完全準同型暗号の実用化が射程に
機密データを安心してクラウドに預けられる暗号方式
この方式を使えば、機密データの内容を一切知らせないまま、信頼していない相手に計算作業を委託し、計算結果を入手するといったことができるようになる。
米IBMの研究員クレイグ・ジェントリー氏が、暗号分野の数十年来の難問を解決した。専門家によると、このブレークスルーがクラウドコンピューティングにもたらす影響は極めて大きい。
ジェントリー氏は、「完全準同型暗号(fully homomorphic encryption)」を実現する方法を考案した。この方法は、暗号を復号したり、その機密性を損なったりすることなく、暗号化されたデータに対する複雑な数学的演算を可能にする。ただし、この方法には難点もある。膨大なコンピューティングパワーが必要なことだ。場合によっては現在の1兆倍ものレベルが必要になると推計されている。
ジェントリー氏の研究成果がうまく実用化されれば、例えば防衛関連業者や医薬品研究施設などが、セキュリティや規制コンプライアンスに不備が生じることを心配せずに、機密データを外部に送信して分析を受けるといったことが可能になる。現在はこうしたデータを外部に出さないようにしている企業や組織も、重要性の高い業務を安心してアウトソーシングできることになる。
「ジェントリー氏が考案した方法は、ここ数十年の暗号学における最大級の理論的成果だ」と、マサチューセッツ工科大学(MIT)の電気工学・コンピュータ科学科の准教授、スコット・アーロンソン氏は語った。
復号せずに計算できる
「今のところ、この方式には不十分なところがある。クリアしなければならない理論的課題がまだ多い」とジェントリー氏は語った。同氏の方式では、暗号化データに対する加算と乗算が可能だが、必要な計算量が膨大になってしまうという。スタンフォード大学でコンピュータ科学の博士号を目指していたジェントリー氏は2008年夏、IBMの研究所にインターンとして働いていたときにブレークスルーを達成した。
同氏の方法は、公開鍵暗号(RSA Securityのアルゴリズムが電子通信においてデファクトスタンダードとして使われている)や、「イデアル格子」という数学モデルのほか、暗号化データに対する基本的な分析作業を、対象データの復号結果をまったく見ずに行える誤り訂正手法を使用する。
RSAアルゴリズムが1978年に最初に発表されて以来、「どうすれば暗号化データに対する計算処理を、暗号化のセキュリティを損なわずに行えるか」という問題は未解決となっていた(暗号に関するメーリングリストに投稿された、ジェントリー氏の方式に関する非専門家向けのこの短い解説を参照のこと)。
アーロンソン氏の説明によると、準同型暗号方式では、暗号を復号せずに暗号化データに対する計算を行える。この暗号方式では、2つのデータをそれぞれ暗号化し、これらの間で演算を行った結果と、この2つのデータ間で先に演算を行い、その算出値を暗号化した結果とが等しくなるからだ。ただし、可能な演算の種類が複雑になると、暗号が非常に脆弱なものになってしまう。暗号化データについて多くの情報が明らかになってしまうからだ。
「高度に数学的な構造を導入すると、暗号が破られやすくなってしまう」とアーロンソン氏は語った。
ジェントリー氏が考案した方法は、さまざまな用途への応用が期待できる。「機密データを完全に暗号化し、その内容を一切知らせないまま、信頼していない相手にそれらの計算作業を委託し、計算結果を入手するといったことができる」(アーロンソン氏)
しかし、こうした便利さには代償がある。「格子モデルを使ったジェントリー氏の方法は、完全準同型暗号を実現するが、その半面、メッセージサイズを非常に大きくしてしまう。1ビットが100万ビットになるといった具合だ」(アーロンソン氏)
アーロンソン氏は、こうした暗号が実用化されるためには、まだ多くの理論的作業が必要だと付け加えた。「大きな課題の1つは、計算効率の向上だ。だが、これほどの大きなブレークスルーは、そのさらなる発展につながる多くの関連研究を触発するに違いない」
ジェントリー氏は当然ながら、同氏の方法はより効率的なものになり得ると確信している。利用可能なコンピューティングパワーのプールが拡大の一途をたどっていることから、5年後以降のそう遠くない将来にこの方法は実用化されるだろうと同氏は語った。実際に同氏の方法には高い関心が寄せられているという。「多くの人が、完全準同型暗号の実装に今すぐ挑戦したいと言ってきている」
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