IBMのロードマップで見る、量子コンピュータ実現のステップ:何が課題で、何が実現しているのか
当然ながら、量子コンピューティングを実現するには量子コンピュータとそこで実行するアプリケーションを開発する必要がある。従来型コンピュータとは全く異なるそれらを扱えるようにするIBMの取り組みとは。
IBMが1000量子ビットの量子コンピュータという目標に向かう取り組みの一部を発表した(「IBMが百万超の量子ビットプロセッサ実現のロードマップを公開」参照)。
IBMが示した取り組みの中には、量子アルゴリズムの予備的な結果を研究者が検証できるようにする新たな技法が含まれる。研究者は、この結果を使ってアルゴリズムを継続的に改良できる。これにより量子ソフトウェアは微調整が容易になり、はるかに正確になる。量子プログラマーはより洗練されたアルゴリズムを開発できるようになる。
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ジェリー・チョウ氏(IBM Quantumの量子ハードウェアシステム開発部門ディレクター)によると、IBMは量子コンピューティングに幅広い開発者コミュニティーを引き付けようとしているという。
チョウ氏は、IBMの取り組みには機器の動作を制御するためのベースレイヤーの構築が含まれていると言う。ベースレイヤーは、従来型コンピュータのカーネル開発者が使うAPIにやや似ている。量子の世界では、この基本層は量子ビットの回転や量子コンピュータと従来型コンピュータ間のシームレスなネットワークの構築といった概念を意味する。
IBMの2021年のマイルストーンは、量子コンピュータの低レベルプログラミングを管理するために、量子コンピューティングフレームワーク「Qiskit」、そのツールキット、ランタイムソフトウェアに多くの機能を提供することだ。
次に、パルス制御という考え方がある。「パルス制御は、OSにおけるハードウェア抽象化層に相当する」とチョウ氏は話す。
実際には、開発者が量子ビットを制御するパルスを駆動する。チョウ氏によると、概念的にはマイクロプロセッサのプログラミングをアセンブラで行うのに似ているという。アセンブラは、従来型コンピュータの論理ビットを操作するために機械命令をプロセッサに発行することができる。
同氏によると、量子回路は従来型コンピュータで0と1のビットを扱う際の二値論理演算「AND」「OR」「NAND」(Not And)などのデジタルゲート操作に似ているという。だが、効率良くエンコードされるシンプルなバイナリ演算とは異なり、量子回路は二値論理演算よりもはるかに複雑な演算を実行できるとチョウ氏は話す。
Qiskitの「QASM」(Quantum Assembly Language)は、アセンブラと同じ機能を効率良く実行する。ただし論理ビットを操作する命令ではなく、量子コンピュータで量子ビットを操作する命令を発行する。
「量子回路の方が従来の回路よりも優位だと証明できそうな差異だ」とチョウ氏は話す。IBMは2022年までに量子コンピュータで動的回路を実行できるようにしようとしている。実現すれば実行可能な量子アルゴリズムの範囲や種類が広がると同氏は語る。
IBMのロードマップによると、2022年まで同社がターゲットにするのはカーネル開発者とアルゴリズム開発者だ。カーネル開発者はハードウェアと直接やりとりする量子回路を構築する開発者を指し、アルゴリズム開発者はその回路を使って量子アプリケーションを構築する開発者を指す。
また、IBMは2023年中に構築済みの量子回路のライブラリを提供し、構築済みの量子ランタイムソフトウェアによって抽象化のレベルを上げることを計画している。これにより、開発者は量子ビットの複雑さや予測不能の変化を理解しなくても高級言語で量子アプリケーションを開発できるようになる。
エラー処理
量子コンピューティングの課題の一つに、エラーを起こしやすいという点がある。量子論では、これはノイズが多いと見なされる。メモリチップでエラー訂正が必要なのと同様に、量子コンピューティングでエラーを検出して解決する作業が進められている。
量子コンピューティングのスケーリングにおける最大の問題の一つは、その構成要素である2量子ビットで自然発生するエラーを取り除くことだ。IBMが最近発表したアイデアの中に、エラーを減らす新たな方法が含まれている。これにより、今後数年でより大容量の量子ボリュームを有する機器の実現が容易になるだろう。
チョウ氏によると、IBMは小規模のエラー検出手法を試みているという。これにより、小規模ならば整合性を確保できるコードを開発できる。大規模なエラー訂正コードを実行する新たなアイデアも推進しようとしていると同氏は言う。
「量子インスパイアド」は、量子コンピューティングを主流に押し上げようとする過程で業界が作り出した用語の一つだ。事実、量子コンピューティングのある側面をシミュレーションするというやり方でコンピュータを開発できる。量子インスパイアドアルゴリズムによって、場合によっては従来型コンピュータで実行される他のアプローチよりも効率的に問題を解決できることもある。
チョウ氏によると、実際の量子コンピュータで実行する前に開発者が量子アルゴリズムを検証できるようにしているという。明らかに、従来型コンピュータでシミュレーションするアルゴリズムの複雑さには限界がある。エラー訂正が進化するにつれ、量子コンピュータの結果と従来型コンピュータでシミュレーションした結果が同じかどうかを確認するのは難しくなる可能性がある。
アーキテクチャの問題
量子コンピューティングは以前のコンピューティングモデルとは懸け離れているように思える。だが、業界はさまざまなコンピューティングパラダイムを導入している。GPUが複数の処理コアで並列実行されるコードを作成する方法をもたらしたように、最終的には量子コンピュータも自由に使えるコンピューティングリソースの一つになるとチョウ氏は考えている。
「これはコンピューティングモデルの一つだ。クラウドのハイパフォーマンスコンピューティングで運用されるアプリケーションもあれば、クラウドの量子コンピュータで運用されるアプリケーションもあるだろう」(チョウ氏)
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