AI導入88%の裏で迫るロックインのわな 情シスが守るべき4つの防衛線:地政学リスクと規制を回避するために
規制強化や地政学的対立で特定AIが突然使えなくなるリスクが迫る。完全な内製化もベンダー任せも破綻する中、情シスが事業継続を守る「ハイブリッドAI主権」の現実解を解説する。
AIが企業活動の基盤に浸透するにつれ、単なるツールではなく重要インフラに近い存在になりつつある。AIが中核業務の一部となったとき、システムを誰が統制しているのかという問いはこれまで以上に切実になる。
米スタンフォード大学HAI(人間中心AI研究所)が2026年4月に公開したAIに関する年次報告書「The 2026 AI Index Report」によると、2026年における企業のAI導入率は88%に達した。しかし導入率の上昇は、企業がAIスタック全体を完全に掌握していることを意味するものではない。AI製品へのアクセスはベンダーや政府によって左右される場面が増えている。さらにグローバル展開する企業は、複数の政府機関が定める規制にも従わなければならない。
企業がソブリンAI(主権を持つ自律的なAI)を持つことは、外部のインフラやハードウェア、モデルに依存せず、独自にAIの開発、導入、ガバナンスを実施できる状態を意味する。オンプレミスなど自社環境での実装と監視を徹底すれば、ガバナンスやコンプライアンスを完全に統制できる。政治的な混乱やベンダーの障害が発生しても、システムの稼働を維持しやすくなる。
ただし主権の定義は本質的に複雑だ。企業は錯綜(さくそう)する規制や物理アーキテクチャ、国境を越えるデータフロー、運用の選択肢を考慮しなければならない。スタンフォード大学HAIのエッセイ「AI Sovereignty's Definitional Dilemma」の執筆陣はこの難題を次のように説明している。
「地政学的な自律性と規制監視を巡る国家間の争いと、ガバナンスを確保しようとする企業の取り組みの両面で『主権』という言葉が使われている。この事実が、AI主権の定義をいっそう困難にしている」
最近では企業の経営陣自らがAI主権の確保に乗り出している。しかしサードパーティー技術に依存する多国籍企業にとって、完全な主権の獲得は容易ではない。そのため企業は「選択的AI主権」を採用している。最も重要な領域に絞って主権を確保し、イノベーションを損なうことなく、コンプライアンス問題やベンダーロックイン、予測不能な政府の介入から投資を守るアプローチだ。
グローバルでエンタープライズソフトウェアの第三者保守などを手掛けるRimini Streetのシニアバイスプレジデント兼CTO(最高技術責任者)を務めるエリック・ヘルマー氏は、「私たちは実験的なプロジェクトから本番プロジェクトへの移行期にある。今こそ一歩引いて、AI主権モデルに必要なものを構築すべき時だ」と語る。
以下では、情シスが事業継続を守る「ハイブリッドAI主権」の現実解を解説する。
規制の分断が企業をソブリンAIへと後押しする
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地域ごとに異なる規制や厳格化するコンプライアンス要件が、ソブリンAIを巡る議論を前面に押し出している。特に欧州では、施行が始まった「EU AI法」とその包括的な規制は、グローバル企業にソブリンAIの優先順位を高める要因となっている。
Informa TechTargetの調査部門Omdiaでプリンシパルアナリストを務めるマーク・ベキュー氏は、AI法の影響により欧州では現在ソブリンAIへの機運が大きく高まっていると指摘する。規制への準拠が、企業のソブリンAIの議論をけん引する強力な推進力になっているのだ。
例えばOmdiaの2026年調査レポート「The Great Repatriation: Why Enterprises Must Act Now to Ensure AI Sovereignty」によると、回答者の51%がEU AI法の規制準拠を「ソブリンAIへの投資決定を加速させる上で重要」と答えた。さらに47%が、EU加盟各国の追加規制への準拠も重要だと回答している。
欧州でAIコンプライアンス要件が高まる一方、米国のAI規制は不透明な状態が続いている。トランプ政権による一連の大統領令は、主にAI開発と利用に対する厳格な規則の緩和を目的としていた。例えば2025年後半の大統領令では、各州が独自のAI規制を設ける権限を制限した。2026年6月の大統領令では、フロンティアモデルに対するリリース前の自主的なアクセス評価枠組みが新設された。
連邦レベルの規制が定まっていないため、米国のAIに対するアプローチは他国や地域よりも断片化する可能性がある。事態をさらに複雑にしているのは、企業の多くが単一の法管轄区域内だけで事業を展開しているわけではない点だ。多国籍企業は異なる規制要件を持つ複数の地域にオフィス、サーバ、データ、インフラを抱えており、全社的なコンプライアンスの達成は大きな課題となっている。
「複数国での事業展開は、企業にとって事態を非常に複雑にする。企業が最も懸念しているのはAI導入の停滞であり、各地域の規制要件を満たしながら推進ペースを落とさない方法を模索している」とベキュー氏は述べる。
AI特有のリスクが複雑さを増しているものの、複数の統治機関の要件を満たすこと自体は未知の課題ではない。ERPの世界でも、グローバル企業のデータ管理は歴史的に複雑だったとヘルマー氏は話す。一部の法律は特定のデータを国内に留めることを義務付けており、業界特有の要件への対応も求められる。
「私たちは既存の規制には慣れている。だが自律型エージェントの世界が加わると、事態はさらに複雑化する」(ヘルマー氏)
政治的対立とベンダー間の摩擦が議論を複雑化
ここ数カ月、トランプ政権と主要AIベンダーとのやりとりがAI市場への政府関与を巡る議論を巻き起こしている。緊張の高まりは経営陣の間でもソブリンAIの議論を加速させ、政府の介入やベンダー間の対立による利用停止リスクの回避が意識されるようになった。
Anthropicが2026年6月に発表した「Claude Mythos」と「Fable 5」は、公開からわずか3日後に米政府の輸出管理指示を受け、国内外の外国籍者へのアクセス制限を余儀なくされた。政府は国家安全保障上の懸念を理由に挙げたが、広く利用されているモデルへのアクセスが遮断された場合の影響について波紋が広がった。
財務業務および会計自動化プラットフォームを提供するBlackLineでCISO(最高情報セキュリティ責任者)を務めるジル・クネセク氏は、「世界各地で起きている対立や衝突、特定地域との関係を背景に、主権を確保した実装についての議論を進めている」と述べる。
CNBCの報道によると、トランプ政権はAnthropicとの確執を受け、連邦政府用途でOpenAIのモデルを採用する方針へ転換し、「GPT-5.6」の提供先を信頼できるパートナーに限定するよう要請した。ここでのアクセス問題は二重の側面を持つ。Claudeを中心にエコシステムを構築していた政府請負業者はOpenAIのモデルへの切り替えを迫られた。一般企業も、サードパーティー製モデルへのアクセスが将来制限されたり取り消されたりするリスクを考慮せざるを得なくなった。
さらに米政権は国家安全保障上の懸念を理由に、中国製AIモデルやハードウェアへのアクセス制限も検討している。Moonshot AIの「Kimi K3」の登場を受けてホワイトハウスや一部のAIベンダーは外国製製品の禁止を示唆し、中国製データセンター機器の輸入制限も検討されている。
ブルッキングス研究所テクノロジーイノベーションセンターのシニアフェローであるダレル・ウエスト氏は、「各国が異なる規則を設けており、誰もが国家安全保障を懸念している。どの国のモデルを購入するかという問題は重要だ」と指摘する。企業は中国製オープンウェイトモデルの利点と欠点を評価するだけでなく、政府による介入の可能性も考慮する必要があると同氏は付け加えた。
AI市場への政府介入は、企業の盲点とベンダーロックインの新たな側面を浮き彫りにしている。政府間の対立でサービスが停止した場合、単一ベンダーのモデルに全面的に依存している企業は深刻なリスクに直面することになる。
「政府の介入を常に認識していなければならない。利用停止が発生した際に、どのように移行し機能を維持できるかを把握しておく必要がある。自社や顧客が事業を展開している国だけでなく、他国の反応や対応についても考慮しなければならない」(クネセク氏)
ソブリンAIスタック構築で企業が検討すべきこと
AI分野で、完全な主権を達成することは極めて困難だ。オープンな戦略と自社内運用の間でバランスを取るため、企業は「選択的AI主権」または「ハイブリッドAI主権」を選択している。戦略の特定部分で主権を確保し、他の部分では必要に応じて国境を越えたコンポーネントを利用する形態だ。
クネセク氏は「AI主権には多種多様な要素がある。企業が全てを自前でそろえるのはほぼ不可能だ。全面的に主権を追求すると過度に複雑になるため、ハイブリッドなアプローチで議論している。サードパーティーの機能への依存は今後も残る」と説明する。
このハイブリッドな自律性を実現するために、企業は複数のレイヤーに着目している。優先順位は各企業のリスク許容度とAIニーズに応じた選択による。着手にあたっては、データ管理、モデルのポータビリティ、内製か購入かの判断枠組み、コンプライアンス管理の4つの領域に焦点を当てることができる。以下ではそれぞれについて解説する。
データ管理
データ主権には、データの保管場所だけでなく、どの法律が適用され誰が権限を持つかといった管理権限も含まれる。AIは学習や推論に膨大なデータを使用し、問い合わせへの回答や自律的な処理の実行時に複数のリポジトリやサーバにアクセスするため、データ主権の確保が前提となる。
AI活用による収益オーケストレーションを提供するClari/SalesloftでCISOを務めるピーター・リーバート氏は、ソブリンAIの本質はデータ管理にあると話す。「データフローやアクセス権者を制御できているか。モデルがアクセスする場合、どのような権限レベルが付与されているか。可視性を確保し、必要なアクセス権を適切に提供できているかが重要な要素になる」(リーバート氏)
ソブリンAIの枠組みを構築する第一歩として、企業はAIワークロードに対するデータ主権の運用を見直している。クネセク氏は「データ主権の上にAI主権を構築する必要がある。この二つは密接に融合している」と述べる。
Clari/Salesloftがデータ管理で採用している手段の1つが、データ不保持ポリシー(ゼロデータリテンションポリシー)の適用だ。「全てのAIベンダーとデータ不保持の契約を結んでおり、自社の主権を維持する上で必要な要素となっている。自社データや顧客データをAIの学習などに利用することは一切許可していない。どのベンダーを採用する場合でもこれは必須の要件だ」(リーバート氏)
モデルのポータビリティと冗長化アーキテクチャ
企業はAI主権の差異化要因として、モデルの制御権を重視し始めている。ベンダーの障害や政府の介入が増加する中、AIモデルへのアクセスを制御できるかどうかが企業システムの安定性を左右する。
ウエスト氏は「現状ではモデルの移植性(ポータビリティ)は非常に低い。特定企業のモデルを購入してその上でAIエージェントを時間をかけて構築した場合、自社のデータや構築したモデルを別のプロバイダーへ簡単に移行することはできない」と語る。
モデルの移植性が低い状態は、ベンダーの障害や政府の介入、地政学的リスク、モデルのセキュリティインシデントが発生した際に企業の足かせとなる。
移植性の低さを補うため、企業は「モデル冗長化アーキテクチャ」と呼ばれる柔軟な構造を採用している。単一のベンダーやモデルに依存しないアーキテクチャを構築することで、障害や政治的混乱が発生した際にも迅速に方針を転換し、モデルを置き換えることが可能になる。
「AIスタックの各層を細分化している。各層に調整済みの異なる製品を配置し、モデルを相互に交換できるようにしている。このポータビリティにより運用の柔軟性を高めることができる」(リーバート氏)
モデル冗長化によって移植性を高めることは、企業の購買の交渉力向上にもつながるとヘルマー氏は補足する。モデルの差し替えが容易であれば、ベンダーによる囲い込みを防ぐことができ、有利な条件を引き出しやすくなるからだ。
ウエスト氏も、モデルの移植性は市場の競争環境を維持するためにも有効だと指摘する。「使用するモデルや構築したAIエージェントの提供元を変更できない状況は極めて反競争的だ」(ウエスト氏)
「内製か購入か」の判断枠組み
柔軟なAIスタックを構築するには、オンプレミス環境での自社開発、サードパーティー製モデル、オープンソースといった多様な選択肢を使い分ける必要がある。ソブリンAIの多くは「内製か購入か(Build vs Buy)」の議論に行き着く。最大限の統制が必要な領域には自社投資を行い、サードパーティーやオープンソースの利用で十分な領域とを切り分ける判断が求められる。
「主権、ガバナンス、コンプライアンスから見て、自社のデータ境界内に保持すべきものと、SaaSや外部委託モデルで対応できるものを精査する必要がある。二者択一ではなく、ハイブリッドな手法を取ることになる」(ヘルマー氏)
BlackLineでは、エージェントを自社開発するか外部から調達するかを常に検討しているとクネセク氏は言う。優れた製品を提供する顧客への責任と、政府の決定や各種規制を踏まえた統制の必要性との間でバランスを取っている。
「自社で導入するものについては完全な統制を確保したい。開発する製品、ツール、エージェントが全て社内でコーディングされ、適切な検証を経ており、外部のツールに依存せず保守できる体制を目指している」(クネセク氏)
可能な限りモデルやインフラを内製化する一方で、調達を選択する場合でも「マルチサードパーティーモデル」を採用し、スタックの領域ごとに複数のベンダーやモデルを使い分ける企業もある。
2025年11月のOmdiaの調査「Emerging Trends in AI Models: Opportunities and Risk Amid the Rapid Evolution」によると、回答者の54%が2〜3社のモデルプロバイダーを併用し、44%が3〜5種類の生成AIモデルを使用していた。
Omdiaのベキュー氏は「多くの企業が多種多様なモデルを利用している。容易に置き換えが利かない特定要素に固定化する企業は少ない」と分析する。
Clari/Salesloftは2社のAIベンダーと強固なパートナーシップを結んでいるとリーバート氏は明かす。これにより最新モデルへの早期アクセスやトークン価格の優遇といったメリットを享受できる。一方でロックインの回避も依然として重要な方針だ。
「1つのツールに過度に依存しないよう注意を払っている。この業界は1年で完全に様変わりする可能性がある。最大限の柔軟性を維持しつつ、一定水準の安定性を確保する必要がある」(リーバート氏)
コンプライアンス管理
法規制への準拠は、ソブリンAIの検討を始める最大の動機となることが多い。世界中の異なる業界や地域にまたがる多様な規制基準を満たすことは企業にとって困難な作業となる。
BlackLineのソブリンAI戦略で、コンプライアンス管理は「最も高い基準への適合」を基本方針としているとクネセク氏は述べる。最も包括的で厳格な規制基準への準拠を選択することで、新設される規制や要件の多くを既存の管理レベルの範囲内に収める狙いがある。
BlackLineが最も高い基準として設定したのは「ISO/IEC 42001」だ。ISO/IEC 42001はAIマネジメントシステムについての国際規格で、AIシステムの開発や利用についての要件を企業に提供する。主要な規制に準拠したAIガバナンスの実装とリスク管理を支援する枠組みだ。
「安全かつセキュアにAIを構築するための厳格なガバナンスとコンプライアンス統制を社内に備えていることを証明する必要がある。ISO/IEC 42001は国際規格として世界中の大半の規制に耐え得るものと考えている。確固たる基盤を構築するための有益な投資で、現時点でも最高水準の基準だと評価している」(クネセク氏)
規制への対応を個別案件ごとに判断する企業もある。AI活用の規模を拡大する上での目標は、世界各地で同様のプラットフォームや技術を展開しながら各地の規則に従うことだが、その両立は容易ではないとウエスト氏は指摘する。ただし国内法を精査し、コンプライアンスを維持しながら拡張を図る道筋を立てることは可能だ。
例えば、自社の事業形態が現地の規制と合致しない国で顧客にサービスを提供する場合、クラウドやデータセンターを別国に配置する選択肢がある。サービスの大部分をその国の管轄外に移すことで、規制要件に対する一定の統制力を得られる。
ただしAIの処理が実行される国内でのデータ保存を義務付ける政府も現れており、新たなAIデータセンターの誘致を巡る地政学的な摩擦も生じている。将来的には、米国、欧州、中国に集中していたデータセンターが、独自の規制を持つ多様な地域へと分散していく可能性がある。
「グローバル企業は自社にとって何が最も重要か、事業の将来にとって何が最善かを見極め、自社に最も有利な法管轄区域を選択していく必要がある」(ウエスト氏)
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