「IFRSは製造業に向かない」を元IASB理事が検証:【IFRS】IFRS動向ウォッチ【11】
全てを公正価値で評価、製造業に向かないなど、IFRSについてはさまざまな指摘がされている。その指摘は正しいのか。IASBの理事を10年務めた山田辰己氏が検証した。8月に行われた講演の内容をレポートする。
「そもそも会計制度は、国における歴史、経済文化、風土を踏まえた企業の在り方、会社法、税制等の関連する制度、企業の国際的競争力などと深いかかわりがあります」(金融庁 自見庄三郎担当大臣)
「資産負債アプローチという中で、固定資産や金融資産などの資産価格の増減によって利益が大きく変動する性格のものである点です」(日本労働組合総連合会 副事務局長 逢見直人氏)
これらは2011年6月30日に開催された金融庁の企業会計審議会総会・企画調整部会合同会議で指摘されたIFRS(国際財務報告基準、国際会計基準)や会計制度についての説明だ(参考記事:2年前に逆戻りしたIFRS議論——大幅増員した審議会で結論は?、IFRSロードマップはどうなる? 金融庁審議会の議論を追う)。6月21日の金融庁 自見庄三郎担当大臣の発言以降、IFRSについては以上のような指摘が多くされている。この指摘は正しいのか。元IASB(国際会計基準審議会)理事で、現在はあずさ監査法人に所属する山田辰己氏が8月24日に会計教育研修機構のセミナーで講演し、IASBの役割などと共に、これらの指摘を検証した。
山田氏はまず、「会計制度は、国における歴史、経済文化、風土を踏まえた企業の在り方、会社法、税制などの関連する制度、企業の国際競争力などと深いかかわりがある」との大臣の発言を取り上げた。この指摘の後者である会社法や税法などについては「IASBとしては何も言えない領域で、各国で決めてくださいというスタンス」と説明した。一方で、「会計制度は、国における歴史、経済文化、風土を踏まえた企業の在り方(とかかわりがある)」については、「私はほとんどそういう例を知らない」と話した。
山田氏が10年以上前に日本の不動産関係者にIAS第40号(投資不動産)を説明したとき、関連してDCF(ディスカウンテッド・キャッシュフロー法)による時価評価を説明したら、「日本のマーケットにおける時価は直近の取引価格だ。DCFという考えは存在していない」とその不動産関係者から「かなり怒られた」という。「確かに当時は直近の取引価格をベースにいろいろな取引が行われていたという実態があった」(山田氏)。これが山田氏が知る唯一の例。ただ、そのDCFも不動産の証券化などの考えが広がることで一般的になった。
国際標準であるIFRSに対して日本のビジネス慣習とのミスマッチを指摘する声は多いが、山田氏は「突き詰めて考えると、IFRSが考えている取引形態と違う取引形態が(国内に)あるというケースには出会わない。こういう主張は分かるが、よくよく詰めるとその数は多くない」と指摘した。
IFRSは製造業に向かない?
もう1つ多い指摘が「IFRSは金融業に適切で、製造業には向かない」という指摘だ。この背景には資産負債アプローチを採用するIFRSは資産、負債の評価を公正価値で行っていて、製造業が持つ有形固定資産や無形資産が全て時価で評価され、フローの期間配分がないという認識がある。例えば、審議会では「製造業等におきまして、製造設備や土地なども公正価格で評価するということになっておりますが、しかしものづくりにとって、こうした土地や設備というのは市場価格がないことが多くて、そこで評価金額が大きく変動するということは、労働者がつくる付加価値というものにも大きな影響を与える点も懸念」という発言があった(6月30日審議会の議事録)。
山田氏は「有形固定資産や無形資産を全部時価評価をして、その評価損益を当期純利益で認識するなんてことはこれっぽっちも考えていない」と反論した。IAS第16号(有形固定資産)やIAS第38号(無形資産)では取得原価で認識した後の減価償却による期間配分が基本で、「そのような資産を公正価値で測定するという議論は、これまでIASBで1度も行われていない」。
IAS第16号、IAS第38号では原価モデルの他に再評価モデルを選ぶことができるが、これは「財政状態計算書で認識されている有形固定資産の簿価が公正価値と大きく異ならないようにするために行われているものであり、金融商品などに適用される公正価値測定とは異なる」。山田氏は「IFRSが製造業に向いていないという話は世界で聞いたことがない。IFRSに対して誤解があるのではないか」とした。
IFRSの包括利益についても「将来の予測であり、重視すべきは過去の業績を示す当期純利益」という指摘がある。つまりIFRSの財務諸表は将来キャッシュ・フローの予測や経営者の見込み反映されているため、日本基準の財務諸表と比べて信頼性が低いという指摘だ。だが、山田氏は「当期純利益が固まった数字で、経営者の見積もりが含まれないということはありえない」と説明する。日本基準においても貸倒引当金の設定や耐用年数の見積もり、減価償却方法の選択など「多くの局面で、経営者の見積もりが過去の実績になっている」からだ。これらの項目はいずれも将来を予測して数字を盛り込む。その意味ではIFRSも日本基準も変わらない。山田氏はIFRSに対する指摘について「財務諸表を作るプロセスに誤解があるのではと思う」とした。
基準設定主体の独立性に挑戦
山田氏はまた、自見担当大臣が6月30日の企業会計審議会総会・企画調整部会合同会議のあいさつで、IFRSとのコンバージェンス作業としてASBJ(企業会計基準委員会)が進めている開発費とのれんの議論について、「ASBJの活動に委ねるのではなく、この審議会でコンバージェンスの方向性をしっかりと議論をしていただきたい」と話したことについて、「基準作成の独立性についての挑戦的な発言」と指摘した。IASBやFASB(米国財務会計基準審議会)など政府から独立した組織が会計基準を開発するのが世界の潮流の中で、大臣の発言は「国際的にかなり由々しい」。
山田氏はIASB理事を10年務め、現在は鶯地(おうち)隆継氏が跡を継いで理事となっている。日本は他にIFRS財団の2議席を持ち、IFRS財団のモニタリング・ボードには2人を送り込んでいる。しかし、韓国や中国がIFRSへのコミットを強める中で、IFRSに対して消極的な姿勢を続ければ日本はその議席を失うかもしれない。山田氏は「積極的に関与していかないといけない。IFRSは避けられないということを認識してほしい」と訴えた。
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