リテールAIの導入、必須だが自分でやってはいけない:Computer Weekly導入ガイド
小売業者は何年も前から顧客情報を収集してきた。だが人工知能(AI)の普及により、この情報をもっと効率的に利用する機会が開ける。その課題とチャンスについて解説する。
人気ブランドからの電子メールを開いたり、お気に入りの店のWebサイトを閲覧したり、店内でポイントカードをかざしたり――。それは消費者がリテールエクスペリエンスの間に人工知能(AI)と出会う場面のほんの一例にすぎず、大抵はそのことを意識さえしていない。
AIは買い物の中の巨大な一画を占めるようになった。Marks and SpencerやHoliday Extras、中国のJD.comといったブランドは、AIと機械学習を取り入れてデータ分析能力を向上させ、個々の顧客に合わせたエクスペリエンスを提供し、究極的には売り上げへの転換を増加させている。
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では、AIの採用においてどの小売業者が先端を行っているのか。デジタル世界への進出に当たってはどんな課題やメリットが予想されるのか。
データ通になる
Ocado Technologyの教育オンラインゲーム「AI:MMO」立ち上げに当たり、同社の最高技術責任者(CTO)ポール・クラーク氏は、AI技術は小売業者が「乏しいリソースをもっとスマートに活用する」助けになり得ると語り、それを採用するかどうかに関して企業に選択肢はないと指摘した。
50年前、顧客を知るということは、地元の商店が手作業で適切な在庫を適切なときに適切な場所に確実にそろえることを意味した。それは小さな市場のための親切な対面型サービスだった。それから数十年を経て、小売業者は多様な顧客から大量の情報を収集するようになり、技術の助けを借りずに個人に合わせたサービスを提供することは不可能になった。
コンサルタント会社Elixirrのパートナー兼小売り担当責任者ブライアン・カルムズ氏が指摘するように、一部の小売業者はデータの量があまりに多過ぎて手作業で分析するという選択肢はあり得なくなっている。
カルムズ氏は言う。「かつては店に足を踏み入れても、自分の身元を明かすことはなかった。だがオンラインブランドは顧客のことを知っている。従って、小売業者はデータに精通することを学ばなければならなくなり、それがAIの最初の応用になる。これはbotやコミュニケーションの形を取り、データ分析へと移行しつつある」
顧客を知る
小売業者がかつて「極めて単純な方法で」顧客を分類していた場面において、今ではデータを使って個々の顧客についての理解を深めることが可能になった。
例えば社会経済的背景や収入、性別に基づく旧式の顧客統計分類を利用した場合、高級食品を購入しながら「お買い得」ティッシュペーパーを買い求める顧客は存在し得ない。だがわれわれは、そうではないことを知っている。「顧客は自分の統計分類に基づいて買い物をするのではなく、自分の行動に基づいて買い物をする。こうした情報を組織が見つけ出すのに時間がかかった」とカルムズ氏は言う。
ASOSやOcado、Amazonのようなデジタルネイティブ企業が、顧客のことをよく知っている市場の破壊者の役割を果たす中、物理的な販売拠点への出費を正当化することは一層難しくなった。一方で小売りエクスペリエンスにますます多くを期待するようになった顧客と交流するために、小売業者は別の手段を模索せざるを得なくなっている。
デジタルへの順応
だがデジタルファーストの小売業者と実店舗を持つ小売業者との違いは、デジタル業者が常にそうした技術を念頭に置き、新しい技術が入ってきても簡単に順応できる点にある。
カルムズ氏は言う。「彼らはデジタル世界のみに生きているので、AIについても、その方向に進んで何かを見つけなければいけないとは考えない。自分たちがやること全てにそれが組み込まれているにすぎない。それがビジネスだ。これは恐らく小売業者にとって、現時点で最大の分断かもしれない。レガシービジネスとデジタルファーストビジネスの間に分断がある」
大企業にとっては、スマートミラーやデータ分析、AIといった技術の実験や採用は、調達の増加と利益の減少につながることもある。カルムズ氏によると、企業がそうした実験を事業の中核に組み込む上で困難に直面することもある。一方、デジタルファーストの小売業者にとっては、これはもっとずっと易しい。
カルムズ氏が言うように、大手小売業者は「母船の方向を変えようとして」苦戦しており、アジャイルとデジタルの革新ではなく、「製品とサービスの革新」を行ってきた過去がある。
この飛躍に成功した小売業者もある。例えばビデオゲーム小売りのGameは、手持ちのデータを活用し、それをパーソナライズプロジェクトの開発に利用してオンラインと小売店で販売する製品の両方を、現代のデジタルオーディエンスに対応させた。
だが、Boohoo.comのIT業務担当責任者、スティーブ・ロバーツ氏によると、「実際には見極めができていない」ことが原因で、この種のプロジェクトの多くは失敗に終わる。競って技術を導入したものの、何のためにそれを使うかも、自分たちの事業全般にそれをどう組み込むかも、本当のところは分かっていない。「この業界には流行語がたくさんある。今はAIがその一つだ。だがそうした結果をどう使うかが分からない業者も多い。結局のところ、技術的には極めてスマートだが商用的にはあまりスマートではない技術に落ち着く」
用途の見極め
ロバーツ氏は小売業界で一般的なAIの用途として、機械学習を使った詐欺防止や顧客のデータを活用したパーソナライズなどを挙げる。
顧客ヘルプセンターにかかってくる電話の量や客足、Webサイトのトラフィック量の予測にAIを役立て、それに応じた対応をしている小売業者もある。
Boohoo.comは試験的に、例えば注文の処理状況や返品方法といった、顧客からのよくある質問に答えるチャットbotにAIを使っている。そうした質問に答えるために人が介在する必要がなくなることから、同社にとってはコストの削減になり、顧客にとっても質問にすぐ答えてもらえるため満足度は高まる。
Boohoo.comはサードパーティーのビジュアル検索会社Syteと組んで、チャットbot技術を導入した。ロバーツ氏によると、小売業者がサードパーティーと連携すれば自分たちでは解決できなかったかもしれない問題を解決する助けになり得るという。
未来の可能性に目を向ける
かつては政府機関と同じように、小売業者も技術プロジェクトを多大なコストがかかるものと見なし、多くの場合は失敗に終わって、自分たちが直面する問題は何も解決されず出費ばかりかさむものと考えていた。だが、たとえサードパーティーと組むとしても、小売業者は本当に収集したデータを頼りに何らかのAI技術を推進できるのか。
「全てをつなぎ合わせることができるのか。手持ちのデータを理解して、そこから学ぶことができるのか。目の前にあるデータが人から見ると素晴らしいものに見えても、機械にとってはそうでもないこともある。これはまだ技術としては比較的未成熟だが、急速に弾みがつく分野であり、従って成熟度は大幅に増すことが予想される」。ロバーツ氏はそう話す。
機械学習とAIといえば、データを使ったカスタマーエクスペリエンスの向上やパーソナライズ性の付加にスポットが当てられることが最も多い。だがHoliday Extrasのグループ技術ディレクター、アンディ・ブリットクリフ氏によれば、それは単なる「氷山の一角」でしかない。
例えばコールセンターにAIを使う場合、機械学習はそのモデリングをうまく習得できる可能性がある。顧客からかかってきた電話に対し、応答に最もふさわしいオペレーターを確実に配置することが可能になるかもしれない。
適切なデータの収集
そうしたシステムの成否は、データをどう収集するか、どんなデータを収集するかに左右される。
ブリットクリフ氏によると、「クラシックな機械学習問題」は「質の良いデータ」だけでなく、データが正しく収集・分類されていることを確認しながら、安全性と匿名性も確保できる優れたソフトウェアエンジニアとデータスペシャリストにかかっている。
この溝を埋めようと、あらゆる種類の企業がデータサイエンティストを求めている。その一例として、Marks and SpencerはDecodedと提携し、データをもっとうまく利用する方法を従業員に教えている。
ブリットクリフ氏は、データ分析以外の用途で検討可能なAI技術として、音声または視覚、あるいはディープラーニングのためのオープンソースフレームワークを挙げる。いずれも正しく実装すれば、小売業者に恩恵をもたらす潜在的可能性がある。
課題の克服
小売業者がAI技術を利用すると決め、事業のどこにそれがフィットし、それを何のために使うのかを知り、その技術をどうやって導入するのか(サードパーティー経由か、社内または適切な新興企業と組んで実験的に導入するのか)を決めたとしても、前途にはまだ課題が待ち受ける。
多くの場合、レガシーシステムは企業がAIなどの技術を自由に使う妨げになる。Microsoft英国法人の小売り、消費者製品、運輸担当シニアディレクター、ダイアナ・パーカー氏は言う。「組織が手をかけて、そのデータを確保するための最善かつ最も効率的な方法を見つけなければならないレガシー資産は大量に存在する」
例えば、Webサイトや電子商取引を導入する場合、統合できない2つのシステムが存在していて、1カ所だけでは在庫が確認できないことがある。このような問題の解決策は、単に会社のデータを全て同じ場所に集めれば済むというわけにはいかない。
そうした問題に対応するため、新興企業との提携を選んだり、新技術に対する「実験的な」アプローチを通じてどう採用できるかを見極めたりする小売業者がますます増えている。
多くの場合、これはその会社の姿勢にかかっている。パーカー氏によると、どんな種類の新技術であっても、採用に当たってはその組織の文化が課題になることがある。「AIに限ったことではなく、もし技術をベースとして大きく変化しようとするのであれば、人を巻き込む必要がある。仕事のやり方を変えることが、なぜ従業員にとって価値があるのかをはっきりさせなければならない。従業員が変革に参加できる社風を作り出す必要がある」
そうしたプロジェクトは、単なる実験的なプロジェクトやITプロジェクトではなく、ビジネス全体に貢献できる「ビジネスプロジェクト」と見なす必要がある。
AIシステムの偏見の問題もある。これは、AIが行う選択に影響を及ぼす社会的偏見に当てはまるだけでなく、システムが良くないデータをベースに良くない判断を下すことにも当てはまる。「AIは、あなたが理屈の根拠とするよう指示したデータセット以上に優秀になることはできない。もしデータセットに偏見が含まれていれば、あなたの判断にもそれが入り込む」とMicrosoftのパーカー氏は言う。
こうしたあらゆる障壁が立ちふさがる中で、小売業者はそんなシステムなどない方がいいと思うかもしれない。だがToys‘R’USやHouse of Fraser、BHSなど、変化に失敗したためにトラブルに突き当たった小売業者は数知れない。
AIは「いずれ消えてなくなる目先の流行」ではないとパーカー氏は言う。小売業者もそのことを知っている。富士通の調査によると、小売業者の95%はAIなどの新興技術がこの分野に影響を及ぼすという認識を持っている。
試してみる
労力を惜しまない企業にとって、AIはビジネスに重大な変化をもたらし得る。
ASOSは機械学習とAIを使って、サイトを閲覧する1500万人の顧客にお薦め情報を表示している。Morrisonsは需要予測にAIを使い、その店舗のある地域に合わせて在庫をカスタマイズし、売り上げを最大限に伸ばしてサプライチェーンの経費を削減してきた。
この分野では、小売業者も技術プロバイダーも専門家も「試してみる」ことが最善だとアドバイスする。
小売店の店員からスタートして今はElixirrのパートナーとなったカリーナ・バン・デン・ウフェル氏は、AIの採用を避けられると思う小売業者は現実から目をそらしていると指摘する。「小売業者が目をそらしているのは、運用業務にばかり気を取られているためだと思う。小売業者がもっと力を入れなければならないのは、ただ実験することだ。ドローン配達はできるのか。ストアロボットは導入できるか。分からなくても、今実験しなければ、永遠に取り残される」
技術エコシステムの利用
このようなシステムは、小売り独自のセールスポイントの中核に位置していることから、小売業者は以前であれば自分たちで構築したいと思ったかもしれない。だが今は技術エコシステムの中で構築すべきときであり、自分たちがその能力を持っているのでない限り、単独でやるべきではないとバン・デン・ウフェル氏は言う。
「小売業者や企業が解決しようとするどんな問題についても、それと同じ問題の解決を試みている新興企業が5社はある。破壊的技術に自分が破壊される前に、それに踏み込んで、未来につながるかもしれないソリューションを見つけることだ」
小さな一歩であれ、大きな飛躍であれ、AIの採用に労力を惜しまない小売業者にとっては、売り上げの増大、顧客に関する理解の深まり、コスト削減といったメリットは明らかに見え始めている。
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