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量子コンピュータによる複雑な証券取引処理の実現、残る課題は?実用化後に必要なもの

現在のコンピュータアーキテクチャでは困難な証券取引処理を量子コンピュータならば処理できる可能性が示された。量子コンピュータの実用化後にも残されそうな課題とは何か。

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 Barclaysのチーフテクノロジーおよびイノベーションオフィスの研究者チームがIBMと共同で、量子最適化アプリケーションの概念実証に関する論文を発表した。

 2019年10月に公開された論文「Quantum algorithms for mixed binary optimization」(混合バイナリ最適化のための量子アルゴリズム)は、同チームが証券取引の整合性を確保するために取引決済に応用したアルゴリズムについて論じている。

 同論文は、証券取引決済を「最適化が難しい問題」であると説明している。それは、証券と資金の同時決済(DVP)取引の決済時に満たさなければならない法的制約と、論文の執筆者が言う「資産の担保化と信用枠の利用」によって生じる追加オプションの両方の組み合わせが求められるためだ。

 Barclaysのチーフテクノロジーおよびイノベーションオフィスで研究とエンジニアリングの責任者を務めるリー・ブレイン氏は英Computer Weeklyのインタビューに答えて、取引決済のプロセスについて次のように説明している。「自身の取引の詳細を提示する。相手も取引の詳細を提示する。両者が一致すると取引が成立し、キューに追加される」

 ブレイン氏によると、決済は取引単位に行われるか、キューに追加された証券取引が一括処理期間内に処理されるという。「一括処理期間内にできる限り多くの取引を決済するのが目標だ」と同氏は話す。

 取引を精算するにはトレーダーの資金活用力が必要になるため、その計算が複雑な問題になる。「資金を調達できるか、信用担保枠の形で資金を利用できれば決済が可能だ」(ブレイン氏)

 関係する取引数が多いほど複雑さが増すとブレイン氏は言う。「少数の取引しか存在しなければ、恐らく暗算できる。取引数が10〜20件に増えると、紙に書いて計算することになる。それ以上に増えると、コンピュータの域になる。取引数が数百件になると、現在のコンピュータのアルゴリズムでは限界が生じ始める」

 ブレイン氏は「さらに数が増えると、経験則を用いる必要がある。それにはアニーリングのシミュレーションのような手法が含まれる」と付け加える。この手法は、全取引の中で精算可能な取引群を特定するために最適化プロセスを使うと同氏は話す。その後、特定された精算可能な取引が実際に決済される。

 取引数が5万〜10万件に及ぶ証券取引の場合、取引がAからB、BからC、CからD、DからEというように鎖状になり、それらを全て正しい順序で実行しなければならないと同氏は話す。「信用限度額を中心に循環依存や担保化も行うことになる」

 ブレイン氏によると、現在のコンピュータでは証券取引の決済の問題を記述するのに多数のバイナリビットが必要になるという。「現在のコンピュータで問題の性質を記述するのは簡単だ。だが、十分な結果が得られるまでに一定期間を要することが課題になる。そうして得られたものが最善の結果とは限らない」

 論文は、量子コンピュータの少数の量子ビットを利用するシステムが証券決済取引アルゴリズムの複雑な側面を解決する方法を論じている。現在のコンピュータでは「取引の値を表すのに数千万ビットが必要になる。これは非常に複雑な問題になり、その実行には大容量のメモリと200個のCPUが必要になるだろう」とブレイン氏は話す。

 同氏によると、研究チームは7量子ビットのシステムを利用して、証券取引における最適化の核となる問題を調査したという。「今回は、非常に複雑だったあるフィーチャーを特定できた」と同氏は述べている。

 これは、IBMのクラウドベースの量子コンピュータで実行できる最適化だった。ブレイン氏は次のように話している。「量子最適化に目を向けるに当たって、3件の取引をうまく決済できるかどうかを確かめるわけではない。当然だ。そんなことは暗算できる。数件、例えば10件の取引をうまく決済できるかどうかを確かめたいわけでもない。チームが求めているのは、量子コンピュータに何万件もの取引を決済する能力があるかどうか、そして取引決済の問題を解決して大きな規模でも適切な結果を得ることができるかどうかだ」

 量子コンピュータを商用化するには乗り越えるべき多くの障壁がある。まず問題になるのがスキルだとブレイン氏は指摘する。「Barclaysには、物理学やコンピュータサイエンスの知識を持つ人材は多い。だが量子コンピュータの専門知識を得るためにはパートナーが必要になる」

 Barclaysのチーフテクノロジーおよびイノベーションオフィスの役割の一つは、可能性のあるシナリオを評価することだと同氏は言う。「必要になる専門的なハードウェア、専門家チームについて考える必要がある。サードパーティーがホストする量子コンピュータのニーズについても考えなければならない。これは、管轄権の課題を生み出す可能性がある」(ブレイン氏)

 量子コンピュータが答えにたどり着いた方法を説明することも、乗り越えるべき問題の一つになるとブレイン氏は話す。「量子コンピュータの説明可能性はAIと似ている。規制当局やリスク評価機関が理解できるように、誰かがアルゴリズムの仕組みを示す必要がある」

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