利益とは? IFRSをめぐる議論をまとめた:【IFRS】どうなるIFRS適用問題【第1回】
IFRS推進派と慎重派の議論が盛んになってきた。両者はどのようなテーマで議論しているのか。それぞれの主張を紹介、整理し、今後のIFRS適用の姿や日本の会計実務の将来を占ってみよう。
2010年12月、東京財団が「日本のIFRS(国際財務報告基準)対応に関する提言」(以下、「東京財団の提言」と表記、資料へのリンク)を公表し、それまで2015年または2016年にIFRSが強制適用されるという世論に警鐘を鳴らした。それ以降、IFRS慎重派とIFRS推進派が講演会やセミナー、雑誌などで主張を繰り返している。さらに2011年6月以降、金融庁の企業会計審議会総会・企画調整部会合同会議で、IFRS(国際財務報告基準、国際会計基準)の適用が議論されている。
そこで本連載ではIFRS慎重派とIFRS推進派で議論になっている項目のうち、主なものに絞って両者の議論を確認し、整理してみる。
純利益はなくなるのか?
利益の求め方には2つある。1つは、収益から費用を差し引くことで利益を求める方法、いわゆる「収益費用アプローチ」である。もう1つは、増資や配当がないこと前提として、期末の資産と負債の差額(期末の純資産)から期首の資産と負債の差額(期首の純資産)を差し引くことで利益を求める方法、いわゆる「資産負債アプローチ」である。
2つのアプローチ名称は、資産・負債・資本・収益・費用の定義付けからも呼ばれることがある。すなわち、先に収益・費用を定義して利益の意味を確定させ、その後に収益・費用の定義を用いて資産・負債の定義がなされるものは「収益費用アプローチ」と呼ばれる。他方、先に資産・負債を定義して利益の意味を確定させ、その後に資産・負債の定義を用いて収益・費用の定義がなされるものは「資産負債アプローチ」と呼ばれる。
そこで、「収益費用アプローチ」と「資産負債アプローチ」に関するIFRS慎重派とIFRS推進派の意見をまとめてみた。まずは、IFRS慎重派の意見をみてみよう。
日本を含めて、世界の会計実務は長い間「収益費用アプローチ」をとってきた。(中略)ここで最も重視されるのは適正な期間損益計算を行うことである。そのため、収益の計上は実現主義、費用の計上は発生主義で行うことを基本とする。資産を取得した際には基本的に取得原価で貸借対照表に資産計上し、それを適切に期間配分することで資本投下とその回収を適切に利益に示すことを目指す。当期純利益とはあくまで実現した取引を基本として算定され、未実現の評価損益はその中に含めない。
(中略)
一方、資産負債アプローチでは、資産と負債の差によって利益を算出するため、資産の評価が重視され、損益計算書はあくまでそれに従属するものとみなされている。また、未実現の評価損益も含めて包括利益として計上する。この基本的な会計観、利益観の違いが、日本基準とIFRSの規定の違いに大きく影響している。
(東京財団の提言、7ページ)
ここでは、「(従来の)日本基準=収益費用アプローチ」「IFRS=資産負債アプローチ」と整理した上で、資産負債アプローチでは、収益費用アプローチで最も重視されていた適正な期間損益計算を示す損益計算書の位置付けが低下する点を指摘している。また「(従来の)日本基準=当期純利益」「IFRS=包括利益」とした上で、当期純利益、包括利益に未実現の評価損益が含まれるか否かという点を述べている。
さらにIFRSの基礎となる考え方をまとめたフレームワークにおける資産・負債・持分(資本のこと)・収益・費用の定義を示した上で、次のように意見している。
理論的には、フレームワークの考え方を徹底し、会社の将来キャッシュフローに貢献する要素を全て資産としてオンバランスし、公正価値評価していけば、貸借対照表の資産と負債の差である純資産は、企業が持つ将来キャッシュフローを生み出す能力=企業価値を示すものとなる。これがIFRSの会計観をつきつめたときの到達点である。
収益・費用アプローチにおける利益概念である当期純利益はあくまで過去一年間のその会社の業績を示すものであるが、IFRSにおける包括利益は将来キャッシュフローの増分であり、両者は本質的に異なる。当期純利益は過去の業績であり、包括利益は将来の予測である。
(東京財団の提言、8ページ)
そして、包括利益について、次のように意見している。
IFRSの会計観をフレームワークからみると、包括利益こそが唯一の利益であって、当期純利益には基本的には無関心であるということである。「利益」が過去1年間の業績を表す言葉だとすれば、包括利益は利益ではない。
(中略)
IFRSに当期純利益の表示が残っているのは、実務的な当期純利益の表示を重視する各国の抵抗による政治決着である。(中略)IFRSの会計観からすれば、包括利益が唯一の利益であるから、今後も当期純利益を軽視する議論が出てくる可能性もあるので注意が必要である。
(東京財団の提言、8〜9ページ)
すなわち、IFRSの会計観からすると、資産を公正価値評価することで純資産は企業価値を示すものとなり、唯一の利益である包括利益は将来の予測であるといえる。
公正価値の議論については次稿でまとめるため、本稿では、包括利益に関する上記の意見に対するIFRS推進派の意見をみてみよう。
「収益費用アプローチ」は、実現主義に基づき、事業活動の成果や犠牲としての収益及び費用(その結果としての当期純利益)を重視しているが、「資産負債アプローチ」は、事業活動と事業活動以外の活動とを区別しない包括利益を重視しているという指摘がある。(中略)計算構造という点からは、この指摘は正しいといえる。
(前IASB理事・山田辰巳氏2011年10月3日講演会資料、以下同様)
ここでは、「収益費用アプローチ=当期純利益重視」「資産負債アプローチ=包括利益重視」を認めている。
その上で、「当期純利益は過去の業績であり、包括利益は将来の予測である」ので当期純利益を重視すべきであるという主張について、次のように意見している。
財務報告制度は、投資家の意思決定に資する情報の提供ということになっており、そこでは、投資家は、企業の将来キャッシュ・フローを評価して、自分自身の投資意思決定(保有し続ける、売却する又は買増しをする)を行うという構造になっている。「過去の業績」が重視されるのは、それが、将来のキャッシュ・フローの予測に役立つからで、単に「過去の実績」を示すことのみが目的ではない。
(前IASB理事・山田辰巳氏講演会資料)
「過去の実績」には、固まった数値であり、経営者による見積りの要素が含まれていないかのような解釈があるようである。そうだとすると、その解釈は、「過去の実績」の算定にあたっても貸倒引当金の設定や耐用年数の見積り、減価償却方法の選択など、多くの局面で経営者の見積りが含まれていることを理解していないのではないかと思われる。
(『金融財政事情』2011.8.29号、前IASB理事・山田辰巳氏の記事)
このように、過去の業績(当期純利益)を重視するという目的から考えた意見と、過去の実績には見積もりという将来の予測に基づく情報も含まれているという2点から、当期純利益重視の意見に反論している。
「包括利益が唯一の利益である」など、IFRSが純利益を排除しようとしているという意見については、「財務諸表の表示プロジェクト」の初期段階ではそのような動きがあったことを認めた上で、論点整理や公開草案に寄せられた反対コメントにより、現在はそのような議論はなされていないという旨の発言もある。そして、次のような意見を示している。
IASBは、企業の業績を理解するには、売上高から始まる包括利益計算書のあらゆる項目を分析する必要があると考えており、1つの数値(例えば、当期純利益)で企業業績を理解することは難しいと考えている。また、ボトムラインが当期純利益か包括利益かで、提供される情報の質がまったく違うかのような主張には、IASBは同意していない。
(前IASB理事・山田辰巳氏講演会資料)
以上の意見を踏まえ、純利益はどうなるのだろうか。
そもそも、損益計算書の表示には、無区分計算書方式と区分計算書方式がある。日本の場合は、区分計算書方式を採用しており、売上総利益以下、当期純利益まで段階利益が表示されてきた歴史がある。IAS第1号「財務諸表の表示」では、純損益および包括利益合計の開示が要求されているが、85パラグラフには以下の記載がある。
85.企業の財務業績の理解に関連性がある場合には、企業は追加的な表示科目、見出しおよび小計を包括利益計算書及び分離した損益計算書(表示している場合)に表示しなければならない。
つまり、IFRSであっても純利益の表示は強制されており、また、企業の財務業績の理解に関連性があるならば、営業利益や経常利益の開示も認められているのである。
よって、私は、IFRS慎重派の純利益に対する懸念は、杞憂にすぎないと考えている。
上記の議論では一切出てこなかったが、読者の方に1つ知ってもらいたいことがある。それは、資産・負債・持分(資本)・収益・費用の定義を満たすだけでは財務諸表には記載されないということである。財務諸表に記載されるには、定義を満たすことに加え、認識要件と呼ばれる条件を満たさなければならない。
このようなことは、昭和24年7月に公表された「企業会計原則」(昭和57年4月最終改正)には示されていない。しかし、その後の会計学の発達に伴い、アメリカやIFRSのフレームワークのみならず、現在では、日本のフレームワーク(討議資料)にも示されていることである。
なお、IFRS慎重派とIFRS推進派が何を意味するのか明らかにしなかったが、その違いは、ある程度つかめたことと思う。また、注意して頂きたいのだが、IFRS慎重派・IFRS推進派の代表意見を挙げたが、その方々が自らIFRS慎重派・IFRS推進派と名乗っているわけではない。しかし、読者に議論を理解しやすくするため、本稿では簡便的にこのような表現を行った。
次稿では、IFRSが公正価値会計を志向しているという意見と、製造業におけるIFRSについて、互いの意見を示し説明を行う。
IFRS関連の年表
2007年 8月 | 東京合意(コンバージェンスを加速化) | |
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2008年 8月 | SEC(米国証券取引委員会)、国内上場企業のIFRS採用に関するロードマップ案公表(2014年以降にIFRSを採用するか否かを2011年に判断) | |
2008年12月 | EC(欧州委員会)、日本基準はIFRSと同等と評価 | |
2009年 6月 | 「我が国における国際会計基準の取り扱いについて(中間報告)」公表(2015年または2016年からIFRSを強制適用するか否かを2012年に判断) | |
2009年12月 | 2010年3月期からのIFRS任意適用の容認(連結財務諸表規則等の改正) | |
2010年 2月 | SEC、IFRS適用のワークプラン公表(IFRS適用までに、ロードマップ案より1年延期して4〜5年の準備期間が必要とし、2015年以降とした) | |
2010年12月 | 東京財団、「日本のIFRS(国際財務報告基準)対応に関する提言」公表 | |
2011年 4月 | 単体財務諸表に関する検討会議、報告書公表 | |
2011年 5月 | 産業界の一部が「我が国のIFRS対応に関する要望」提出 | |
SEC、スタッフ・ペーパー公表(IFRSを米国会計基準に取り込む期間として5〜7年を例示) | ||
2011年 6月 | 自見金融担当大臣発言(IFRSの強制適用が行われたとしてもその決定から5〜7年の準備期間が必要と発言) | |
企業会計審議会総会・企画調整部会 合同会議開催(第1回) | ||
2011年 8月 | 企業会計審議会総会・企画調整部会 合同会議開催(第2回) | |
2011年10月 | 企業会計審議会総会・企画調整部会 合同会議開催(第3回) | |
2011年11月 | 企業会計審議会総会・企画調整部会 合同会議開催(第4回) |
乾 隆一(いぬい りゅういち)
公認会計士。乾公認会計士事務所所長。1975年東京都目黒区生まれ。慶應義塾大学卒業後、大手監査法人勤務。その後、慶應義塾大学大学院修士課程修了。
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