“米国一強”のAI時代にこそ考えたい、インフラ選びの「第二の視点」とは:AIインフラの最新動向を探る【後編】
米国一強が続くAI市場。しかし、日米間のITに対する価値観や運用文化の違いが、導入後のトラブルや不満の原因になることもある。今こそ日本企業が再考したい技術選定の視点を解説する。
日本のIT市場は長らく米国に追随する形で発展してきました。近年飛躍的な進化を遂げるAI(人工知能)市場でも、多くの日本企業が米国発の最新技術に注目しています。確かに、米国発の核心的な技術を導入することでさまざまなメリットが得られることは事実です。
一方で、「安定性」を重視する日本と、「革新性」を追求する米国の文化的価値観におけるギャップが、ITインフラ運用における課題を生むことは少なくありません。大手ベンダーによる買収を起因とするサービス内容や価格の変動、地政学的リスクの高まりも無視できない要素となっています。
こうした背景を踏まえて、今こそ日本企業に目を向けてほしいのが“米国以外の選択肢”です。本稿は日米間の文化的ギャップを踏まえつつ、日本企業が見直すべき技術選定の観点と、注目すべき新たな選択肢を紹介します。
“米国一強”のAI時代に考えたい、インフラ選びの「第二の視点」
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AIインフラの疑問を解消
まず、ITシステムに対する要求や価値観における日米のギャップを整理しましょう。日本では非常に高い品質が要求されます。障害やバグを徹底的に排除し、完成度の高い状態で市場に投入することが求められるのです。「高品質、長寿命」を是とする日本の製造業の文化が、そのままIT分野にも適用されています。
一方、米国では革新性と市場投入までのスピードが優先されます。初期段階で多少の不具合が残っていても、ユーザーからのフィードバックを基にバグの解消や機能追加などのアップデートを重ねることが一般的です。品質よりも、スピードやユーザーの声を重視する傾向があるのです。
日本ではITベンダーとユーザー企業の間にSIer(システムインテグレーター)が介在するのが一般的である点も大きな違いです。SIerはユーザー企業の要望に応じて、ツールのカスタマイズや組み合わせといった付加価値を提供します。これに対し米国では、ユーザー企業のITリテラシーが高く、システムの検証から構築、運用までを自社で担う傾向にあります。価値ある製品やサービスに対して正当な対価を支払う文化も根付いており、サポートやコンサルティングの料金も当然のコストとして受け入れられています。そのため、日本企業が米国製品を導入する際に「サポートが手薄」「カスタマイズの自由度が低い」といった不満を抱くことも少なくありません。
日米の文化差の中でも象徴的なのが、ドキュメントに対する考え方です。日本では、システム導入時に詳細なマニュアルを作成することが一般的で、数百ページに及ぶことも珍しくありません。これは、システムを「完成された成果物」として納品するという意識の表れです。
一方の米国では、「ユーザーが読まないマニュアルは不要」という考え方が主流です。Appleのスマートフォン「iPhone」に象徴されるように、直感的に操作できるGUI(グラフィカルユーザーインタフェース)が重視され、マニュアルに頼らずとも使える前提でITシステムが設計されています。ソフトウェアは頻繁にアップデートされるので、マニュアルを作成しても更新が追い付かないという現実をユーザー側が受け入れています。日本企業がマニュアル作成に人的リソースを割く一方、米国企業はそのリソースをより良いUX(ユーザー体験)の設計に振り向けているのです。
日本市場と親和性の高い“アジア発”の選択肢
お伝えしたいのは、「すべてを米国基準に合わせる必要はない」ということです。視野を広げて米国以外の選択肢にも目を向けることで、異文化に起因するトラブルや、現場での不要なストレスを回避できる可能性があります。重要なのは、日本企業が長年培ってきた文化や価値観を無理に変えることではなく、自社に最適な製品やサービスを見極める視点を持つことです。
とりわけ韓国や台湾といったアジア圏の国々は、日本と市場特性や企業文化に多くの共通点があり、製品品質、サポート体制、カスタマイズ性の面で、日本企業の要件と高い親和性を持っています。近年ではアジア発のITベンダーが技術力を大きく伸ばし、AI時代のニーズに応える先進的なツールやサービスを数多く提供するようになっています。
例えば、台湾にルーツを持つProphetStorがその一例です。同社の提供するGPUリソース管理ツール「Federator.ai GPU Booster」(以下、GPU Booster)は、独自AI技術でGPUリソースの利用状況やネットワークの使用率をリアルタイムで解析して最適化します。AIモデルの学習コストを抑えつつ精度向上を実現できる点が評価されています。GPUサーバ「NVIDIA H100 GPU x8」にGPU Boosterを適用したところ、各GPUコア利用率が全体平均89.79%まで上昇し、コンピューティングリソースの利用効率が最大50%高まった例もあります(図)。
図 ProphetStor社のGPU Boosterを用いたGPUリソース最適化。Federator.aiの可視化ツールでGPUリソースの利用状況を表示する(出典:トゥモローネット資料)《クリックで拡大》
他にも、韓国のクラウドベンダーOKESTROは、サーバ仮想化ソフトウェアの「CONTRABASS」、コンテナオーケストレーションツール「Kubernetes」ベースのコンテナ運用・管理ツール「VIOLA PaaS」、クラウドリソース統合管理ツール「OKESTRO CMP」といったツールを提供しており、オンプレミス、プライベートクラウド、パブリッククラウドを含む多様な運用環境のインフラに適しています。専門知識がないユーザーでも直感的に操作できるGUIも大きな特徴です。AIOps(AIを活用したIT運用管理)ツール「SYMPHONY A.I.」を活用すれば、クラウドリソースやコストの最適化も可能です。
「技術を見極める力」を養う
私たちは今、生成AIの台頭という技術的ブレークスルーを目の当たりにしています。AI技術の進化は、ソフトウェアにとどまらずハードウェアやインフラ、さらには業務プロセスや設備投資の在り方にまで影響を及ぼしています。
こうした急速な変化の中で、自社の競争力を高める鍵となるのが、「技術を見極める力」を組織として持つことです。米国の技術に依存するのではなく、日本を含むアジア諸国や他地域の選択肢も視野に入れ、多角的な視点でIT戦略を構築する必要があります。
「売れているから導入する」「SIerに任せる」「コストが高いから見送る」といった短絡的な判断は避けましょう。製品そのものの完成度や話題性よりも、自社の目的や課題感と合致しているかを基準に評価すべきではないでしょうか。
執筆者紹介
松浦淳(まつうら・じゅん) トゥモロー・ネット 取締役副社長 兼 COO(最高執行責任者)
富士通、シトリックス・システムズ・ジャパンで開発、サポート、ソリューションエンジニア業務に従事し、デル株式会社(現:デル・テクノロジーズ株式会社)の事業部長を経て現職に至る。トゥモロー・ネットでは、ITエンジニアとしての経験を生かして企業経営全般に関与している。米国シリコンバレーを中心とした海外スタートアップ企業の日本法人立ち上げも複数経験しており、日本市場への製品展開に豊富な経験を持つ。
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