ツールだけではCXの全体像はつかめない 情シスが主導すべき「コンテキスト」重視のIT戦略:「表面的な不満」への対処では不十分
エクスペリエンス分析ツールの市場が急拡大する一方、データが示す「表面的な不満」への対処だけでは不十分だ。デルタ航空やUPSの実例から、「真の課題」を特定し、CXを劇的に改善する手法を明かす。
エクスペリエンス分析ツールの市場規模は、2024年で126億ドルと推定された。2025年には144億3000万ドルに成長し、2025年から2035年にかけては年平均成長率(CAGR)14.52%で推移、最終的には559億9000万ドルに達すると予測されている。
エクスペリエンス分析ツールには膨大な顧客データが蓄積されている。企業が多額の投資を行うのも当然だ。これらのシステムは、顧客の行動や感情を捉え、営業、マーケティング、カスタマーサポートなどの部門が顧客のニーズや課題を深く理解するのを助ける。顧客接点を持つチームは、データに基づいた改善を先制して実施し、顧客体験(CX)を向上させられる。結果として、顧客ロイヤルティーと顧客生涯価値(CLV)の向上、チャーン(解約)の削減、収益の拡大が期待できる。
しかし、エクスペリエンスデータだけでは、CXの真の問題点や優先すべき修正事項を特定するには不十分だ。サービス、サポート、物流、オンボーディングといった業務フローの文脈(コンテキスト)を無視して分析結果を単独で評価すると、視野狭窄(きょうさく)に陥る恐れがある。その結果、顧客行動の根本原因を見誤り、最適化すべきではない箇所に注力してしまう可能性がある。
欠落しているコンテキストとその弊害
「CX」に関連した編集部お薦め記事
エクスペリエンス分析は、個々の顧客体験の裏にあるストーリーを解き明かす。しかし、従来のエクスペリエンス分析ツールは、以下の3つの重要なビジネスコンテキストを考慮していないことが多いため、そのストーリーは不完全なものになりがちだ。
- オペレーション:サービス提供時間、物流のパフォーマンス、製品の品質、決済時間、製品メッセージなどが含まれる
- カルチャー:地域や属性による顧客の期待値、価値観、信念、行動、好ましいコミュニケーションスタイルの違いを指す
- ワークフロー:顧客のオンボーディング、アカウント管理、問題解決、返品対応などの社内プロセスを網羅する
コンテキストを無視した分析は問題を引き起こす。以下の事例がそれを示している。
事例1:小売業
ある小売企業は、Webサイトのナビゲーションを最適化し、決済時の摩擦をなくして高度にパーソナライズされた体験を提供するために、カスタマージャーニーデータを分析した。これらはCX向上に寄与する。しかし、CXの質を左右するのはこれらだけではない。配送期間、製品品質、価格設定、返品ポリシー、サポートの解決までの時間など、多くの要因が絡み合っている。
CXの最適化を追求する際、企業はエクスペリエンス分析から得られる洞察だけに頼るのではなく、これら全ての要因を考慮すべきだ。もしコンテキストを無視してカスタマージャーニーデータのみに依存すれば、例えば「配送の遅延」を放置したまま、限られた経営リソースを「Webサイトの改善」に浪費してしまうかもしれない。これでは本質的なCX向上につながらず、顧客の不満を解消できないばかりか、悪い評判を招き、企業の競争力を弱める結果になりかねない。
事例2:SaaSプロバイダー
あるSaaSプロバイダーは、エクスペリエンス分析ツールを用いて感情分析を実施した。目的は、顧客のオンボーディングを改善し、製品を通じてビジネス目標を達成できるよう支援することだ。チームがオンボーディングメールの改善にリソースを投入する一方で、製品のセットアップを妨げるワークフローのボトルネックや、頻発するシステムダウンを無視したとする。リソースの投入先を誤れば、顧客の信頼回復やチャーンの削減は進まず、ネガティブなレビューが増えるにつれて顧客基盤を失うリスクがある。
エクスペリエンス分析と基幹システムの統合メリット
企業は、顧客の期待に応えてCXを改善するために、エクスペリエンス分析とコンテキスト要因のギャップを埋める必要がある。鍵となるのは、エクスペリエンス分析をERP、CRM、ITサービス管理、ワークフロー自動化、データウェアハウス(DWH)などの基幹システムと統合することだ。
エクスペリエンス分析を他のプラットフォームと統合すれば、カスタマージャーニーを包括的に把握できる。ジャーニーに悪影響を及ぼしているオペレーション、カルチャー、ワークフローに関連する問題を浮き彫りにできる。顧客接点を持つ全てのチームが、単一かつ網羅的な分析結果を共有できる。これにより、コストのかかるミスや重複を最小限に抑え、事業計画や意思決定のスピード、正確性、一貫性を高められる。さらに、問題の先制的な解決も可能になる。最終的には、思慮深く設計された統合によって企業を真の「顧客中心組織」へと変革できる。
CXリーダー、ソフトウェアチーム、オペレーションマネジャーが部門を越えて協力することは、システム間のシームレスな統合を実現する上で必要だ。ステークホルダー間の密接な連携により、技術的な導入と実際のビジネスニーズが一致する。また、ワークフローの合理化や、社内の合意形成、ツールの定着が促進され、統合エコシステムの価値創出までの時間(タイムトゥバリュー)も短縮できる。
現場からの教訓
複数の企業が、エクスペリエンス分析をオペレーションのコンテキストに適合させ、CXと顧客満足度を向上させることに成功している。
- デルタ航空(Delta Air Lines)
同社が受賞した「Connected Onboard Platform(CoP)」がその一例だ。この多国籍航空会社は、オペレーション、接続性、CXのデータを連携させることで、乗客にシームレスな機内体験を提供している。同社のインフライトエンターテインメントおよびコネクティビティ担当マネジングディレクター、グレン・ラッタ氏は、エクスペリエンス分析を他のビジネスデータと組み合わせることは、CXチーム間のサイロ化を打破し、組織全体でよりスマートなサービスを提供するために必要だと考えている。「この成果は、顧客体験と従業員体験のサイロを解消し、ビジネスニーズに適合する唯一無二の仕組みを設計したエンジニア、オペレーター、パートナーの尽力の証しだ」(ラッタ氏)
- シカゴ大学医療センター(University of Chicago Medicine)
同組織もコンテキスト分析を利用して、ワークフローの非効率性を最小限に抑えている。このヘルスケアプロバイダーは、Salesforceの顧客分析プラットフォームを導入し、予約スケジュール管理やFAQ対応など、患者向けプロセスの自動化と合理化を進めた。
同組織の最高マーケティング責任者(CMO)、アンドリュー・チャン氏は、医療セクターの古い顧客体験の原因は情報の不足ではなく、統合の欠如にあると考えている。チャン氏は、「全ての接点と行動のシグナルを収集し、実効性のあるものにすること」が、カスタマージャーニーのパーソナライズと患者体験の向上に必要だと強調している。
- UPS
多国籍配送企業のUPSは、不在配達のパターンやサポート対応などのジャーニーおよび配送データとともに、ルート効率や適時配送率といったオペレーション指標を活用している。これにより、必要に応じた配送ルートの変更や透明性の向上を実現した。結果として、配送失敗が減少した他、顧客向けの配送体験の最適化に成功している。
これらの事例は、まだコンテキスト統合を行っていない企業にとって有益な教訓を示している。
- 表面的なトレンドだけでなく、問題の根本原因を特定するために分析を活用する
- リアルタイムの洞察を利用し、問題が深刻化する前に先制して解決する
- 個別の接点ではなく、ジャーニー全体の分析に焦点を当て、蓄積された摩擦を特定し対処する
- CXプラットフォームと基幹システム間のデータ統合と相互運用性に投資し、顧客データとオペレーションデータを一元化する
- 全部門間での協力や意思決定を促進するために、統合されたデータ環境を構築する
- 顧客とのやりとりとオペレーション上の出来事を結び付け、迅速な原因分析と正確な意思決定を支援する
- AIを活用してデータ分析を高速化し、人間の意思決定を補強する。ただし、バイアスや差別、ハルシネーションを排除するために人間の監視を維持する
- CX指標を、顧客維持率やCLVなどの測定可能なKPIに直接結び付ける。これにより投資を正当化し、ビジネスの改善を推進する
- CX、IT、オペレーションチーム間の協力文化を醸成し、カスタマージャーニーの可視性を共有して、断片的な意思決定を防止する
進化するエクスペリエンス分析
多くの主要なCXプラットフォームは、従来の顧客フィードバックやジャーニー分析の枠を超え、オペレーションやワークフローのデータを取り込むように進化している。
一例として、Salesforceの「Agentforce Contact Center」がある。これは、顧客とのやりとりを追跡・合理化するためのAIファーストのカスタマーサービスプラットフォームだ。組織データに根ざしたこの統合システムは、CRM、デジタルチャネル、音声、AIを組み合わせることで、あらゆる接点でインテリジェントかつ統合されたサービスの提供を可能にする。
Salesforceと同様に、現在、多くのエクスペリエンス分析システムがオペレーションシステムやワークフローオーケストレーションなどと統合されている。主なものは以下の通りだ。
- Adobe CX Enterprise
- Contentsquare Experience Analytics
- Crescendo.ai
- Qualtrics Digital Experience Analytics(DXA)
- Qualtrics XM
- Quantum Metric
統合プラットフォームにより、組織は顧客シグナルとオペレーションシグナルの両方にリアルタイムで対応し、CXの改善を測定可能なビジネス成果に結び付けられるようになる。
一部のプラットフォームにはAI機能も追加されている。エージェンティックAI技術は、顧客行動についてのデータを、その体験が発生したオペレーション、カルチャー、ワークフローのコンテキストと結び付ける。また、コンテキストに基づいた洞察を生成し、チームが顧客感情を先制して解釈し、カスタマージャーニーを分析して潜在的な摩擦を予測するのを助ける。さらに、エージェンティックAIを搭載したシステム内でリアルタイムの推奨事項を受け取ることで、インシデントの優先順位付けと修正、パーソナライズされた体験の大規模な提供が可能になる。
成功の鍵を握るコンテキスト
エクスペリエンス分析は、顧客行動を分析しカスタマージャーニーを改善するための強力な手法だ。しかし見てきたように、詳細で最新のコンテキストを欠いた分析は、組織を誤った方向へ導く恐れがある。進化し続ける顧客ニーズを先読みし、理解し、応えるためには、エクスペリエンス分析を、ビジネスプラットフォームとのシームレスな統合と部門横断的な協力が必要な「包括的な課題」として扱う必要がある。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
データの“排ガス”か”宝の山”か 「オペレーショナルアナリティクス」のススメ
日々の会議やチャット、顧客対応から生じる膨大な「業務データ」。その多くは活用されず、価値のない“排ガス”として捨てられている。本記事では、Lenovoの事例を交え、AIを用いてこれらのシグナルを具体的な意思決定につなげる手法を詳説する。
「CX」投資の勘所とは 「理由なき投資」「ツールだけ投資」が駄目な理由
CX戦略への投資を考えるとき、推進担当者はどのようなことに気を付ければいいのだろうか。経営者からの投資を得やすくする伝え方と合わせて、CX投資の勘所を紹介する。