単なる従業員監視ツールか
ウェアラブル技術の業務利用が引き起こすデータ保護法との摩擦
ウェアラブル技術によって従業員のパフォーマンスを監視したりミスや事故を防いだりすることができるようになった。だが、従業員のプライバシーを侵害する恐れもある。
雇用主がPCの電源を入れる。従業員がオフィスビルに入館してから退出するまでの正確な時刻を確認する。勤務中の従業員の心拍数と歩数を表示する。従業員が社員食堂で購入するランチを細かく把握する。従業員が職務中に犯した失敗や失敗寸前に陥った件数を追跡する。
そんな職場を想像してほしい。これはゲーム「The Sims」の拡張パックやテレビ番組「Black Mirror」のエピソードのように思えるかもしれない。だが、こうした技術は実在する。
職場でウェアラブル技術が利用されるのは今に始まったことではない。昔からのオフィスの必需品に入館許可証がある。だが、ウェアラブル技術は高度化と複雑化が急速に進んでいる。
このような時代の流れに乗っている雇用主の例にAmazon.comがある。同社はリストバンドについて米国で2つの特許を取得した。このリストバンドは、倉庫での労働者の仕事ぶりを追跡する。労働者が間違った在庫箱に近づいたりその中に商品を収納したりすると、リストバンドは小さな「ブザー音」を鳴らす。
マイクロチップの埋め込み
さらに物議を醸したのは、米国を拠点とするテクノロジー企業Three Square Marketの計画だ。同社は、同意を得た50人のスタッフに入館許可と購買の機能を備えたマイクロチップを埋め込むことを計画した。人間にマイクロチップを埋め込むことを目指すスウェーデンの企業Biohax Internationalも、マイクロチップ装着について英国を拠点とする多数の雇用主と会談したことを発表して世間の注目を浴び、労働組合との紛争を巻き起こした。
ただし、ウェアラブル技術は行き過ぎたものばかりではない。多くの従業員はフィットネスバンドやスマートウォッチからメリットを得ている。ウェアラブル技術が従業員の安全確保に役立つこともある。オックスフォードシャー州地方議会は、廃棄物リサイクルチームにボディーカメラを装着して一般市民からの暴行や暴言を防ぐことを発表した。
どのような技術であれ、職場での装備品導入には常に賛否両論がある。コスト、プライバシーに関する当然の懸念、差別のリスク、社員の士気などについての潜在的な問題に対してバランスの取れた福利、安全性、生産性が重要になる。
ただし、取得する可能性のある個人データの幅広さ、データの過剰収集や非合法な目的への使用などのリスクを考えると、ウェアラブル技術を職場で利用する際に立ちはだかる最大の難敵はデータ保護法になる可能性が高い。
では、ウェアラブル技術を職場に導入するに当たって、雇用主はどのようなことを考える必要があるだろうか。
データ保護影響評価(DPIA)
注目すべきは、技術によるものかどうかにかかわらず、第29条作業部会(Article 29 Working Party:データ保護とプライバシーに関する欧州独立諮問機関)では、従業員の監視や監督がリスクの高い行為と見なされる点だ。
雇用主はGDPR(一般データ保護規則)に従ってデータ保護影響評価(DPIA)を実施し、計画の必要性を評価する必要がある。企業が適切なリスク評価を行い、従業員のプライバシーを守ることと企業の利益を確保することの間で適切なバランスを実現していることを実証するのにDPIAが必要になる。
DPIAを完了するに当たって重要なステップは、スタッフの監視やスタッフからのデータ収集する別の手段があるかどうか、つまり手間が掛からないオプションがあるかどうかを検討する必要性だ。雇用主にとって幸いなことに、英国のデータ保護機関である情報コミッショナーオフィス(ICO)がDPIAの例と有用な「Employment Practices Code」(雇用慣行規範)を発行している。
法的な根拠と正当化
データ保護の基本となるステップは、技術を使って取得した個人データを処理するための法的基盤を確立することだ。端的に言えば、明確な法的根拠がなければ雇用主が従業員の個人データを処理することはできない。
現在大半の企業が認識しているように、法的根拠にはさまざまなものがある。契約の履行、法的義務の順守、同意、正当なビジネス利益などがその例だ。生体認証データや健康情報など、特殊なカテゴリーの個人データについてはそのしきい値がはるかに高くなる。
職場での技術利用について最も信頼性の高い基盤は、正当なビジネス利益になるだろう。だが、マイクロチップの埋め込みなどの侵襲的技術は、ビジネス上の利益と従業員個人の権利と自由とのバランスを取る際に、この基盤に基づく処理を正当化するのは難しくなるかもしれない。
雇用主はこうした処理を合法的なものにするために、埋め込みに対する同意を求めなければならないだろう。ただし、この同意には自由度がある。十分な情報に基づいた同意であることを企業は保証する必要がある。そのため、実現に向けてのハードルは高い。
プライバシーに関する通知
他のデータ処理と同様、雇用主はプライバシーに関する従業員への通知に、ウェアラブル機器を通じて取得するデータ収集を盛り込む必要がある。つまり、収集する個人データの内容と、収集する理由をスタッフメンバーに知らせる必要がある。
とりわけ、取得する個人データの種類、関連データを処理する法的根拠、共有する相手、保護の方法、保管機関を正確に通知する必要がある。
第三者の処理業者の使用
GDPRは、データ管理者(雇用主など)に、ITサービスベンダーやクラウドプロバイダーなど、企業が利用する第三者の処理業者との間で契約を結ぶことを義務付けている。雇用主は、データセキュリティやデータ漏えいの通知要件など、特定の情報を含む契約を整える必要がある。
データ保護法のこうした要件は面倒に感じるかもしれない。だが、職場で利用する多くの技術の侵襲性とGDPRに基づく多額の罰金を被るリスクは、雇用主がデータ保護コンプライアンスを最初から考慮しなければならないことを示している。
GDPRの基本原理は、設計時点からデフォルトでデータ保護を考えることだ。基本的には、企業はコストを考えるのと同じように、設計段階以降の全段階のデータ処理アクティビティーやビジネスプラクティスにデータ保護を組み込む必要がある。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
Computer Weekly日本語版
この記事の著者
関連記事
新着ホワイトペーパー PR
-
製品資料
[株式会社うるる] 「入札市場」攻略ガイド:効率的に落札するためのポイントを徹底解説 -
製品資料
[株式会社うるる] 入札情報に特化した「販路拡大」「効率化」のためのサポートツールとは? -
市場調査・トレンド
[株式会社うるる] 公共入札に成功する企業と失敗する企業の「5つの違い」 -
製品資料
[日本ビジネスシステムズ株式会社] 専門家が教える、Microsoft 365の「テナント統合/分離」を成功に導く秘訣 -
製品資料
[rakumo株式会社] Microsoft 365での情報埋没を防ぐ、社内ナレッジを資産化する情報ポータル活用
こんなメディアも見られています
TechTargetジャパンに関連する情報をお探しであれば、こちらのメディアもお役に立てるかもしれません。
ベンダーコンテンツ PR
From Informa TechTarget
SpecialPR
アクセスランキング
-
1
損保ジャパンはなぜ「COBOL」を捨てなかったのか? 脱メインフレームの真相
-
2
Claude利用8割のGMO、AI人材の評価軸が「トークン管理」に変わった
-
3
生成AIが普及しても「技術書」を手放せないエンジニアの本音
-
4
PHP脆弱性「PHP2Shell」で2260万件に影響 情シスの緊急チェックリスト
-
5
半数がブルーカラー転向を視野に? ベテランエンジニアを追い込む“54歳の壁”
-
6
“アジャイルの壁”に挑むオリックス生命がIBMの開発管理ツールを選んだ理由
-
7
「Microsoft 365」が乗っ取られる MFAを破る“本物の画面”の恐怖
-
8
「テザリング依存」に潜む落とし穴 “遅いVPN”を解消するネット構築術
-
9
IT製品の導入に関するアンケート「セキュリティ」編
-
10
ライオンが挑む「守りのIT」脱却:Google Cloudで加速させるデータ駆動型経営
ホワイトペーパーランキング PR
-
1
AI駆動攻撃にどう対抗する? 超速の攻撃からエンドポイントを保護する方法
-
2
2026年のサイバーセキュリティには何が必要か? 最新データに学ぶ傾向と対策
-
3
経験豊富な即戦力人材に直接アプローチできる、「攻めの採用」への転換術
-
4
「IT史に名を残すシステム障害」8選
-
5
最速72分でデータが流出? 最新の脅威トレンドや侵入手法から分かった防衛策
-
6
不審メールの経路や見せ方に変化? 2026年夏の3事例から見えた動向と対処方法
-
7
AI駆動開発のスピードと安全性を両立 「品質・セキュリティ管理」の実践ガイド
-
8
HDDを使わない「SSDオンリー」が無謀なのはなぜ?
-
9
「標的型攻撃メール」事例・サンプル集
-
10
Microsoft 365のメールセキュリティ、3つの“死角”と追加で検討すべき対策とは
TechTargetジャパン SNS
インフォメーション
注目情報をチェック
TechTargetジャパンをフォロー