ニコンイメージングシステムズが取り組んだQCD改善策とは?:プロジェクト管理ツール導入事例:Microsoft Project
「高品質で魅力ある製品を市場に早く提供したい」。ニコンイメージングシステムズは全社的なQCD改善の一環として、プロジェクト管理ツールの導入を検討し、その選定を進めた。
ファームウェア開発における課題とは
2009年7月に設立された「ニコンイメージングシステムズ」は、ニコンのグループ企業である「ニコンシステム」と「富士通ビー・エス・シー」の合弁会社であり、ニコン製のデジタルカメラ、および交換レンズなどの周辺機器のファームウェアを開発する専門企業だ。
ファームウェアとは「ハードウェアの基本的な制御を行うために機器に組み込まれるソフトウェア」を指し、高性能化が進むデジタルカメラにおける重要な構成要素の1つである。組み込み製品ではハードウェアとファームウェアの開発が並行して行われるため、ファームウェア開発ではハードウェアのマイルストーンに合わせたプロジェクト計画や進ちょく管理などが求められる。
ニコンイメージングシステムズでは当初、Microsoft Excelなどを活用して製品ごとにプロジェクトを個別管理していた。しかし、開発が同時進行している製品の数も多く、それらのプロジェクトにおけるタスクや成果物などの情報は複雑かつ膨大な規模になっていた。また、プロジェクトを横断的に見た場合にリソース状況を把握できず、複数のシステムで管理していた分析用データの連携がうまくいかないこともあり、その適切な管理手法に課題を抱えていた。
そこで同社は2009年9月から、全社的なQCDの改善を目的として「情報戦略推進活動」に取り組む。そのワーキンググループの責任者である中野博史氏(開発本部 第一開発部ゼネラルマネジャー)は、情報戦略推進活動の一環として、プロジェクト管理ツールの導入の立案および実現を推進する立場を担うことになった。同社では複数のプロジェクトを適切に管理し、それらの進ちょく状況および品質を可視化することが求められていた。中野氏は「プロジェクト管理」「リソース管理」「調達」「進ちょく管理」「工数管理」「品質管理」という6つの領域の改善を目的として、それを支援するためのプロジェクト管理ツールの導入を検討開始した。
ニコンイメージングシステムズは2009年10月から「NISIPRO」というプロジェクトを立ち上げ、プロジェクト管理ツールの選定に着手した。中野氏は「まず“魅力的な製品を早く、開発コスト低減を図りながら高品質で市場に出す”ためには何が必要か?」を考えたとし、「開発現場に役立つためのツール導入をすることで、結果的に上位層に向けた可視化やそのコントロールができるようにしたかった」と当時を振り返る。本稿では、ニコンイメージングシステムズが実施したプロジェクト管理ツールの選定、導入から現在に至るまでの過程を紹介する。
「導入のための導入」にしないために
NISIPROプロジェクトが開始された当初、中野氏は「プロジェクト管理ツール自体がQCDを改善するものではない」という前提の下で、ツール導入に関するマインドマップを作成した。マインドマップには“魅力的な製品を早く、予算内で、高品質で市場に出す”というツール導入の目的や期待される効果、その効果測定の指標などが詳細に記されている。
中野氏は「ツール導入の明確な目標やビジョンを持たなければ、単に“導入のための導入”になってしまう」と指摘する。また、「企業経営者の多くはツールを導入して使っているというだけで満足することもあるが、ツール自体が改善効果をもたらすわけではない。ツールを活用しながら開発プロセスの改善などを進めないと、結局は導入企業のプラスにはならない」と説明する。同社は、このマインドマップを指針としてプロジェクト管理ツールの導入を進めることになる。
MS Projectを選んだポイントとは?
同社は2009年12月末までの3カ月間で、ツール要件のとりまとめからツール評価・選定を実施する。まず自社の課題を挙げて整理し、ツール導入によって実現したいことをまとめた。その内容を基に、各ツールベンダーへの問い合わせやプレゼン依頼などによってツール評価に必要な情報を収集した。
その後、幾つかのツールをピックアップして、製品ごとに「対応可能」「非対応」「オプション(カスタマイズ)対応によって可能」などに分類し、その評価を行っていった。さらに候補となったツールの試用版を入手して、パイロットプロジェクトに適用して評価を行った。同社は、その評価結果と実際に使用した担当者の操作感を考慮して「MS Project 2007」(以下、MS Project)を採用した。
MS Projectを採用した理由について、中野氏は「実際のユーザーが感じたツールの操作性を重視した。工数入力など、ある特定の機能に限ればほかにも使いやすい製品はあったが、それらはプロジェクトの計画や進ちょく管理などの機能が乏しかった。最終的にはバランスを重視してMS Projectを選んだ」と説明する。同社は、2010年に発売予定だったMS Project 2010を採用することを前提として、バージョン2007のMS Projectを初期導入することになった。
中野氏はその導入費用について「“MS Projectは高い”というイメージがあったが、今回の導入に関しては想定よりは低コストだった」と語る。同社は、MS Project Professionalを使用する管理者ユーザーを限定し、通常のアクセスにはクライアント用ツール「Office Project Web Access」を活用することで初期導入コストを抑えた。また「できるだけ運用コストを掛けたくない」(中野氏)という考えから、同社でユーザー登録などのリソース管理に活用しているActive Directoryとシームレスに連携できる点もその導入ポイントになったという。
導入効果を高めるためには、ユーザー側のスキルも重要
MS Projectの導入を決定した同社は、2010年1月から初期導入に向けた社内体制を構築して、その準備に取り掛かった。この段階では要件をさらに具体化し、ツール購入後のテスト運用に向けた環境構築に時間をかけた。
中野氏は「ツール選定を行った段階では、本当にうまく使えるのかという不安もあった」と語る。データを統合管理するProject Server環境の構築や初期データの入力などの設定について「社内で対応するか」「ベンダーに委託するか」で悩んだという。同社は検討を重ねた結果、「自社だけで実用的に使いこなせるように設定するのは、時間とコストを考えると効率が悪い」と判断し、マイクロソフトのパートナー企業である「ユーフィット」にその環境構築を依頼した。同社が用意したマニュアルや設定シートなどのひな型を利用して、わずか3週間という短期間で設定を完了させた。
ニコンイメージングシステムズでは製品単位のプロジェクトを「プロダクト」、プロダクトを構成するサブシステムを「プロジェクト」と呼んでいる。同社は2010年4月から、プロダクトの特性を考慮して受け入れやすいプロダクトを選び、ツールのパイロット運用を開始した。先行プロダクト実施時の状況について、中野氏は「初めてツールを使用した人もいたので、試行錯誤で進めていた」と説明する。
その上で中野氏は「ツールのポリシーを理解しないと正しく使うのは難しい。マイクロソフトの想定した正しい使い方をしている人は少ないのでは」と指摘する。同社は、MS Project経験者を対象にツール使用に関するトレーニングを実施した。また、ツール使用に関する説明資料を作成し、先行プロダクトを指揮するプロジェクトマネジャー4人を対象にした説明会を開催。さらに、ツールを活用する中で明らかになった課題やその解決策についてはフィードバックを徹底させ、Project Serverのプロジェクトワークスペース内でその情報を共有した。
同社ではこうした取り組みによって、ツールに関する理解を深めながら、そのノウハウを蓄積して横展開することに努めている。導入効果を高めるためにも、こうした取り組みはツール導入後の重要な対策の1つといえるだろう。
現場に受け入れてもらうために
ニコンイメージングシステムズは現在、2010年10月からの全体適用を目指している段階にある。中野氏は「現在は与えられた環境で実施しているが、これから全社採用する場合はかなりの労力が必要となる。また、実作業者(入力者)にとってのメリットを明確にしないと、現場での定着なども難しい。今後は、進ちょく率の入力の仕方を変えるなど現場の要求を考慮しながら、少しでも自社に最適化できるようにしたい」と語る。
同社は今後、パイロットプロダクト終了後にMS Projectの最新版であるバージョン2010へのバージョンアップに取り組む予定だ。また、これまでの運用状況をフィードバックして、変更要件を整理してカスタマイズを行いながら、残っている課題に対して段階的に取り組んでいくという。
ニコンイメージングシステムズは適用範囲を徐々に広げながらフィードバックを繰り返し、時間をかけてプロジェクト管理ツールの運用を進めている。中野氏は「ツール導入に関しては、その理解者を作り、そのフィードバックをステップを踏みながら実施することが大事だと思う」と語る。「ここまでやっても、現場への定着や狙い通りの効果を得ることは難しいと思う」としているが、その手応えを確実に感じているようだった。
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