能性がある。

 医療でも、AIが診断画像を読み取るタスクを支援すれば、医師がより多くの患者を診療できる。処理能力が高まれば医療機関が受け入れられる患者数も増え、医師や看護師などの需要が生まれるという。

 AIは業務のバックログを減らす一方で、企業や組織が抱く「やりたいこと」の範囲を広げる。生産性の向上が成長を生み、成長が新たな雇用につながるというのがフアン氏の見方である。

 ただし、同じ職種であっても役割は変わる。

 ITエンジニアには、仕様書に従ってコードを書く能力だけでなく、どの問題を解くべきかを判断し、AIが生成した設計やコードを評価し、システムとして成立させる能力が求められる。

AIエージェントには「制御性」が必要

 フアン氏は、AIエージェントを「新しいソフトウェア」と位置付ける。従来のAIチャットbotは、ユーザーの質問に対して回答を返すことが中心だった。AIエージェントは、メモリや外部ツールを利用し、計画を立て、複数の処理を自律的に進める。

 こうしたAIを企業で安全に活用する上で重要になるのが「制御性」(Controllability)だ。

 例えばAIエージェントが生成した計画の一部分を人間が修正した際、全てを最初から作り直すのではなく、変更した部分だけを反映して残りを再生成できることが望ましい。

 CADのデータであれば、1つの部品や接続だけを変更する。画像であれば、1つの画素や領域だけを変える。ソフトウェアであれば、計画や要件の一部を修正し、その差分に基づいてコードやテストを生成し直す。

 AIが最初から100%正確である必要はない。完成度が80%なら人間が残りの20%を補い、99%なら最後の1%を修正する。

 重要なのは、AIに全面的に任せることではなく、人間が処理の内容を把握し、必要な部分だけに介入できることだ。フアン氏は、この細かな制御能力がAIエージェントの普及に必要な大きな技術的進歩になると説明する。

単純なコード記述より「システム思考」を磨く

 AI時代に必要な能力として、フアン氏が特に強調するのが「システム思考」(Systems Thinking)だ。

 半導体設計では、トランジスタや回路ブロックを配置する作業の多くが既に自動化されている。ソフトウェア開発でも、コードを書く作業はAIエージェントに任せられるようになる。

 人間には、個別の作業を自分で実行することより、システム全体を抽象的に捉える能力が求められる。

 解決したい問題は何か。入力と出力は何か。情報はどこから入り、どこへ流れるのか。処理能力、メモリ、ネットワークのどこが制約になるのか。どの処理をAIに任せ、どこで人間が判断するのか。こうした要素を統合し、1つのシステムとして成立させる力が必要になる。

 特に多数のAIエージェントが並行して動く環境では、単体のAIを使いこなす能力だけでは足りない。各エージェントの役割や権限を定義し、処理の依存関係を整理し、失敗時の復旧方法や責任の所在を設計する必要がある。

 AIがコードを書けるようになるほど、ITエンジニアにはアーキテクチャ、データ、ネットワーク、セキュリティ、業務を横断して考える能力が求められる。

専門知識はAIを評価するためにも必要

 コードを書く作業が自動化されるからといって、コンピュータやプログラミングを学ぶ必要がなくなるわけではないとフアン氏は強調する。基礎知識がなければ、AIが生成したコードや設計が正しいのか、安全なのかを評価できないからだ。

 フアン氏は、物理学、化学、生物学、コンピュータ科学、コンピュータ工学などの難しい専門領域は今後も重要であり、特に複数の領域が交差する問題の価値が高まると説明する。

 AIは、人間が難しい問題に挑戦するための道具である。実装にかかる作業量が減れば、これまで規模が大き過ぎて着手できなかった問題にも取り組める。

 その際に必要なのは、プログラミング言語の文法を覚えることだけではない。AIを使って何を作るのかを決め、生成物を評価し、複数のAIを統合する能力である。

「どれほど難しいというのか?」と考える

 フアン氏は、新しい技術や市場に向き合う際の姿勢として「How hard can it be?」という言葉を紹介する。「どれほど難しいというのか」「まず取り組んでみよう」という意味だ。

 実際には、新しい問題は予想よりはるかに難しい場合が多い。それでも、始める前から全ての困難を想像すれば、不安が大きくなり、行動できなくなる。

 最初は楽観的に一歩を踏み出し、発生する問題にはその都度対処する。全ての苦難を一度に乗り越えようとするのではなく、その日直面している課題を解決し、翌日に進む。

 そのために必要なのが、失敗や困難に耐えて継続する「レジリエンス」である。フアン氏は、学ぶ能力を「最大のスーパーパワー」と表現する。未知の技術に直面しても、必要なことを学びながら目的地に到達できると信じることが重要だという。

情シスやITエンジニアにとっての学び

 情報システム(情シス)部門の担当者やITエンジニアが、数年後に主流となるAI製品や開発手法を正確に予測することは難しい。

 そのため、特定製品の操作方法だけを身に付けるのではなく、前提の変化を認識する力、未知の技術を学ぶ力、システム全体を設計する力を磨く必要がある。

 AIがコードを書く時代になっても、人間が担うべき仕事は残る。解くべき問題を選び、制約条件を整理し、AIや人間を組み合わせてシステムとして実現する仕事である。

 実装の制約がAIによって小さくなるほど、「何を実現すべきか」を決める人間の判断は、これまで以上に重要になる。

本稿は、Y Combinatorが2026年7月27日に公開した動画「Jensen Huang:The Mindset That Built NVIDIA」を基に作成しました。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

ページトップに戻る