SAPに“生殺与奪の権”を握られてはいけない──ERP専門家の提言とは?:ユーザー企業が強いられる“代償”
クラウド型ERPへの移行を推進するSAPの取り組みは、一部のユーザー企業に恩恵をもたらす一方、“代償”を強いているとERP専門家の筆者は指摘する。何が問題なのか。
本記事は、調査会社Freeform DynamicsのCEO兼アナリストを務めるデイル・バイル氏が執筆した寄稿を基にしたものだ。バイル氏はERPベンダーSAP、ソフトウェアベンダーSybase、通信・ネットワーク事業者Nortel Networksなどに務めた経歴を持つ。
1990年代後半、SAPに勤務していた筆者は「ユーザー企業はERP(統合基幹業務システム)を常に最新のバージョンに保つべきだ」と信じていた。最新機能を利用できること、ベンダーから継続的なサポートを受けられること、将来的にアップグレードが必要になっても焦らなくて済むことなどが理由だ。
一部のユーザー企業はこうした考え方を受け入れ、新しいバージョンが発表されたタイミングで移行したり、自社にとって適切なタイミングで移行したりしていた。一方、絶対に必要になるまで移行を拒み続けるユーザー企業もあった。移行するには業務を止めなければならず、コストやリスクも発生するため、「価値が見合わない」と判断したユーザー企業は現状維持を選んだ。
SAPがユーザー企業に強いる“代償”とは?
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SAPの2027年問題への対処法
最近、ERPの専門家であるスコット・ヘイズ氏と意見を交わす機会があった。ヘイズ氏と話すうちに、筆者の過去の経験が鮮明によみがえってきた。
2019年までERPベンダーEpicor Software Corporationに勤務していたヘイズ氏は、アップグレードを促すベンダーとそれに反発するユーザー企業の状況に精通した人物だ。現在はSAPを含むERPの導入や運用をサポートするサードパーティーベンダーRimini Streetの製品マーケティング担当シニアディレクターを務めている。
現在、ERPの市場で何が起きているのか──。意見を交わす前、われわれは自身の考えに確信が持てなかったが、話をしてみると互いの見解は一致していることが分かった。
その一つは、SAPの株主重視の姿勢が以前にも増して顕著になり、安定した年間経常収益(ARR)のために、ユーザー企業の利益が犠牲にされがちだということだ。
ヘイズ氏は次のように指摘している。「SAPはクラウドサービス型のサブスクリプションモデルを積極的に推進している。このモデルは、参入障壁が低く撤退しやすい、比較的小規模でシンプルなアプリケーションには適している。しかしユーザー企業のビジネスに深く入り込むような、大規模で複雑なソフトウェアスイートに採用することは危険だ」
ヘイズ氏のコメントは、SAPのクラウド型ERPへの移行支援サービス群「RISE with SAP」や「GROW with SAP」を指している。これらは、プロセスマイニング(システムからログを収集して分析することで業務プロセスを改善する手法)ツール、ERPの保守サポートなどを含むサブスクリプション型のサービスだ。
SAPは、クラウド型のサブスクリプションモデルの中核として、アプリケーション開発基盤「SAP Business Technology Platform」(SAP BTP)も提供している。これは、ユーザー企業が導入しているSAPのERPにアプリケーションを追加するためのものだ。
このような包括的なサービスは、一部のユーザー企業には魅力的だ。システムの運用、監視、セキュリティ確保などの負担を軽減できるためだ。SAPのシステムを複数運用し、時間の経過とともにアップデートやカスタマイズが必要となったユーザー企業は、こうしたサービスの契約を締結すれば課題を解消できる。
しかし、それには代償が伴う。ヘイズ氏は次のように指摘する。「契約を締結すると、ユーザー企業は実質、IT戦略とロードマップを管理する権利を失うことになる。自社のビジネスに適したペースで、望む方向にシステムを進化させられなくなり、SAPがその決定権を握ることになる」
意見として聞かれるのは、SAPがサブスクリプション型のサービスを提供すること自体は問題ではなく、そのサービスを拡販するために“あめ”より“むち”を使うということだ。SAP製品の永久ライセンスを購入したユーザー企業に対する将来のサポートについて、SAPはその内容を吟味しているように見える。ヘイズ氏は「SAPの販売パートナーの報酬体系が、ユーザー企業に永久ライセンスを放棄させ、サブスクリプション契約を勧めることを助長していると思われる」と指摘する。
主導権を手放す必要はない
良いニュースは、SAPが提供する製品を「単に受け入れる」以外の選択肢が存在することだ。最新のソフトウェアへの移行の準備や意思がないユーザー企業に対し、システムの維持を支援するサードパーティーベンダーもある。
ヘイズ氏は次のように説明する。「メジャーバージョンにアップグレードするかどうかの判断を棚上げすることで、ユーザー企業は現状のシステムを最適化し、自社のペースでモダナイゼーション(最新化)の計画を立てる余裕を得られる。サードパーティーベンダーは、トラブルシューティング、ユーザー企業の状況に応じたサポート、既存のSAPのERPを維持するために必要な人材の確保といった質の高いサービスを提供できる」
筆者は“質の高いサービスの提供”というヘイズ氏の主張を保証することはできないが、サードパーティーベンダーの実績は十分にあると考えている。特に、自社のERPをカスタマイズしたユーザー企業各社の状況に沿ったサポートは支持されている。
レガシーなシステムを維持できるサポート体制を整えることは、高度なスキルを持つ人材の有無に起因する問題の回避にもつながる。問題は、SAPが2027年、従来製品の保守サポートを終了することだ。このことはユーザー企業に移行を強制させるだけでなく、スキルを有する人材の需要増大を引き起こし、人材不足とコスト増大につながる可能性がある。
ヘイズ氏は「熟練したSAPのコンサルタントは2027年の期限をビジネスチャンスと捉えている」と話す。同氏は「このような混乱期に高額な人件費を必要とする人材を探し、システムを維持する必要があるのか」と問い、サードパーティーベンダーによるサポートを勧める。
「コンポーザブルERP」の登場
しかし、レガシーシステムの維持は一つの選択肢に過ぎない。時間が経過すると、新しい要件が発生する。
近年、ユーザー企業が目的に合わせてさまざまな機能を組み合わせる「コンポーザブルERP」という概念が登場した。オープンAPI(アプリケーションプログラミングインタフェース)を使用し、個々のアプリケーションの間でデータの整合性を維持することが可能だ。SAP製ERPの機能とそれ以外のベンダーが提供する機能を、ユーザー企業のニーズに応じて組み合わせて利用できる。
ヘイズ氏は「もはや、基幹となるERPベンダーから人事機能、分析機能、人工知能(AI)機能を調達する必要はない」と述べる。「異なるベンダーから調達したアプリケーションを組み合わせ、調和的に動作するシステムを構築することが可能になった。異なるベンダーのアプリケーション間でデータの整合性に注意を払えば、より柔軟に機能を使うことができる」(ヘイズ氏)
ヘイズ氏は「重要なのは、アプリケーション同士の連携とデータ管理の中枢となる堅牢(けんろう)なシステムを構築することだ」と言い添える。「ユーザー企業はオープンなシステムを構築することで、特定のベンダーに都合がよいものではなく、自社の都合に基づいてイノベーションを起こせる。ベンダーロックイン(特定ベンダーから別のベンダーへの移行が困難になること)に陥るか、自社の運命を自分でコントロールできるかの違いだ」(ヘイズ氏)
SAPだけの問題ではない
公平を期すために付け加えると、早期のアップグレードや事実上のベンダーロックインとなるサブスクリプション契約への移行を促しているのは、SAPだけではない。われわれの聞き取り調査では、IT部門の幹部はITベンダーによる利己的な慣習に不満を抱いている。とはいえ、一部のユーザー企業はこうしたベンダーの営業戦略を見抜いている。
筆者が長年の経験で学んだ重要な原則の一つは、いかなるベンダーにも自社のアジェンダやスケジュールの決定権を握られてはならないということだ。真に重要なのは自社のビジネス要件と優先事項だ。それらが最優先されなければならない。
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