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なぜ「RAG」導入は思い通りに進まない? 企業が直面する“5つの壁”「自社データを生かすAI」の設計【前編】

企業のナレッジや最新情報をLLMに取り込む手法として、「RAG」の採用が広がっている。LLMの限界を補完する有効なアプローチである一方、企業は実装段階で幾つかの課題に直面する。

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 大規模言語モデル(LLM)は、あらゆるトピックに関する質問に答えられるよう設計されている。しかしその回答は常に検証済みであるとは限らず、最新の情報に基づいていない場合もある。こうしたLLMの課題を補完する手法として注目されているのが「RAG」(検索拡張生成)だ。RAGは、外部のデータベースから必要な情報を検索・取得し、LLMが事前学習していない情報も回答できるようにする手法だ。

 とりわけ、自社独自のデータを活用したい企業にとってRAGは有効なアプローチとなる。RAGを採用することで、社内の最新ナレッジを取り込んだAIアプリケーションの構築が可能となる。一方、RAGの導入には設計・実装の面で乗り越えるべき壁も多い。

「RAG」導入が思い通りに進まない5つの理由

 LLMは基本的に、事前学習したデータのみに基づいて回答を生成する。学習時には、データセットから統計パターンを抽出し、それを数十億ものパラメーター(AIモデルの振る舞いを決定する変数)としてモデル内部に蓄積する。これらのパラメーターを用いて、LLMは「次に来る可能性が最も高い単語」を予測し、自然言語での回答を生成する。

 一般的に、LLMは学習時点以降の情報や、企業独自の情報にアクセスする手段を持たない。いわば自己完結型の予測エンジンに過ぎず、外部との接点を持たない設計となっている。こうした制約を打破するのがRAGだ。リアルタイムで外部データにアクセスすることで、より正確かつ文脈に即した回答が可能になる。

 RAGは以下3つのステップで構成される。

  • 1.検索(Retrieval)
    • ユーザーが質問を入力すると、RAGはまず、あらかじめ定義されたナレッジベースを検索する。これには社内文書、レポート、専用データベース、Web情報などが含まれる。この検索プロセスは「推論」ではなく、ユーザーのクエリに関連する情報を能動的に探索するプロセスだ。
  • 2.拡張(Augmentation)
    • 検索で得られた文書は、LLMの「コンテキストウィンドウ」(生成AIがやりとりの中で保持する情報量)に取り込まれる。これにより、最新かつ具体的な、しばしば企業独自の情報を一時的にモデルに与えることができる。LLMの知識を一時的に拡張することで、より的確な応答が可能になる。
  • 3.生成(Generation)
    • 検索と拡張を経て、LLMが自然言語で回答を生成する。このプロセスでは、LLMの汎用的な言語能力と、外部から取得した具体的な情報の両方が活用される。最終的な応答はAIモデル内部の知識のみに依存せず、企業の文脈に即した事実に基づいて生成される。

 こうした仕組みにより、RAGはLLMが抱える以下の制約を克服する。

  • ナレッジカットオフ
    • LLMはナレッジカットオフ(学習したトレーニングデータの最終更新日)以降の情報について知識を持たない。RAGを活用すれば、最新かつ関連性の高い外部データにリアルタイムでアクセスできるため、カットオフ後の情報も応答に反映できる。
  • ハルシネーション
    • ハルシネーションとは、AIモデルが不正確な情報をあたかも真実であるかのように生成してしまう現象だ。 RAGは、外部データを参照することでこのリスクを抑制する効果がある。ただし、完全に防ぐことはできないため、情報の出典管理や検証プロセスとの併用が重要だ。
  • 企業固有の知識へのアクセス
    • 一般的なLLMは、企業の機密情報や文書にアクセスできない設計となっている。RAGを導入すれば、あらかじめ指定した社内のナレッジベースを検索対象に含めることができ、企業固有の情報を活用した高精度な応答が可能となる。

 このようにさまざまな利点を持つRAGだが、企業が実運用に向けて導入を検討する際には、以下のような課題に直面する。

  • データのセキュリティとプライバシー
    • 企業データの中には、業界の法規制や社内ポリシーに基づいた厳格な管理が必要なものが含まれる。RAGの実装にあたっては、情報の暗号化、アクセス制御、監査ログの整備など、セキュリティとプライバシー対策が不可欠となる。
  • 情報管理の複雑さ
    • 特に大規模な組織では、情報が複数の部門やシステムにまたがって保管されており、データの構造化の度合いや品質もばらつきがある。そのため、ナレッジベースの整備やデータ前処理には相応の工数がかかる。
  • 既存システムとの統合
    • RAGの導入は単体のアプリケーションで簡潔せず、既存のITインフラや認証基盤、文書管理システム、データベースなどとの連携が求められる。そのためシステム間の整合性やAPI(アプリケーションプログラミングインタフェース)設計も含めた統合計画が必要だ。
  • スケーラビリティと性能要件
    • 多数のユーザーが同時に利用するようなユースケースでは、処理性能や応答速度も重要な設計要素となる。検索および生成処理の並列化、キャッシュの活用、負荷分散の設計などを検討する必要がある。
  • ガバナンスとコンプライアンス
    • 生成AIの業務活用が進む一方で、各国および各業界での規制も強化されつつある。特に金融、医療、公共などの領域では、透明性、説明責任、ログ管理など、RAGシステムにもガバナンス面の整備が求められる。

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