クラウドやIoT、機械学習などの先進技術をヘルスケア分野に応用する動きが活発化している。その1つが、あいち健康の森健康科学総合センターが中心となって進める、患者の自己管理の支援を通して生活習慣病の改善を目指す取り組みだ(本コンテンツは@ITからの転載です)。
クラウドやIoT(Internet of Things)、機械学習といった先端テクノロジーを、社会が抱えるさまざまな課題の解決に役立てようという動きが進んでいる。その1つが、経済産業省の実証事業として、あいち健康の森健康科学総合センターが中心となって推進する「糖尿病患者への行動変容支援プロジェクト」だ。2016年10月に開催された「Oracle Cloud Days Tokyo 2016」において同センター主任専門員の加藤綾子氏が行った講演『クラウドで実現! IoT機器と機械学習による糖尿病患者への行動変容支援』の内容を基に、プロジェクトの概要と、それを支えているクラウドやIoT、機械学習などオラクルのテクノロジー/サービスを紹介する。
今日、多くの先進国が少子高齢化の問題を抱えている。特に我が国では、この問題が早い段階で深刻化すると見られている。内閣府「平成28年版高齢社会白書」によれば、「2025年には全人口に占める65歳以上の高齢者の割合が30%を超え、団塊世代の多くが75歳以上の後期高齢者となる」とされている。
これに伴い、今後わずか10年ほどの間に、高齢化に起因する医療や介護といった社会負担が大幅に増加すると予想される。そこで2017年現在、この問題への対策の一環として、国や地方自治体などの各機関において、生活習慣病予防などの取り組みを通じて国民の健康を維持し、重篤な病状に至る人を減らしていこうという活動が進められている。これは将来的な医療費や介護費などの社会的な負担を軽減するだけでなく、国民個人のQOL(Quality of Life:生活の質)を高めていく上でも有効な取り組みになると考えられている。
そうした活動の1つとして進められているのが、「糖尿病患者への行動変容支援プロジェクト(正式事業名称:企業保険者等が有する個人の健康・医療情報を活用した行動変容事業)」だ。このプロジェクトでは、あいち健康の森健康科学総合センター(愛称:あいち健康プラザ)が中心となり、名古屋大学医学部糖尿病/内分泌内科などと「チーム七福神」コンソーシアムを結成。名古屋大学医学部付属病院を含む東海地区の21医療機関ならびに健保組合や健診/保健指導機関の協力の下、IoT機器とクラウドを活用した糖尿病患者の生活習慣改善支援に取り組んでいる。
1998年に開設されたあいち健康の森健康科学総合センターは、地域と連携した“健康づくり”の拠点として、各種プログラムの研究開発、保健指導者の育成、地域における支援ネットワーク作りのサポートなど、さまざまな事業を行っている。また、厚生労働科学研究や県のモデル事業の推進を通じて、その成果を政策提言や国際交流支援に役立てるなど幅広い役割を担っている。
来館者に対する生活習慣の改善支援も、同センターの重要な役割の1つだ。生活習慣が発症に深くかかわっているとされる生活習慣病に分類される疾患には高血圧症や脂質異常症などがあるが、中でも「糖尿病」は、神経障害や網膜症、腎機能障害といった重篤な合併症を招く恐れがあることで知られる。その一方で、バランスの取れた食生活や適度な運動による減量、あるいは薬品による血糖値コントロールが重篤な症状の予防に効果があるともされている。
糖尿病の罹患率は年齢が上がるとともに上昇し、2014年に行われた調査により、60代以上の男女のうち約4人に1人が糖尿病に罹患していると考えられるという(*1)。一方で、糖尿病が強く疑われるにもかかわらず、治療を行っていない未治療者率の割合も高く、全世代の合計で約3〜4割に達すると報告されている。
*1 厚生労働省「平成26年 国民健康・栄養調査」より
「生活習慣を改善して血糖値をコントロールすることで、糖尿病にまつわる症状の重篤化は避けられます。例えば、特定検診データの分析結果から、肥満の状態にある人が3〜5%ほど減量するだけで、検査数値の改善に効果があることが分かっています。これに関する課題は、糖尿病患者が血糖値をコントロールするための生活習慣の改善を継続的に支援していくところにあると考えられます」(加藤氏)
こうした考えから、このプロジェクトは患者自身による糖尿病管理に向けた生活習慣の改善を、ITを活用して効果的に支援していくことを目指したものとなっている。
通常、患者は数カ月に1度、あるいはそれ以下の頻度で外来診療に訪れる。しかし、現場で診療やアドバイスを行う医師には、前回の診療時と当日の検査数値の他に参考にできるデータがないのが実情だという。そこで、プロジェクトではネットワーク機能を備えた活動量(歩数)計、体重計、血圧計などを利用して患者の日々の健康状態をモニタリングし、「診療の空白期間」における患者のデータを取得する。同時に、スマートフォン向けアプリケーション「七福神アプリ」を使い、モニタリングした数値に基づく患者へのフィードバック(数値の集計結果や七福神のキャラクターによる応援メッセージなど)をより短いサイクルで行い、行動変容を促す仕組みの構築を目指している。
実際のシステム化に当たっては、21の病院、2つの保健指導機関との連携、患者の個人情報の取り扱いに関する各医療機関での倫理審査、対象者の確保など、さまざまな手続きが必要となった。また、経済産業省の実証事業として推進したこともあり、期間や費用面での制約が厳しかったことから、システム構築についてはすでに市場に流通しているヘルスケアデバイスを採用し、インフラに関してはパブリッククラウドの活用を検討したと加藤氏は話す。検討の結果、このインフラ部分については「Oracle Cloud」が採用された。
これらと並行して、患者の行動変容を促すフィードバックの仕組みとして七福神アプリの開発が進められた。加藤氏は、「糖尿病を患った皆さんの中には、生活習慣を少し変えるだけで数値を改善できる可能性が高いことをご存じない方が少なくはありません。七福神アプリでは、実際の生活管理は意外と簡単で、我慢しすぎる必要もないことを理解していただけるような情報提供を行うよう工夫しました」と話す。数値を基に七福神のキャラクターがアドバイスを行ったり、メッセージ配信の頻度を週2回に抑えたりといった点についても、検討を重ねた末に決定した。
また、このプロジェクトでは、患者が持つヘルスケアデバイスから収集した生活データやアプリの利用状況などのデータを機械学習のアプローチによって詳細に分析することで、最終的な目標である「検査数値の改善」に対して、各項目がどのように影響を与え合っているのかのモデルを作成することも目指している。このモデル化が可能になれば、それぞれの患者に対して、どのような治療や対応を行えば、より効果的に生活習慣が改善されるかといった指標作りに発展させていける。これらの取り組みを通して、「糖尿病患者の治療や指導に関して医療関係者の助けとなる知見が得られることに期待しています」と加藤氏は話す。
加藤氏によるプロジェクトの紹介が終わると、続いて日本オラクルの下道高志氏(クラウド・テクノロジー事業統括 Cloud/Big Data/DISプロダクト本部担当ディレクター)が登壇し、このプロジェクトの技術面の取り組みについて補足説明を行った。
まず、IoTのフロントエンドとなるデバイスとしては、Bluetooth通信に対応したオムロン製の活動量計、体重計、血圧計が採用された。これらのデバイスで取得したデータは、同じくオムロンが運営するネットサービス「WellnessLINK」に蓄積される。このプロジェクトでは、WellnessLINK上のデータをOracle Cloudのデータベースサービスである「Oracle Database Cloud Service」にインポートし、その上でさまざまな処理を行っている。
「このプロジェクトでは、約1カ月という短い期間と限られた予算の中で、IoTデータの蓄積、統計分析、スマホアプリ(七福神アプリ)に対するメッセージ送信、そして機械学習など、さまざまな要件を実現する機能の実装が求められました。また、重要なポイントとして、健康/医療データを扱うため、セキュリティが確実に確保されている必要もありました。これらの条件から、Oracle Database Cloud Serviceが最適と判断されたのです」(下道氏)
上記の要件を満たすために、Oracle Database Cloud Serviceのエディションは「Oracle Database 12c Enterprise Edition High Performance」を採用し、Oracle Database Enterprise Editionの基本機能に加えて、同エディションで利用可能な「Oracle REST Data Services(ORDS)」「Oracle Application Express(APEX)」「Oracle Advanced Analytics」および「Data Miner」「Transparent Data Encryption(TDE)」の各オプションを使用している。
これらのうち、ORDSはREST APIを利用したOracle Databaseへのアクセスを可能とする機能だ。ORDSは、モバイルアプリなどHTTPクライアントからのGETやPOSTによるHTTPリクエストをSQLにマッピングし、クエリの実行結果をJSON形式に変換してクライアントに送り返す。このプロジェクトでは、患者に対して定期的なフィードバックを行うために七福神アプリを開発したが、ORDSにより、一般的なWebアプリケーション開発のスキルでOracle Databaseを使うアプリケーションの開発が可能となり、工数削減に寄与したと下道氏は話す。
Oracle APEXはOracle Databaseに標準で備わるWebアプリケーション開発ツールであり、Oracle Database Cloud Serviceを使って動作するWebアプリケーションをWebブラウザ上で簡単に作成できる。今回のプロジェクトでは、実証実験の進行に伴って明らかになった追加要件(例えば、現場の医療関係者からの「ユーザーがアプリにアクセスする頻度を観察したい」「それぞれの指導医に対して、患者個人の測定値を提供したい」といった要求)を実装する際に使われた。実際のアプリケーション作成は下道氏らが行ったが、「数分程度で開発が行えるため、追加要件をいただいた翌日には修正版のアプリケーションを提供することができました」と話す。
Oracle Advanced AnalyticsとData Minerは、Oracle Database Cloud Service上に蓄積したデータを用いた機械学習により、データ間の関連性を分析し、予測モデルを作成するために使用した。分析対象の属性を指定することで、対応する複数の学習アルゴリズムを同時に実行することができ、「プロジェクト開始後1カ月分のデータからも有意な分析結果を導き出すことができた」(下道氏)という。
個人の健康/医療データを扱う今回のプロジェクトにおいて、最も重視されたのが「データセキュリティ」だ。Oracle Database Cloud Serviceでは、Oracle Database向けに用意された多彩なセキュリティ機能を、パブリッククラウド上でもそのまま使用できる。データベースの暗号化や権限管理といった基本的な対策に加えて、ネットワークの設定やアプリケーション設計などの側面についてもセキュリティが配慮されている。例えば、指導医による個々の患者データの参照とIT担当者による機械学習プラットフォームの操作では、同じ分析データベースに対してアクセスが行われるが、それぞれの役割に応じて操作権限を分離することで、職務に不要なデータは参照できないようになっている。
このようにプロジェクトで利用されたIT環境について説明した下道氏は、あらためて「今回のプロジェクトでは、期間やコストに厳しい制約がある中でさまざまな要件を満たすことが必要となり、インフラにパブリッククラウドを使う以外の選択肢は考えられませんでした」と振り返った。
また、Oracle Advanced AnalyticsとData Minerによる機械学習の効果については、次のように期待を語った。
「私自身は、健康/医療分野で機械学習がどのように役立つのか、これまで具体的にイメージできていませんでした。しかし、このプロジェクトに出会い、今は機械学習がどれだけの効果を発揮できるのか、非常に楽しみになりました。『効果的な糖尿病予防プロセスの発見』という明確かつ意義のある目的に向けて取り組む中で、機械学習は“人の思い”の実現に向けた有効なアプローチの1つであると感じています。今後のさらなる成果に期待したいと思います」(下道氏)
以上、本稿ではあいち健康の森健康科学総合センターが核となって推進する「糖尿病患者への行動変容支援プロジェクト」の概要と、同プロジェクトで利用されているOracle Cloudの主なサービス/機能を紹介した。現代社会が直面するさまざまな課題の解決を図る上で、ITの有効活用は不可欠な手段の1つとなった。ただし、その利用に際して多くのコストや導入期間を要するようでは、先進的な試みの多くが構想段階で頓挫してしまうだろう。豊富なサービスを低コストで提供し、短期導入を可能にするOracle Cloudのようなクラウドサービスの登場が今、この状況を大きく変えつつあるのだ。
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