ネットの科学的誤情報の削除に英国王立協会が「ノー」 その科学的理由:検閲は解決にならない
ネットは科学的コンセンサスに反する誤ったコンテンツであふれている。これらを削除し、拡散する人や組織のアカウントを凍結すべきだという意見もある。だが英国王立協会はそれに反対している。
英国王立協会(Royal Society)は、オンラインにおける科学的に誤った情報(以下、誤情報)の拡散に特に注目している。誤情報とは、科学的コンセンサスに反するまたは科学的コンセンサスによって明白に否定されるコンテンツと定義される。
王立協会は、誤情報がオンラインにまん延しているとしても、その影響は限定的だという。王立協会の調査によると、大多数の回答者は「新型コロナウイルス感染症のワクチンは安全だ」「気候変動は人間の活動に原因がある」「5Gは有害ではない」と考えている。
また、大多数の回答者は「インターネットは科学への理解を深めることが多い」と感じ、ほとんどの回答者は「疑わしい主張は自分で確認する可能性が高い」と考えている。
とはいえ、約20人に1人は科学的コンセンサスに異を唱えていることも分かった。
検閲に反対する「科学的な」理由
誤情報を公開する動機は、純粋に人々を助けようとすることから政治的理由や単に利益を得る目的まで多岐にわたる。これは単一の方法で問題が解決する可能性は低いことを意味する。
誤情報を検閲しても、その弊害を制限できるという証拠はほとんどなく、検閲は誤情報を「見つけるのが難しいインターネットの片隅」に追いやるだけだとも王立協会は主張している。
「主張の正確性に関する正直で率直な議論によって、社会は恩恵を得る。こうした議論は科学的プロセスの重要な要素であり、保護されなければならない。その議論が個人や社会に害を及ぼす危険性がある場合には、その軽減策を模索するのは正しい」
「そのためにコンテンツを削除し、そのアカウントを停止する措置がソーシャルメディアプラットフォームに求められることは多い。それは違法コンテンツ(ヘイトスピーチ、テロリストのコンテンツ、児童の性的虐待資料など)には有効で不可欠かもしれない。だが、誤情報に対する有効性を裏付ける証拠はほとんどない」
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ケンブリッジ大学Statistical Laboratory(統計研究所)のMathematics of Systems教授で、王立協会の報告書「The online information environment」の責任者でもあるフランク・ケリー氏は、科学的コンセンサスに沿わない主張は取り締まるのが望ましいと思うかもしれないが、それは「科学的プロセスを妨げる」恐れがあると補足する。
「科学は誤りと隣り合わせで、最前線での科学的努力には不確実性が伴う。だが、そこから得た知恵を推し進めて検証するのは、科学や社会の進化に不可欠だ」
報告書は、誤情報の拡散についてさらに理解し、制限するために講じることができる政策措置を推奨している。その措置として、メディアによる複数の独立したファクトチェックのサポート、誤情報の広がりの監視と軽減、生涯にわたる情報リテラシーへの投資などが挙げられている。
オックスフォード大学Internet Institute(インターネット研究所)の社会学教授で、報告書作業メンバーのジーナ・ネフ氏は言う。「人々が誤情報を広げるのには複雑な理由がある。そうした人々に事実を伝えてもそれが変わることはないだろう」
「オンラインで質の高い情報が勝ち残るには、新しい戦略が必要だ。生涯にわたる情報リテラシープログラム、情報の起源を強化する技術、ソーシャルメディアと研究者の間でデータを共有するメカニズムに投資しなければならない」
Open Data Institute(ODI)のナイジェル・シャドボルト氏は、IT企業が果たす役割について次のように述べている。「ソーシャルメディアには、情報分野の品質を高く保つために多額の投資を行うという絶対条件がある」
シャドボルト氏は、誤情報を拡散する人や組織がソーシャルメディアを利用できないようにすることの有効性についてコメントする十分な証拠はないとしながらも、誤情報がどのように拡散されるかを理解するために「拡散ルートを追跡する」ことは将来の調査にとって重要な分野だと付け加えた。
検閲に反対するという結論は、Election Integrity Partnership(EIP)の調査によっても裏付けられている。この調査では、2020年の米国大統領選挙中の誤情報を調べ、誤情報の拡散を減らすのに「広範な抑制は必要ない」ことを明らかにした。
この調査では、特定の人物に対する標的型の行動によって誤情報が一貫して大量に拡散されていることが判明した。「幾つかのTwitterアカウントから選挙の完全性に関する誤情報が拡散されていることを確認できた。こうした情報は郵送投票、投票用紙の破棄や盗難、職員による選挙プロセスの妨害、投票用紙のミスプリントや無効票について、誤解を招く話を中心に展開するストーリーが多かった」
「ソーシャルメディアは、誤情報を繰り返し発信するアカウントやメディアに強力な制裁措置を講じる必要があるだろう。拡散後にコンテンツを削除するだけでは、誤情報の拡散を防ぎ切れない可能性がある」
王立協会のワーキンググループには、他にもビントン・サーフ氏(Googleのバイスプレジデント)、デレク・マコーリー教授(ノッティンガム大学デジタル経済学部)、ラスムス・クライス・ニールセン教授(オックスフォード大学政治コミュニケーション学部)が参加している。
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