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フレームワークから離脱する勇気【IFRS】IFRS先行事例の研究【1】

原則主義に基づくIFRS適用で今度どのような問題の発生が考えられるのか。欧州の先行事例を学ぶことで、原則主義のとらえ方が分かる。新連載第1回はIFRSのフレームワークから外れる場合の考え方を解説する。

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 今年の6月には、IFRS(国際財務報告基準、国際会計基準)に準拠した財務諸表が日本でも登場します。2010年3月期決算からIFRSによる連結財務諸表の作成が容認されているからです。強制適用については、2012年の決定待ちではありますが、早ければ2015年から適用される可能性があります。アメリカの動向なども予断を許さないところではありますが、上場会社や上場を意識している会社の経理担当者の皆さまは、IFRSへの賛否はともかくとして、もはや知らないではすまされない状況になってきています。

 IFRSの特徴としては、公正価値や資産・負債アプローチなどもありますが、よくいわれるところは「原則主義」ではないでしょうか。必要最低限のルールのみが定められる原則主義の下では、各会社の決め事が重要な意味を持ちます。しかしながら、各会社の裁量で自由にできるかというとそうではなく、監査人や規制当局の判断においても適切と判断される必要があります。ここに、先行事例を知る意義があります。EU諸国では2005年からIFRSを適用していて、その先行事例が蓄積されています。この先行事例を学ぶうえでは、以下の2つの観点が考えられるでしょう。

  • IFRS適用で、今後どのような問題が発生しうるのか
  • 当社の問題はIFRSではどのようになるのか

 

本連載では、IFRSについての先行事例から、特に問題となりそうな事例を取り上げ、日本において適用する際の教訓的なものを検討したいと思っております。事例そのものについては、日本公認会計士協会の「CESR執行決定データベース」に原文及び邦訳が掲載されておりますので、そちらをご参照ください。

以下、日本公認会計士協会のWebサイトから引用

ここに紹介するものは、欧州において2005年から始まったIFRS適用時にCESR(欧州証券規制当局委員会)内のEECS(European Enforcers Co-ordination Sessions)に寄せられた事項の中から抜粋され、公表された事例であり、日本においても参考になると思われるためにIFRSデスクにて翻訳を行ったものです。


子会社の連結

 第1回目の事例ですが、「EECS/0508-01 子会社の連結」を取り上げます《執行決定データベース抜粋(III)(2008年5月)参照》。当事例は、財務諸表の発行者が、ある海外子会社を連結の範囲から除外し、それに対して執行者が除外は適当ではないと執行決定を行ったケースです。しかしながらこの事例から教訓としたいのは、連結の範囲の話ではなかったりします。

 フレームワークから離脱するに当たって、どのような対応が必要なのか? また、初度適用をするに当たって、従来の会計処理がIFRSと不適合である場合に、どのように対応しなければならないのか? を見ていきます。

フレームワークからの離脱

 当事例の概要ですが、財務諸表発行者は「IASのフレームワークが定める目的に反する」ことを理由とし、海外子会社を連結の範囲から除外しました。IAS 1号第19項(注:原文では第18項となっている)では確かにそのような定めとなっているのですが、「企業は第20項に定める方法により当該IFRSの定めから離脱しなければならない」とも記載されています。

その第20項は、(a)当該財務諸表が企業の財政状態、財務業績及びキャッシュフローを適正に表示していると経営者が判断した旨(b)適正表示を達成するために特定の定めから離脱したことを除いては、適用可能なIFRSに準拠している旨(c)企業が離脱したIFRSの表題、離脱の内容(IFRSが要求する通常の処理を含む)、当該処理がその状況においては誤解を招くものでありフレームワークに定める財務諸表の目的に反することになる理由、及び採用された処理(d)表示されている各期間について、IFRSが定める通常の処理による場合と比較して当該離脱が財務諸表の各項目に及ぼす財務的影響

がフレームワークからの離脱に際して、開示すべき情報として要求されています。

 しかしながら発行者側ではこれらの開示がなされていなかったことから、除外した子会社については連結の範囲に含めなければならないと執行決定されました。

 当事例からは、IFRSのフレームワークからの離脱は不可能ではないが、要求されている開示は必要なことが分かります。しかしながら、開示さえすればIFRSのフレームワークから離脱し放題かといいますと、「IFRSの中のある定めに従うことが、フレームワークに示されている財務諸表の目的に反するほどの誤解を招くと経営者が判断する極めてまれなケースにおいては」という表現がIAS第1号第19項でされているとおり、極めて例外的と考えるのが普通でしょう。そもそも、離脱に係る開示で埋め尽くされるようでは、利用者側が抱くイメージは好印象ではないことは確かです。

初度適用

 また、当事例においては、要求されている開示さえ行っていれば連結の範囲から除外できたのかといいますと、そう単純な話ではないことが「執行決定の根拠」の個所に記載されています。

 発行者側はフレームワークからの離脱の根拠として、a/b/cと分けて説明しているわけですが、今回特に注目しておきたいのはaの理由です。aでは「従来の処理と不整合が生じること」を理由に、フレームワークから離脱できると主張しています。この理由が認められるのであれば、IFRSと日本基準の差異に悩む方々にとっての影響は大変大きいはずです。しかし、この理由は上記のように執行者に認められませんでした。

 IFRSの連結の範囲については、IAS 27号「連結及び個別財務諸表」において、第12項から第17項にわたって詳述されています。第12項において「連結財務諸表には、親会社のすべての子会社を含めなければならない」と定めていることから、原則としてすべての子会社が連結の範囲になるとされています。そして、従来の日本基準と異なりIFRSでは数値基準などによる重要性判断が明示されていないことから、これまで除外してきた子会社の取り扱いが問題となってくる可能性が高くなります。

 「連結先行」とされる金融庁の適用方針を踏まえた場合に、日本でのIFRS適用に当たって連結の範囲は検討の第一歩といえます。連結の範囲について、先行した国々ではどのような問題が発生していたのかを知り、予測をしておくことは、円滑な対応のために必要といえるでしょう。また、連結子会社の範囲について、仮にでも予測しておくことで、IFRS対応のみならず、内部統制制度への追加対応の有無も予測できることになります。

 さて当事例ですが、従来の取り扱いと異なることを理由としたIFRSの不適用はIFRS 1号を受けて、バッサリと斬られております。原則に沿った処理をしたうえで、IFRSへの移行による影響を説明することが必要と、執行者により反論されました。実にIFRSらしいといえばらしいのですが、従来からの比較可能性を確保することを理由としたフレームワークからの離脱については、認められない可能性が高いということになります。

 日本の内部統制制度導入時を振り返ると、どんどん尻すぼみになっていったことが思い返されますが、今回のIFRSについてはどうなるのでしょうか? 日本が正式な参加を表明することで発言力が高まり、日本の現状を反映させることはできるかもしれません。しかしながら困ったことに、IFRSは世界的な枠組みの中で構築されており、日本国内でなんとかできた内部統制制度とはレベルが違うことは確かです。対応することになりそうな方々にとってみれば、緩くならないというシナリオの下で動いておくことが無難そうです。もっとも、内部統制制度に加えて、四半期決算がある現状では、そんな余裕がないというのが現実でしょう。

 本シリーズでは、IFRSの先行事例を通じて、日本への適用のヒントを提供できればと考えております。お付き合いいただけますと幸いです。

当事例からの教訓

  • フレームワークからの離脱には開示が必要で手間がかかる
  • 従来の会計処理との整合性を理由とするフレームワークからの離脱は困難
  • 現状は子会社を原則すべて連結する方向性

中村 正英(なかむら まさひで)

株式会社フューチャーワークス 代表取締役社長 公認会計士

新日本監査法人(現新日本有限責任監査法人)において会計監査及びIPOコンサルティングに従事。

2008年に会計/ITコンサルティング会社の株式会社フューチャーワークスを設立。事業再生、決算早期化、企業組織再編、内部統制構築等のコンサルティングを行い、現在、上場企業ごとにアレンジしたIFRS導入支援サービスを手掛ける。


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