パスの成功率まで予測――サッカーをデータ化して分析するSciSports:ヒントはセガのFootball Manager
セガの「Football Manager」がヒントになって起業されたSciSportsは、サッカーのあらゆる要素をデータ化してディープラーニングを応用して分析。パスの成功率まで予測する。同社の分析が行き着く先とは?
セガのコンピュータゲーム「Football Manager」のコンセプトは現実にも生かせると考えたゲーマーがオランダで起業した。その企業は、やがて2018年のワールドカップでベルギー代表をサポートすることになる。
そして今、2020年夏のUEFA欧州選手権ファイナルに備え、各国のチームはパフォーマンスを最高の状態に仕上げる方法を模索中だ。そこで重要な役割を果たすのがデータだ。
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オランダのテクノロジー企業SciSportsが専門とするのがサッカーデータの分析だ。同社は2018年のワールドカップでベルギー代表を支援して、対戦相手を分析した。同社のCIO(最高情報責任者)を務めるギエルス・ブローウェル氏は次のように語る。「対戦相手の弱点がどこにあるかを知ることは非常に興味深い。弱点が分かれば、対策が可能だ」
だが、監督にとってもっと興味深いのは、自身のチームの弱点を知ることだという。
SciSportsのコンセプトは7年前、オランダのトゥウェンテ大学で誕生した。ブローウェル氏と2人の同級生は、多くのサッカー選手がスカウトの完全な直感で勧誘されていることに気付いた。「もっと効率的にスカウトできると考え、その決定のサポートに使えるデータに注目し始めた」と同氏は話す。
3人の学生がヒントを得たのがコンピュータゲーム「Football Manager」だった。このゲームでは、ゲーマーがサッカークラブのテクニカルディレクターの役割を担い、選手を選んで獲得し、適切な戦術を立てて試合に臨む。「これを現実に生かせると考えた」とブローウェル氏は述べる。
同氏はオランダのFCトゥウェンテのインターンシップに参加し、さまざまなデータセットに基づいて選手や試合の分析を行った後、インダストリアルエンジニアリングの研究を完了した。その後、選手の分析とスカウト戦略の強化にはデータが不可欠になるというビジョンの下、2人の同級生と共に1つのプラットフォームを築き上げた。
SciSportsの「Insight」は、全世界9万人のサッカー選手に関するデータを保持する。このプラットフォームを使えば、クラブや国はチームに最適な選手を非常に効率良く見つけられる。
ブローウェル氏は次のように語る。「例えば、あるクラブがスロベニアで最も才能ある選手を求めているとする。その場合、スカウトは少なくとも2カ月間現地に滞在し、あらゆる種類の試合と選手を観察しなければならない。結果として、多くの選手を目にすることになる。誰もが優れたパフォーマンスを見せる。だが、クラブが求めるレベルには達していないと感じてしまう。当社のデータベースを使えば、求めるレベルに達した選手だけに注目できる。このように焦点を絞れば、効率は大きく高まる」
スカウト、クラブ、国の代表チームは、あらゆる種類の変数を使ってデータベースを検索できるとブローウェル氏は話す。「例えば、スカウトがFCユトレヒトに所属していて、クラース・ヤン・フンテラールに匹敵するストライカーを探しているとする。そこでInsightを使えば、フンテラールと同等の選手を、例えばEU国籍かつ年俸500万ユーロ未満という条件で探すよう検索クエリを設定することができる。すると、この条件に合致する選手をシステムが弾き出す」
Insightを支えるのは、SciSportsがイタリアのデータプロバイダーから購入しているデータだ。このデータプロバイダーは、多数の従業員がこれまで開催されたほぼ全てのプロの試合からデータを手作業で集めている。「同社はいわゆるクリックファームだ。パスを出した場所、クロスの精度、ゴールにつながる動きなどを記録するのは同社の従業員だ」と同氏は話す。
SciSportsはこのデータを土台にアルゴリズムを構築している。そのため、Insightのユーザーは全データを自分でくまなく確認しなくても、簡単に洞察を得ることができる。
「例えば、選手がチームに与える効果やゴールにつながる動作の影響を測るとする。そこで大きな役割を果たすのが機械学習だ。それが全ての基盤となる」(ブローウェル氏)
3年前、1人の機械学習専門家がSciSportsの一員となる。そして今や選手の潜在能力を予測する機械学習チームを結成するまでになっている。この予測システムは、試合中の各パスの効果とチームの得点能力を、システムに蓄えた1億本の同様のパスと比べる。「こうしたパスの何本が最終的にゴールにつながったかを確認できる。そのため、特定のパスがゴールにつながる確率をある程度予測できる」と同氏は話す。
前述の通り、Insightの大量のデータはイタリアのクリックファームから入手していた。さらにブローウェル氏は、2015年にBallJamesという別会社を立ち上げた。同社が提供するのはカメラシステムだ。このシステムは、動画を3Dデータに自動変換し、クリックファームのニーズを減らす。「今のところ、当社にとって完璧な操作性とは言えない。BallJamesはまだ自社のカメラ映像しか利用していないためだ。例えばコロンビアのスタジアムには自社のカメラがない」と同氏は語る。
ディープラーニング
ブローウェル氏によると、BallJamesが使用するディープラーニングは非常に高度な技術だという。「システムは、選手や審判の名前を認識できるだけでなく、ある選手の所属チーム、その選手がピッチ内をどのように動いたか、どうやってスペースを作り出したか、どのように加速するかも把握できる」
この種の情報はサッカーの世界では不可欠だ。これまで成功を判断する基準としては、例えばボール支配率や試合中の選手の総移動距離が重要だと考えられていた。
現在は、データから得る新たな洞察がはるかに多くの情報を提供するようになっており、同氏はこの状況がさらに進化すると確信している。「とはいえ、今後2年のうちに競争においてデータが実際にイノベーションを起こすかどうかは分からない」と同氏は言う。
このように、データはサッカーをより細かく分析できるようにする。だが、試合が徹底的に分析され尽くすというリスクはないのだろうか。同氏はこれに対し「それどころか、全てを分析できるようにするのは非常に素晴らしいことだと考えている」と話す。
同氏は、統計と分析が試合に大きな影響をもたらすバスケットボールと比べながら次のように語る。「サッカーでは選手交代が3人しか認められず、22人の選手がピッチでボールを奪い合う。そして、人間ほど予測できないものはない」
ブローウェル氏は、大量のデータを使いつつ非常に魅力的なサッカーをするクラブとしてリバプールFCを挙げた。「個人的な意見だが、結局のところデータが役立つのは1%程度にすぎない。残り99%はピッチでの情熱、選手がよく眠れたかどうかやその日の気分にかかっている。そうしたことはアルゴリズムでは分からない。そこに試合を分析し尽くすことはないと考える理由がある。だが、関連情報を多く利用できるようになれば状況は変わっていくだろう」
技術がホログラムによる試合を可能にする日が来るだろうと同氏は述べる。「2022年にカタールで開催されるワールドカップのチケットを購入し、Arena UK(訳注:英国の乗馬施設)やGrolsch Veste(訳注:オランダのスタジアム)などのスタジアムでリアルタイムに3D観戦ができればどれほど素晴らしいだろう。技術的には可能だが、リアルタイムで可能になるのはまだ先だ」
この状況も今後数年で変わるとブローウェル氏は期待する。同氏の会社にとっての夢は、チャンピオンズリーグ、欧州選手権、ワールドカップでチームの勝利に貢献することだ。
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