東京ガスiネットが実現したクラウド活用 鍵になるのは「都合の良い」クラウド「変わっていくもの」に時間をかけない

社会インフラを担う企業が取り組んでいるクラウド活用術、その秘密は「自社に都合の良い」クラウド基盤を選ぶこと。本稿ではその選び方を教える。(本コンテンツは@ITからの転載です)

2018年02月14日 10時00分 公開
[提供:日本オラクル株式会社]

 最近、さまざまな場所や企業で「デジタルトランスフォーメーション」というキーワードを聞くようになった。デジタルテクノロジーを活用して、ビジネスを進化させるデジタルトランスフォーメーションの動きは、企業規模や業種を問わず広がっている。企業がデジタルトランスフォーメーションを進める上で重要になるのが、変化に即応できるインフラの構築である。その具体的かつ現実的な手段がクラウドだ。

 本稿では、とある社会インフラ系企業のIT担当者の話を基に、同社がデジタルトランスフォーメーションの一環として進めているクラウド活用の実態を明かす。国内ではセキュリティの懸念から、クラウド活用に乗り出せていない企業がいまだにある。そうした中で、一般的な企業以上に信頼性や安定性を重視する社会インフラ企業が、クラウド活用を実践する理由とは何か。同社が取り組みの中で見いだしたクラウド活用の勘所と併せて紹介する。

社会インフラ系企業が、クラウド活用に取り組む理由

 東京ガスグループのIT事業会社である東京ガスiネット(以下、TGアイネット)がクラウド活用を加速させている。2014年には「Amazon Web Services」(以下、AWS)や「Microsoft Azure」(以下、Azure)を開発環境で利用し始め、2015年からは「Oracle Cloud Platform」を使った開発環境の検証を続けている。2017年10月現在はアジャイル開発やDevOps(開発と運用の一体化)の手法を取り入れながら外部公開用のAPI開発を推進するなど、マルチクラウド環境での実案件の開発にも着手し始めた段階だという。

 だが周知の通り、電気やガスなどのエネルギー業界におけるITシステムには、非常に高度な安定性と信頼性が求められる。社会インフラ系の企業にとって、システムは「自前主義が当たり前」であり、データセンターをはじめ、バックアップセンター、ネットワーク回線、バックアップ回線ですら自社で運営する例が多い。TGアイネットが担ってきたシステムも同様であり、ホストコンピュータを中心とした「オンプレミス環境における自社開発・自社運用」が伝統だった。

 そうした自前主義を貫いてきた同社が、なぜクラウド活用を推進しているのか。また、AWS、Azureに続き、Oracle Cloud Platformを選んだ理由とはどのようなものだったのか――。TGアイネットで、2016年までシステム技術部アプリ基盤グループマネージャーを担い、現在はエネルギーソリューション営業支援プロジェクトマネージャーを務める上田志雄氏に話を聞いた。

オムニチャネル実現の基盤として、各種クラウドを検証

画像 東京ガスiネットエネルギーソリューション営業支援プロジェクトマネージャーの上田志雄氏

 「従来、東京ガスの強みは『お客さまのお宅の台所まで上がって対面営業できること』にありました。お客さまの数は1100万件に達します。これほどの規模でありながら、お客さまと非常に近い距離でビジネスをしている企業は極めて珍しいのではないでしょうか。しかし経営環境変化が速い近年、同じビジネスが10年、20年と続くことはあり得ません。例えば、お客さまの働き方や生活スタイルが変わり、日中に訪問することが難しくなっています。またお客さまはスマートフォンなどを使って日々新しい情報を受け取っています。そうした変化がある中で、従来大事にしてきた顧客とのエンゲージメントを今後はどう維持し、醸成するのか――そのためには、重要な接点となったITシステムの在り方を変え、デジタル時代に即した変革に向けて、今まさに取り組んでいく必要があるのです」

 上田氏はクラウド活用に取り組む理由をこのように語る。この考え方の背景には、2016年4月に始まった電力の小売り自由化、2017年4月からスタートしたガスの小売り自由化があることは言うまでもない。顧客の働き方や考え方、社会の在り方が変わる中、ITを使った自社事業の変革は、もはや不可欠というわけだ。

 「具体的には、顧客接点や顧客サポートを強化するために、デジタル技術を使ってオムニチャネルの環境を整備しようとしています。クラウドはそれを実現するための重要な手段の1つなのです。IT事業会社として、さまざまなクラウド環境をどう管理し、オーケストレーション(協調制御)するのか、強く問われていると考えています」

「変わっていくもの」に、コストと時間をかけ過ぎてはいけない

 上田氏がクラウドに求める要件の1つは、やはり「スピード」だ。「台所に入って直接話を聞く」ことが難しくなった以上、顧客の声に応えるためには、ITサービスを素早く開発し、顧客の反応を得ながら迅速に改善し続けることが求められる。従来のようにハードウェアの調達から始めるスタイルでは到底スピードを担保できない以上、「クラウドを使って必要なリソースを数クリックで調達し、迅速にデプロイできること」が重要になってくるというわけだ。

 「ただし、単に基盤の調達スピードを上げるだけではビジネスのスピードは上がりません。サービスの開発からデリバリーまでのプロセスを短くし、さらにそのフィードバックサイクルを高速で回せる仕組みが必要です。そこでクラウド活用と同時並行で、開発・運用の在り方も見直してきたのです」

 具体的には、パートナー企業が開発環境としてAWSを使ったり、社内の開発部隊が検証・開発環境としてAzureを使ったりできるようにする一方で、社内の開発プロジェクトの一部でアジャイル開発やDevOpsの取り組みを進めてきた。クラウドとアジャイル開発は必ずしもセットで導入しているわけではなく、開発プロジェクトの内容に応じてクラウドを使い分けたり、アジャイル開発の取り入れ方を変えたりしているという。

 「例えば、企業においてはIaaSの利用が一般的ですが、前述のようにIaaSは基盤に過ぎません。スピードという観点で言えば、PaaSを利用した方が、管理工数の削減も含めてさらなるスピードアップが可能です。ですが、『自社にとって』どのクラウドをどう使えば開発、リリース、改善のスピードを向上できるのか、アジャイル開発やDevOpsが適している環境とはどのような要件を備えたものなのか。それを見極めるためにクラウドの検証を続けている状況です」

 もう1つ、上田氏がクラウドに求める要件は「外部とのインタフェース構築」だという。ガスの小売り自由化とともに、小売り業務をするガス事業者向けにガスを供給する「託送業務」が本格化した。託送業務をするためには、相手方となるガス事業者とデータをやりとりするインタフェースが必要になるが、それをどこにどう作るかが課題なのだという。

 「これまでの企業対企業通信のように、テープ交換やファイル交換などをする時代ではありません。かといって、データをオンラインでリアルタイムにやりとりするために、既存のオンプレミスシステムを改修することも難しい。オンプレミスシステムに外部との入口を作ってガス事業者にログインさせる方法では、セキュリティリスクや、障害などが起きた際の責任範囲の問題が生じます。そこで、有力な候補になるのがクラウドなのです」

 具体的には、「託送業者とガス事業者が使う共同利用システムのための認証基盤」を社外に用意し、ユーザー管理や認証系システムもクラウドに構築、APIで管理することで、リアルタイムかつセキュアにデータをやりとりする仕組みを考えているという。外部とのインタフェースを構築しておくことで、新しい事業者、新しいサービスにも対応しやすくなる。

 ただ一般に、パブリッククラウド活用ではデータを外に出すことに対してセキュリティを懸念する向きはいまだ少なくない。上田氏はこの点についても、「セキュリティ面ではむしろ自社金庫のようなオンプレミスシステムより、銀行のようにその分野のプロフェッショナルがセキュリティを管理しているクラウドの方が安全です」と指摘する。

 「何より経営環境変化が激しい以上、ニーズに合わせてビジネスやシステムも変えていかなければなりません。どんどん変わっていくものに対して必要以上にコストや時間をかける必要はありませんし、システムも『自前』にこだわる必要はありません。重要なのはビジネス目的を実現することです。目的に基づくシステム要件を満たせるなら、SaaSでもいいと考えています」

CI/CD実践基盤として、Oracle Cloud Platformを検証

 以上のような「スピード」「管理工数の削減」「外部とのデータ連携」「セキュリティ」など複数の要件を基に、現在同社が高く評価しているのがOracle Cloud Platformだという。

 具体的には、2015年、データベース管理システム(DBMS)の「Oracle Database」環境をサービスとして提供する「Oracle Database Cloud Service」と、アプリケーション実行環境の「Oracle WebLogic Server」をサービスとして提供する「Oracle Java Cloud Service」を導入し、Java Cloud Serviceに付属する統合開発ツール群「Oracle Developer Cloud Service」を使って、開発環境の検証を積極的に進めてきた。上田氏はOracle Cloud Platformを採用した背景として、まず「既存環境との親和性が高かった」ことを挙げる。

画像 開発標準が策定されたのは2008年。策定作業には上田氏も担当として積極的に関わったという。上田氏は、ホストからオープン化、オープン化からクラウド化の流れを推進してきた立役者の1人でもある

 「東京ガスの開発標準では、言語が『Java EE』、開発環境が『WebLogic』と定められています。また、最優先で採用すべき構成として、『Red Hat Enterprise Linux』や『MySQL』などを使ったオールOSS(オープンソースソフトウェア)構成が推奨されており、もしオールOSSが難しい場合はOracleを利用すると定められています。ですから、Javaを使ってクラウドで開発し、CI/CDまでやりたいとなったとき、真っ先に候補に挙がったのがJava Cloud Serviceだったのです」

 ここでいうCI/CDとは「継続的インテグレーション(Continuous Integration)」と「継続的配信(Continuous Delivery)」を指す。CIはプログラムのビルドやテストを自動化する仕組みのこと。CDは変更したプログラムを本番リリース直前の状態にするまでの作業を自動化する仕組みである。CI/CDが実現すると作業自動化による生産性向上だけでなく、プログラム変更によって発生する不具合についても素早く確認、対処することができるため新しいサービスや機能の提供スピードを上げることができる。

 「さまざまな目的に応じてクラウド活用の在り方を検証している」と前述したが、Oracle Cloud Platformを利用する際は、「いかに効率よく、スピーディーに開発できるか」をテーマに、TGアイネットのアプリ基盤グループとパートナー企業のスタッフ、計20人のチームで、アジャイル開発やDevOpsに取り組んでいるという。上田氏は検証で得たOracle Cloud Platformの評価として、まずPaaSとしての使い勝手の良さを挙げる。

画像 Oracle Cloud Platformを各種サービスに使ってCI/CD環境を構築。この環境が「パブリッククラウドですぐに手に入る」

 「CI/CDを実践するための手段がパブリッククラウドですぐに手に入るというのは大きな魅力です。他社のパブリックIaaSを使った開発では、IaaSにCI/CDツールの『Jenkins』やバージョン管理ツールの『Git』を自分たちでインストールして、それを自前で管理する必要がありました。Oracle Cloud Platformではそれらをサービスとして登録して、管理をOracle側に全て任せることができます。Oracle Databaseについても、面倒な設定やチューニングの必要がありません。DBのチューニングをしなくていいというだけでも、かなりありがたいことです」

 現在は「Git-flow」(Gitの管理用プラグイン)でオリジナルフローを作ったり、チャットサービスとの連携を図ったりと、CI/CD環境をどこまで高度化できるかを検証しつつ、実案件への適用を部分的に進めつつあるという。

特性を見極め、マルチクラウドを主体的に使いこなすことが大切

 クラウドには別の利点もある。Oracle WebLogic ServerやOracle Databaseは一般的なクラウドサービス同様、従量課金となる。「自社の目的に最適な環境」を目指して試行錯誤を繰り返し、新しい環境を複数立ち上げることも多い中、「煩雑なソフトウェアライセンスの管理から解放され、必要なときに、すぐにリソースを増強できるのはクラウドならではのメリット」と指摘する。

 この他、クラウド活用に伴うオラクルのコンサルティングも評価した。冒頭で述べたように、上田氏らが進めているのはオムニチャネルの実現基盤としてのクラウド活用だ。ここには「コンシューマー向けの新サービスやユーザー体験をどう作っていくか」といったB2C(企業対個人取引)領域のテーマ、「託送業務におけるデータ連携サービスの構築」などB2B(企業間取引)領域のテーマ、「ガスの検針・点検スタッフや、営業スタッフ向けのサービス構築」などB2E(企業対従業員取引)領域のテーマ、全てが含まれる。すなわち、検証段階とはいえ、クラウド活用はIT部門に閉じた局所的な取り組みではなく、東京ガスとしてのブランドイメージ、顧客からの信頼を左右する「全社的な取り組み」なのだ。

 「デジタル変革の実現には、単にクラウドを活用するだけではなく、社内の意識や文化、ビジネスを支える仕組み、人材のスキルなどを変えていくことが必要です。実際にはサービス導入よりもこうした『布教活動』の方が難しい。オラクルはコンサルタントを通じて、クラウド活用に対する社内の説得や意識改革などを支援してくれました。実は社内には『オラクル嫌い』も多かったのですが、客先に入ってこれだけ熱心にやってくれたことで、オラクルに対する評価は大幅に高まりました」

 ただ上田氏は、以上のようにOracle Cloud Platformを評する一方で、「周囲の評価に惑わされず、最後は自分の目で確かめるのがエンジニアの役割。Oracle Cloud Platformについても、目的に適しているかどうか、しっかりと見極めることが大切です」と強調する。

 「Oracle Databaseの設定はオンプレミスでもクラウドでもそのまま使うことができます。他のミドルウェア製品も同様です。オンプレミスとクラウドの間にアーキテクチャの壁がない。このことはオラクルの既存ユーザーにとって大きな魅力だと思います。いわばオラクルという『色があること』が特徴になっている。逆に、他社のクラウドサービスには、オープン性という『色がないこと』が魅力になっているものもあります。『周囲の評判が良いから』ではなく、どれが目的に最適か、先入観にとらわれずに考えてみる。そうすると、AWSが適している場合もあれば、AzureやOracle Cloud Platformが適している場合もあるはずです。こうした各種クラウドサービスの特徴を見極め、どのクラウドをどう使うのかを『主体的に』コントロールすることが、われわれ情報子会社の役割だと考えています」

マルチタレントエンジニアを育て、エンドユーザーに魅力的な企業へ

 現在、TGアイネットでは、新しい開発標準やアプリケーションフレームワークの策定、新技術の導入など、東京ガスグループを支える情報子会社として、さまざまな取り組みを進めている。Oracle Cloud Platformについては、モバイル業務に関わる技術として「Oracle Mobile Cloud Service」の検証も行っている他、2017年10月のJava開発者会議「JavaOne 2017」で発表されたJava対応のサーバレス基盤「Fn Project」にも関心を寄せているという。

画像 「デジタル変革は社内の意識、文化、人の在り方を含む問題。クラウド活用とともに、社内の文化、エンジニアのスキルセットともに、着実に変革が進みつつあります」

 「経営層には、クラウドに代表される新しい技術、文化を積極的に取り入れていかないとまずい、という危機感があります。エンジニアの育成という点でも、新入社員にも全員にコーディング研修を必須とするなど社内改革が進んでいます。今の若手に『このプロジェクトでCIどう?』と聞くと『いけますよ!』と頼もしい答えが返ってきますよ」

 デジタル変革は技術だけの問題ではなく、社内の意識、文化、人の在り方も含む問題――最後に、上田氏は改めてこの点に触れ、「クラウド活用とともに、エンジニアの役割やスキルセットにも変革が必要です。特にインフラエンジニアは、ハードウェアの手配やパラメータ設計などが必要なくなれば、別の形で能力を発揮することが求められます」と話す。

 「例えばマルチクラウドの管理でインフラの知識を生かす、セキュリティ分野にインフラ運用のスキルを生かすなど、既存の知見を発展、拡大させていくことが必要になっていくと考えます。当社としては複数のクラウドを手段として戦略的に使いこなしながら、組織を挙げてマルチタレントスキル獲得を目指し、B2C、B2B、B2E、全ての領域において、エンドユーザーに信頼され、愛着を持っていただける企業を目指したいと考えています」

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