ユーザーグループが示した見解
最大半額でも「SAPのクラウド移行」をためらうユーザーの“不安”とは?
SAPがクラウドサービス型ERPへの移行コストを最大50%軽減する施策を発表した。しかし、この大胆な一手がユーザー企業の移行を促すかどうかは不透明だ。その背景に潜む、SAPユーザー企業が抱える“不安”とは。
ERP(統合業務)パッケージベンダーのSAPは、同社製品のユーザー企業に対して、オンプレミスで運用するERPシステムからクラウドサービス型ERP「SAP S/4HANA Cloud」に移行するように促している。そうした中でSAPが直面しているのが、ユーザー企業の「変革疲れ」だ。
調査会社Gartnerによると、2024年の世界におけるIT分野での支出は、前年比で6.8%増加する見通しだ。その一方、「企業の最高情報責任者(CIO)は変革疲れに悩んでおり、契約の遅延や長期的な取り組みの停滞につながっている」との見解を示す。
こうした状況の中、SAPは2024年1月、ユーザー企業に対し、クラウドサービスへの移行にかかるコストを最大で従来の50%削減する施策を発表した。2024年末までに、ERPのクラウドサービス移行を支援するサービス群「RISE with SAP」「GROW with SAP」を導入するユーザー企業が対象だ。しかし、この割引がユーザー企業の意思決定を促すかどうかは不透明だ。ユーザー企業が恐れていることとは何か。
慎重にならざるを得ない“不安要素”
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クラウドERPの導入事例
オンプレミスシステムからクラウドサービスへの移行に取り組むようにユーザー企業を説得することが、SAPにとって課題なのは間違いない。とはいえ直近の同社の業績を見ると、移行は進んではいる。同社の2023年度通期業績は、クラウドサービス領域の売上高が前年比で20%増加した。同年度第4四半期(10~12月)には前年比25%増を記録した。
SAPの英国担当マネージングディレクターであるライアン・ポッジ氏によると、2023年には以下の著名企業がRISE with SAPの導入に乗り出した。こうした著名企業がRISE with SAPの契約を結んだことで、「なぜクラウドサービスに移行すべきなのか」という問い掛けを他のユーザー企業にも広めやすくなると同社は考える。
- ドラッグストアチェーンを手掛けるBoots UK
- 百貨店を展開するHarrods
- たばこの製造・販売メーカーBritish American Tobacco
- 小売業者のMarks&Spencer
- 携帯電話事業者のVodafone Group
「2024年は幾つかの重大発表で幕を開けた」とポッジ氏は続ける。同氏は前述した移行コストを軽減する施策を挙げ、「この施策を通じて、オンプレミスシステムでSAPのERP製品を運用するユーザー企業のクラウドサービス移行を促すことを目指す」と話す。
ポッジ氏によると、クラウドサービス型ERPを利用するユーザー企業のみが、今後SAPの先進的な機能を継続的に利用できるようになる。
これに対して、ドイツのSAPユーザーグループは同社がクラウドサービスのみで利用できる機能を強化する方針を非難している。英国とアイルランドのSAPユーザーグループでバイスプレジデントを務めるコナー・ライアダン氏は、英Computer Weeklyの取材に対して次のように答えた。「今後も先進的な機能を享受できるかどうかという点を含め、SAPがクラウドファースト戦略を取るようになったことで、ユーザー企業は同社の製品ロードマップや機能導入のタイミングを予測できなくなった」
SAPユーザーグループが恐れているのはベンダーロックインだ。特にオンプレミスのERPシステムをカスタマイズしながら運用し続けてきたユーザー企業にとって、クラウドサービスへの移行は大掛かりな取り組みになる。
調査会社Forrester Researchでバイスプレジデント兼主席アナリストを務めるリズ・ハーバート氏は「クラウドサービス型ERPへの移行が進んでいるとはいっても、大企業の場合は数千万ドル、数億ドルという移行コストがかかる可能性がある」と話す。ハーバート氏によると、一部のユーザー企業はSAP S/4HANAのクラウドサービスにメリットがあることを理解しながらも、将来のERPシステムとして何を採用するのかを慎重に検討している。
「中には、主要拠点でコアERPシステムとしてSAP S/4HANAを利用し、他の拠点にはSaaS(Software as a Service)を導入する『2層ERPモデル』や、複数のSaaSを併用してSAP S/4HANAに不足している機能を補強する『マルチベンダー』に移行しつつあるユーザー企業もある」(ハーバート氏)
ハーバート氏は「SaaSへの移行を進めるユーザー企業は、ユーザーエクスペリエンス(UX)の改善、アジリティー(俊敏性)の向上、人工知能(AI)技術の活用などイノベーションの強化を目指している」と補足する。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が流行して以降、アジリティーやレジリエンス(回復力)という言葉が飛び交っている状況だ。そうした中、ユーザー企業は様子見をしながら、選択肢を慎重に判断している。
大手ITベンダー製品の導入・運用を支援するSpinnaker SupportのEMEA(欧州、中東、アフリカ)担当営業責任者を務めるジョン・ジル氏は、英Computer Weeklyに寄稿した記事で、「SAPが発するメッセージはあいまいだ」と述べた。こうしたあいまいさが、「クラウドサービスへのイノベーティブな機能追加を優先することは、オンプレミスシステムで同社のERP製品を運用しているユーザー企業を置き去りにする」という認識を生んでいるという。「SAPのメッセージは、ユーザー企業が技術上の意思決定を自律的に下すことの重要性を浮き彫りにしている」ともジル氏は語った。
市場にはSAP以外のクラウドサービス型ERPも存在する。移行コストを最大50%軽減するというSAPの大胆な戦略は、“期待通り”の結果を生み出すだろうか。
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