クラウド標準化への道、米国と同じ土俵で戦うには?:「日本のクラウドをガラパゴスにさせないために」(後編)
日本のクラウドのガラパゴス化を避けるというテーマの討論会。「日本のクラウドはガラパゴス化にすらなれない」という厳しい意見が飛び出す一方で、「世界に対してもっと自信を持っていい」という楽観論もあった。
Amazon Web Services(AWS)やGoogle App Engine(GAP)など外資系クラウドコンピューティングサービスが猛威を振るう中、日本のクラウドサービスも利用を伸ばすべく必死だ。だが、「日本独自」路線を追究し続けた結果、世界基準とはかけはなれたものになっていたという事態、つまり「ガラパゴス化」に陥る懸念がある。世界に通用するクラウドサービスを提供するためには、独自性だけではなく標準化も成し遂げなければならない。日本のクラウドはこの2つの条件にどう立ち向かっていくのか。
本稿では、2011年3月7日に総務省支援プロジェクト「クラウドネットワークシンポジウム2011」内で実施されたパネルディスカッション「日本のクラウドをガラパゴスにさせないために」の模様をお伝えする。
登壇者
パネリスト(50音順)
青山友紀氏 グローバルクラウド基盤連携技術フォーラム(GICTF) 会長、慶應義塾大学 教授
栗原秀樹氏 NTTコミュニケーションズ ITマネジメントサービス事業部 サーバマネジメントサービス部 担当部長
鈴木逸平氏 竹中パートナーズ バイスプレジデント(ロサンゼルス) テクノロジーグループ
立久井 正和氏インターネットイニシアティブ サービス本部 プラットフォームサービス部 部長
吉岡弘隆氏 楽天 技術理事
モデレーター
加納敏行氏 NEC システムプラットフォーム研究所 所長
「ガラパゴス化」などと言えない
青山 クラウドネットワークシンポジウム2011は、税金を使ってクラウドの研究開発をしている人たちがその成果を発表し、コメントや評価を受ける機会です。このパネルディスカッションの趣旨は、日本のクラウドサービスがガラパゴスを脱して世界に進出していくために、日々厳しい競争下でビジネスをしている人たちからさまざまな意見をもらうことです。
加納 ここまで、「クラウドのガラパゴス化を避ける」というテーマで、パネリストの方々から取り組みやヒントをご紹介いただきました。特にユーザー主導という観点では、ベンダーはサービスを提供するだけでなく、ユーザーとのエコシステムを作り上げることが大切というお話でした。
そもそもクラウドのガラパゴス化について、パネリストの皆さんのご意見を伺いたいと思います。まずは国産のクラウドベンダーであるインターネットイニシアティブ(IIJ)の立久井さん、いかがでしょうか?
立久井 正直、日本のクラウドはガラパゴス化したくてもできないと思います。われわれのような日系クラウドベンダーは、お客さまからAWSとの比較表を突き付けられ、価格も含め厳しい目で見られています。どうやって生き残るかが精いっぱいで、国内市場でさえ外来種に独占される危機感の方が強いです。
例えば、既にAmazon S3を使っているお客さまから、「Amazon S3には(海外のデータセンターを使用しているため)レイテンシの問題がある」という声があります。そこでわれわれは、Amazon S3互換の「REST API型クラウドストレージサービス」を作りました。しかし、米Amazonは3月2日、東京にデータセンターを開設しました。もはやレイテンシは競争の差別化にはなりません。こういうことが日々起きるのです。どちらかと言えば、ガラパゴス化したいくらいです。
ガラパゴス化の代表として取り沙汰される携帯電話と根本的に違うのは、携帯電話は通信事業という点です。通信事業は国策として国からの保護を受けています。クラウド事業にはそこまでの保護はないので、海外のサービスが国内に次々と入ってくる中で進化していかなければなりません。
加納 ガラパゴス化すらできないというお話でした。欧州・北米・シンガポール・香港・日本の5カ所にデータセンターを設置し、海外でもクラウドサービスを提供しているNTTコミュニケーションズの栗原さんはどのようにお考えですか。
栗原 私も立久井さんと同意見で、クラウド事業は国の規制に守られていないので、AWSしかり外資系のクラウドベンダーとの競争にさらされているのが実際だと思います。
競争下で自分たちが生き残りたい思いもありますが、最終的には、同じようにグローバルでの競争に直面しているお客さまが成功するために、われわれは何をすればいいかという観点で考えています。
そのために海外でのデータセンターを拡充したり、2011年4月に提供開始予定の「Universal One」という、国内外のネットワークを含め複数の企業向けネットワークを全て単一のサービスに統合するといった取り組みをしています。
サーバがコモディティ化したように、いずれクラウドもコモディティ化します。そんな世界を見越して、クラウドベンダーはお客さまにどんな付加価値を示せるかが重要です。
加納 楽天もアメリカ、ヨーロッパ、アジアといったグローバルに次々とサービスを進出させています。吉岡さんからもご意見をお願いします。
吉岡 悲観論が多いようですが私は楽観論です。日本という国はすごいんですよ。失われた20年といわれていますが、人もいて、物もあり、知識や経験も豊かです。世界に対してもっと自信持っていいと思います。
ミクシィやグリーをはじめソーシャルゲームの分野には元気のいいエンジニアがたくさんいます。エンタープライズ向けビジネスをされている方には「おもちゃを作っている」ように見えるかもしれませんが、発生しているページビューやトランザクションの数値は膨大です。課金や広告配信のシステムも混ざる中で24時間止まらずに運用しているのはすごいことです。
ガラパゴス化については、ミクシィやグリーのエンジニアのように(参考:「楽天のシステムを支える5つのベストプラクティス」)企業や国の壁を乗り越え、非公式なコミュニケーションを推進していくことで避けられるのではないでしょうか。
鈴木 私も吉岡さんと同じように、日本に大いなる期待を持ってクラウドに取り組んでいます。
世界的に見てもクラウド市場の標準化は遅れているといえます。なおかつ、標準化に取り組む姿勢もあまり見られません。
また、技術開発の仕方が根本的に変わってきていると感じます。吉岡さんのお話(参考:「楽天のシステムを支える5つのベストプラクティス」)にもあったように、コミュニティーによるオープンソースソフトウェア(OSS)を使った開発が中軸になっているということは、つまり、さまざまな企業が作った技術・サービスの上に被せる形で新しい技術・サービスを作っている企業や組織が増え始めているということです。
OpenStackのようにAWSに対抗するベンダーが集合してコミュニティーを作る動きもありますが、幾つかクラウドサービスのAPIが出そろえば、ある時点で新しいクラウドAPI(参考:「日本のクラウド技術は世界に通用するのか? 日系クラウドの現状と課題」)を作る組織はなくなるでしょう。
標準化されたクラウドAPIの上にはクラウドAPIを統合するアグリゲーターとなるものができます。現在はそのアグリゲーターが幾つも乱立しつつある段階です。そして、その先が必ずあるはずです。クラウドはユーザー主導のIT事業です。ユーザーが求めるものをいかに安く、速く、自由自在に提供できるかが勝ちを決めます。ユーザーに近いレイヤーでリーダーになることが成功の鍵だと思います。
状況は米国も日本も変わらないと思っています。差別化できる要因がないのなら、今からクラウドAPIや仮想化のハイパーバイザーを作ることはあり得ません。もっと上位のレイヤーでアイデアを出し、既存のクラウド技術を統括していくことが大切です。
加納 ここまでパネリストの方々からお話を伺ってきて、クラウドにとって大切なキーワードはユーザー主導ということが分かりました。今までのベンダーがモノを作って提供していく形ではなく、ユーザー同士がコミュニティーの中で作り上げていく形式が技術、アプリケーション、プラットフォームにおいてさらに重要になるということです。
インフォーマルな連携という話もありました。企業や国の壁を越えた連携をするということでしたが、今日のシンポジウムもインフォーマルな連携の1つではないかと思います。今後、ユーザー主導に基づく大きなクラウドソリューションを産官学連携で作り上げていきたいと思います。
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