グループウェア移行企業が語るクラウド移行の苦労とメリット/デメリット:サイボウズユーザー企業が語った本音
グループウェアをオンプレミスからクラウドへと移行した2社。クラウドへの移行の理由は何だったのか。移行時の苦労と工夫、クラウドのメリット/デメリットを語った。
2012年3月7日に開催されたサイボウズの「cybozu.comカンファレンス2012」では、「クラウド移行して、わかったこと 〜あの企業がクラウドに移行した理由〜」と題した分科会で、中堅・大規模企業向けクラウドグループウェア「Garoon on cybozu.com」のユーザー企業2社のIT部門担当者が登壇し、クラウド移行の経緯を語った。
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クラウド移行の理由は何だったのか?
登壇者
エス・エム・エス 情報システム部 SIグループ長
重松 論氏
インターネットを通じて介護・医療業界に特化した人材紹介、求人広告、資格情報事業などを展開するエス・エム・エス。サイボウズのオンプレミス型グループウェア「サイボウズOffice」導入後、2011年にGaroon on cybozu.comに移行している。重松氏はSEやITコンサルタントとして金融業界でのシステムインテグレーションやコンサルタント業務を務めた後に、同社に中途入社。現在は同社ITシステム全般のマネジメントを務める。
ジンコーポレーション システム開発部 システム管理課 課長
藤本洋一氏
脱毛専門サロン「ミュゼプラチナム」を国内120店舗、香港・上海・シンガポールで合計12店舗、その他グループ会社で飲食店17店舗経営するジンコーポレーション。藤本氏は、同社にラーメン店の定員として入社後、IT部門に所属することになった異色の経歴の持ち主。設立当初ラーメン店1店舗でスタートした同社だが、複数店舗になり社員が増えたことで情報共有やスケジュール共有の必要に迫られ、当時若干ITの知識があった藤本氏が担当者となってオンプレミス型のサイボウズOfficeを導入。その後、従業員数が300人を超えたころにGaroon on cybozu.comに移行している。
エス・エム・エスがグループウェアをクラウドへ移行することに決めた理由を、重松氏は「自社の事業主体はシステム屋ではないので、IT部門は社内システムのオペレーションではなく、もっと注力すべき分野、取得すべきスキルがあると考えたからだ」と語る。
「IT部門は会社としてITをどう使っていくかを考える役割を担うべきで、そのためには自社の事業の差別化に寄与する部分に特化したスキルをはぐくむ仕事へと注力分野をシフトする必要があった。事業としてWebサービスを運用しているため、そうした外部向けのシステムに注力すべきだろうと。そうした背景があって、移行の際には社内インフラであるグループウェアを自社でメンテナンスするという選択肢はなかった」(重松氏)
一方、ジンコーポレーションの藤本氏は、グループウェアのクラウド移行のきっかけを「既存システムのトラブルが原因」という。
「店舗数、従業員数がどんどん増え、本社を東京へと移転し、サイボウズOfficeのユーザー数が300を超えたころにサーバが不安定になることがあった。また、同時期にネットワークで使っていたHDDが壊れ、ある程度のデータを失くしてしまうというトラブルがあった。担当者としてはドキドキする日々が続いており、社内に置く機器について『このままでいいのだろうか』と常に思っていた」(藤本氏)
機器は壊れるリスクを絶対にぬぐえない
また、エス・エム・エスでもシステムトラブルを一度経験しており、サイボウズOffice運用時にワークフローの使い過ぎでシステムが止まってしまい、過去のワークフロー全てを失ってしまったことがあるという。「事業運営上起きてはいけないことが起こってしまうという決定的な危機感があった」(重松氏)
藤本氏は「機器は壊れるリスクを絶対にぬぐえない」と付け加える。「とにかく壊れないシステムにしたかった。高価なサーバに入れ替えることも考えたが、それに伴って管理する人間や自分自身の知識をより高度にしていかなければならない。また、会社が急激に大きくなったこともあり、冗長化や停電時の対応などといった細かいところのケアまで積極的な投資ができていなかった。それならばいっそのこと外に出して社内の負担を軽くするとともに、何より止まりにくいシステムになるだろうと考えてのクラウド移行だった」(藤本氏)
グループウェアは競争優位性を保つシステムではない
一方、もう1つの視点として、「そもそもグループウェアは自社の競争優位性を保つためにあるシステムではない」と重松氏は語る。
「例えば自分たちで考え抜いてグループウェアの新機能を作ったとしても、恐らくそれは既に他で存在している。一生懸命差別化しようとしても、それは1つの所しか見ていない機能特化になってしまう。アプリケーションの特性上、グループウェアで行っているワークフローは社内に置く必要はないと考えた」(重松氏)
経営陣に必要性を訴えることで導入がスムーズに
「今起きているトラブルが問題だった。ユーザー数が増えたことで、止まったときにどれだけダメージを負うのかを考えた。当然コスト負担はあるが『導入しなければならない』ということを前提として折衝したので、あまりコストに対する反発はなかった」(藤本氏)
既存システムの問題点が浮き彫りになってきたとはいえ、「動いているシステム」をわざわざ移行する必要性を全社に知らしめることは容易ではないだろう。両社はどのように社内を説得したのか。「クラウド導入を推進する上で、社内で味方に付けるとよい人は?」という質問に対して、両氏は「当たり前だが、経営陣」と口をそろえる。
「とにかく止まらないシステムを作るべきだと強調した。データを失った経験からこのままではまずいと。もっと安定稼働するシステムを構築しなければならないということを、経営陣に伝えた。社長も本社と店舗のやりとりは絶対に切れてはならないということを理解してくれたので、移行は進めやすかった」(藤本氏)
一方、重松氏はクラウド移行でのメリットを考えた。社内システムの運用が手離れすることで生み出される時間を、別の面の向けることで得られる効果を考えたという。
「今ある人材をどう生かすか、競争の激しい人材マーケットでどうやって優秀な人材を増やしていくのかという部分にIT部門は注力したいという考えが大きかった。まずは経営陣の興味を引き、興味を引いたところでうそをつかずに良いところも悪いところも言ってみる。悪いところをきちんと理解した上で『チャレンジしたい』という姿勢を見せることが大事だったと思う」(重松氏)
クラウド移行時の苦労と工夫
ジンコーポレーションでは店舗スタッフもグループウェアを利用している。エステサロンなどで働くスタッフの多くは、ITやPCにそれほど詳しくないだろう(関連記事:「モッズ・ヘア」店舗と本社をつなぐSaaS型グループウェアとは?)。「ほんの少しでも使い方が変わるとユーザーは抵抗感を抱いてしまう。そのためデスクトップにショートカットを作ってあげて『そこから入るんだよ』といったことを教えて回るなどの苦労はあった」(藤本氏)
ジンコーポレーションでは極力ユーザーがスムーズにシステム移行できるよう、サイボウズの協力を得てショートカットをオンプレミス版からクラウド版へと切り替えるバッチファイルを店舗ユーザーに事前に配布したという。
一方、サイボウズOffice運用中にワークフローのシステムトラブルに見舞われたエス・エム・エスでは、クラウド移行を機に乗り換えも検討したそうだ。しかし、「ユーザーの身になってみると、壊れたから換えるという発想は意味がない」と重松氏は言う。「ユーザーにとっては利用するシステムのインタフェースはできるだけ変わらない方がいい。ほとんど見た目が変わらない、移行が簡単ということを考えると、サイボウズの製品間で乗り換えるのが最も妥当な選択肢だった」(重松氏)
また、エス・エム・エスでは移行の際に、ベンダー側のIP制限機能の設定ミスで自社のIPを開けてもらえておらず、 最終確認の取り掛かりが遅れてしまったそうだ。しかし、土日の2日間を使って移行できたので、ユーザーの業務を止めることはなかった。そうした状況でも、重松氏は「最悪翌週は既存のサイボウズOfficeを使ってもらえばいい」と考えていたという。こうした話を聞くと、クラウドへの移行はオンプレミスのバージョンアップと違って、元の環境をそのまま残しておけることが安心材料の1つといえるかもしれない。たとえ作業に手間取って土日に移行ができなかったとしても、ユーザーにはオンプレミス環境を使い続けてもらって翌週また移行にトライすればいい。ある意味バックアッププランが常に用意された状態といえるだろう。
コストドライバーが社員数である事実は考え続けるべきクラウドの課題
クラウドのデメリットはという問いに対し、「強いて挙げるならユーザー数課金だろう」と重松氏はいう。「サイボウズOfficeはユーザーフリープランで使っていた。自社の成長はうれしいことだし、ある程度仕方がない部分ではあるかもしれないが、コストドライバーが人数になってしまうということは今後も考え続けなければならないテーマだと思う」(重松氏)。しかし、エス・エム・エスではユーザー課金制がメリットも生み出している。それはオンプレミス運用のころには明確に算出できなかったグループウェアのコスト換算だ。
「現状のコスト構造をきちんと把握できている会社は『エクセレント』といわれるのだろう。しかしシステムの立ち上げからずっと同じ担当者が自社にいるかというと、そういった文化は今の企業にはあまりない。少なくとも弊社ではサイボウズOffice導入時のメンバーは少なくなっている。そのため、オンプレミスシステムのメンテナンスやカスタマイズ時の情報はたまりにくくなっていた。その点、クラウドにしたことで分かりやすい課金制度がコスト構造を把握しやすい環境作りに一役買っている」(重松氏)
クラウド化したことで明らかな金額として見えるようになったコストをモニタリングしていくことで、自社の収益構造の見える化の精度を上げられる。「自社の業績に対しての資産のインパクトがかなり見えるようになっている。そういう面でも移行の効果はあった。また、費用を見える化したことで、誰がどれだけIT資産を使っているかを明確につかめるようになった」(重松氏)
クラウド時代のIT部門の在り方
クラウドに移行して良かった点を1つに絞るなら、「私がサーバにタッチしなくてよくなったこと」と藤本氏は語る。サーバのことを一切考えなくてよくなり、止まらないクラウドサービスは藤本氏をはじめとするジンコーポレーションの安心感につながっている。
「新店舗を増やしていく中で、どんどんアカウント数を増やしていくことになるだろう。今現在、グループウェアの他にも幾つかクラウドサービス使っているので、今後はそれらを融合していけるとうれしい。店舗スタッフが使っているグループウェアのインタフェースを残しつつ、例えば本社と店舗間でのテレビ会議などをグループウェア上でやれたらいいなと思っている。また、店舗の売り上げデータなど、今はExcelでやりとりしているデータをグループウェアでうまくやりとりできたらいいなと考えている」(藤本氏)
一方、重松氏はクラウド移行により、「狙い通りのことを実現できた」という。社内インフラのオペレーションにIT部門の工数を掛けなくてよくなった。また、「グループウェアをオンプレミスに戻すことはあり得ないか?」という問いに対して、「社内に戻すとするならば、自社の差別化が図れるポイントが明確であること」と重松氏は答える。
「私はまだ10年ほどしかシステムにかかわっていないが、システムは『作るもの』から『使うもの』だと考える時代に変化してきている。IT部門は作ることに集中するよりも、『いかに有効に使っていくか』『いかに事業に貢献するか』を考えるべきだろう。業務部門がITに詳しくなるよりも、IT部門が業務に詳しくなる方が圧倒的に改善効果が高いと考えている」(重松氏)
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