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医療事務の働き方改革で、ITツール導入の前に見直すべき「悪習」とは医療ITコンサルタントのためのQ&A【第4回】

医療機関の働き方改革を進める上で、業務フローのIT化は重要な要素です。ただしもともとの業務フローが非効率なままでは、導入効果は期待できません。ITツールを導入する前に見直すべきポイントを整理します。

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データ分析 | 電子カルテ | 医療IT


 医療業界に働き方改革の波が広がっており、生産性向上と業務効率化を目指したITツールの活用に注目が集まっています。医療機関が、特に医療事務の業務効率化を目指す上で改善すべきポイントは、下記の3つです。改善するためには、まず現状の分析から始める必要があります。

  1. 残業、長時間労働
  2. 属人性
  3. 複雑な業務フロー

終業時の患者集中に起因する「慢性的な残業」はないか

 医療機関では長時間労働や残業が常態化しがちでした。その業務内容の性質から「定時になったら直ちに終了」は難しいと考えられてきたためです。

 外来業務の様子を観察すると、患者来院のピークタイムは一般的に、朝の「始業時」と、外来が終了する「終業時」に発生しています。医療機関が受け付け終了を18時に設定している場合、患者は概して「18時にさえ間に合えば診療が受けられる」と考えます。18時ぎりぎりに来院する患者が多ければ、当然ながらその時間に受け付け業務が集中し、診療を待つ患者が待合室にあふれてしまうことになります。18時以降に診療、検査、処置といった業務が続けて発生し、全ての患者が会計を終えるまで1時間程度はかかってしまうことになるのです。

 一般的に医療機関は、会計業務が終わってから「締め作業」をします。終業間際の患者来院が集中して診療時間が長引けば長引くほど、締め作業に取り掛かれる時間も後ろ倒しになります。会計を締め、レジスターの現金を数え、その日のカルテやレセプト(診療報酬請求書)を確認し、売り上げの集計をします。それと並行して、医療機器やシステムのシャットダウン、片付け、清掃などをします。これら一連の締め作業が完了するまで最低でも1時間かかるとすれば、スタッフの退社時間はそれだけ遅くなってしまいます。

締め作業の分散化を

 医療機関の方々はいま一度「同じ業務でも、より短時間で終わらせる方法はないかどうか」という問いに向き合っていただく必要がある、と筆者は考えます。終業時の患者集中は「診療予約システム」の導入によって多少の改善が期待できますが、混雑が完全になくなるわけではありません。ならば締め作業のプロセスを「終業後に一気に進める」のではなく、前倒しで分散処理をする方法を考える必要があります。

 患者の来院には波があり、常に混雑しているわけではないため、隙間時間は必ず発生します。ITコンサルタントは、その隙間時間に何ができるかを医療機関と一緒に考え、問題解決に取り組むことが大切です。

特定のスタッフに業務が集中する「属人性」はないか

 さまざまな医療機関の働き方改革に関する課題を聞くと「特定のスタッフに業務が集中している」という話をよく耳にします。優秀なスタッフに業務が集中するのはやむを得ない面もありますが、特にレセプト関連業務に携わる医療事務についてはこの傾向が強い印象を筆者は持っています。その原因は、「レセプトの点検」に関する業務プロセスが医療機関ごとにばらばらで、標準化されていないためです。

 医療事務は、医療行為ごとに定められた診療報酬の点数を集計してレセプトを作成します。その上で患者には自己負担額を請求し、それ以外は健康保険組合や全国健康保険協会(協会けんぽ)、国民健康保険組合などに請求します。レセプト点検の目的は、このレセプトの内容が正しいかどうかを精査することです。

 レセプト点検では、点検すべきポイントを標準化し、誰もが同じ基準でチェックできる状態が理想です。スタッフの不足や育成の遅れなどで特定のスタッフしか点検できないと、その人に業務が集中します。そうなると標準化のためのドキュメントを作成する時間や、他のスタッフに指導する時間を確保するのは難しくなり、ますますそのスタッフに頼り続ける「属人性」が発生してしまいます。

優秀なスタッフを「いったん外す」勇気を

 医療機関は「個人のスキルに依存していないかどうか」「業務に偏りはないかどうか」という点を見直し、改善策を講じる必要があります。具体的には、優秀なスタッフを通常業務からいったん外し、標準化と指導のための時間を確保するのも一つの方法です。業務を標準化するには、マニュアルや手順書などのドキュメント作成が欠かせません。分かりやすいドキュメント作成のこつをよく知るコンサルタントの力を借りると、標準化がスムーズに進む場合があります。

ブラックボックス化した「複雑なルール」はないか

 筆者がコンサルティングに携わった経験を振り返ると、医療現場には大抵、現場ごとのルールがあり、そのやり方を代々受け継いでいる印象があります。現場ごとのルールは主にOJT(実地訓練)で継承されています。マニュアルを整備していないケースや、マニュアルがあってもほとんど更新しておらず、ルールを定期的に見直す試みもしていないケースは珍しくありません。

 「なぜそんな非効率なやり方をしているのですか」という筆者の質問に、大抵の医療機関の方々からは「先輩たちがそのようにしてきたから」「そのように習ったから」という答えが返ってくることは珍しくありませんでした。長年受け継がれてきた複雑なルールが、特に何らかの合理性に基づいて作られたものではなかったということもよくありました。

 医療機関は「これまで通りのやり方にこだわっていないかどうか」を問い直す必要があります。ルールとは、アクシデントが発生するたびに改修されるものです。あるルールが成立するまでの歴史をひもといてみると、もともとはシンプルだった業務フローに2重、3重の抑止弁を施した結果、複雑なルールになってしまった……というのはよくある話です。

こだわりを捨ててリセットを

 これまで通りのやり方をいったんリセットし、一から構築し直すことは、ルールの合理化には必要なプロセスです。ルールが決まり標準化された業務は、デジタルツールに移管することでさらなる効率化と自動化が図れます。ITコンサルタントとしてはルールの合理化にとどまらず、デジタルツールの導入まで見据えた提案を考えたいところです。

医療現場の業務を効率化する5つのプロセス

 業務を効率化するプロセスは、次の5つのステップで進みます。これは医療機関も一般企業も同じです。

  1. 業務の見える化
  2. 標準化
  3. 業務の再配分
  4. ITツールの導入
  5. 業務フローの再構築

 この工程を踏まずにITツールだけを導入しても、現場の業務フローにマッチせずに無駄な投資になってしまう可能性があります。「ITツールの導入によって業務改善を図り、人員削減ができる」と考えていたとしても、実際には「現状業務に新たにITツールを利用する」という業務が追加され、かえって業務の負担が増えるというケースが散見されます。これはITツール導入前の準備不足が原因です。現状業務を見える化し標準化して初めて、ITツールによる効果が明確になるのです。

自動精算機やセルフレジの導入と、業務効率化を並行

 医療機関の業務効率化につながるシステムの一例として、精算業務の効率化を図る「自動精算機」や「セルフレジ」があります。自動精算機は大規模病院を中心に導入が進んでいますが、小規模病院やクリニックへの導入はそれほど進んでいませんでした。その理由は、設置場所や価格がネックになっていること、返金や未収金の処理をはじめとする医療費請求業務の複雑さ、などさまざまです。特に医療費請求業務に関しては、医療事務スタッフのリソースに余裕がなく標準化ができなかったために「自動精算機を導入しても業務効率化は期待できないのではないか」と経営者が考え、費用対効果を過小評価した可能性が考えられます。

 近年は、クリニックのニーズに応えて自動精算機の省スペース化と価格低下が進み、小規模病院やクリニックも検討しやすい製品が登場しています。小規模病院やクリニックが自動精算機の導入を検討する流れに併せて、キャッシュレス決済システムの導入を視野に入れるケースも増えつつあります。

 ただし小規模病院やクリニックが自動精算機を導入するとしても、業務効率化のプロセスは変わりません。まず現状業務を見える化し、標準化した上で、その業務に沿ったIT製品を選び、業務フローの再構築を図ることになります。スタッフの少ない医療機関は特に、「現場の運用に合ったIT製品」の選定に力を入れ、導入後の業務フローの再構築にかける時間と手間を減らしたいところです。

著者紹介

大西大輔(おおにし・だいすけ)MICTコンサルティング

大西大輔氏

一橋大学大学院経営学修士(MBA)コース修了。医療コンサルティング大手に入社。2002年に医療IT機器の常設展示場「MEDiPlaza」を立ち上げ、企画運営、スタッフ指導、拠点管理などを担当。2016年10月に医療ICT専門コンサルタントとして独立し、MICTコンサルティングを設立。医療機関向けシステムの開発アドバイス、導入アドバイス、医療IT人材の育成などを担う。過去2000件を超える医療機関へのシステム導入の実績から、公的団体を中心に講演を多数実施している。現在、医療事務・クラーク専門学校の非常勤講師も務めている。


このコラムについて

「医療業界の人にとっては周知の事実だがITコンサルタントには認知されていないこと」またはその逆の「ITコンサルタントにとっては周知の事実だが、医療業界の人にとっては認知されていないこと」を取り上げます。両者の認識の違いが生じる理由を探るとともに、解決策を考えます。


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