生成AIで情報検索を変える「RAG構築」のポイント――LangChainか、専用DBか:「RAG」をPoCで終わらせない
生成AIの登場によって、従来の社内文書検索ではできなかったことが可能になった。社内文書検索のためのRAG構築に向け、LangChainやベクトルデータベース専用製品を選定するためのポイントを解説する。
ファイルサーバや社内Wiki、全文検索エンジンなどが担ってきた社内の文書検索は、生成AIの導入で状況が一変している。「RAG」(Retrieval-Augmented Generation)によって、文書群から直接答えを得ることが可能になった。これは従来のキーワードマッチ型検索(入力したキーワードと一致する語句を探す仕組み)ではできなかったことだ。
RAGは、外部の知識ベースから必要な情報を取得し、それを基に生成AIが自然言語で回答を返す仕組みだ。内部情報活用の強力な手段となり得るものだが、情報システム部門などの導入を検討する現場は、RAG構築の技術的選択肢の多さと、評価基準の難しさに直面している。現場からはしばしば以下の声が上がる。
- 生成AIアプリケーション構築用フレームワーク「LangChain」で自作すべきか、それともベクトルデータベース専用製品を使うべきか
- 検索精度とコスト、どちらを優先すべきか
- 運用保守の負荷をどの時点で見積もるべきか
本稿では、こうした課題を整理し、選定のための評価軸を提示する。
RAG構築の基本と選定ポイント
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RAG構築に向けた基礎知識
RAGは大きく、情報取得を担うリトリーバー(Retriever)と、回答を生成するLLM(大規模言語モデル)の2つで構成される。このリトリーバーの中核がベクトルデータベースであり、検索精度やレスポンス性能を左右する重要な要素だ。
LangChainは、このリトリーバーを含むアプリケーションロジック全体を組み立てるためのオープンソースフレームワークであり、任意のベクトルデータベースや外部API(アプリケーションプログラミングインタフェース)と接続できる。一方、ベクトルデータベース専用製品はストレージ、検索、スケーリング、運用監視などの機能を統合して提供し、LangChainを介さずにRAGを構築できる。
情報システム部門が選定する際の主要なポイントは、以下の3つに集約される。
- 検索精度と多言語対応
- 自社の情報資産が単一言語か多言語か
- スケーラビリティと性能
- ユーザー規模、アクセス頻度、応答速度要件を満たせるかどうか
- 運用負荷とセキュリティ要件
- 日次メンテナンスや監査証跡対応を誰がどこまで担うか
LangChainの特徴と選びどころ
LangChainは自由度が高く、データ取得からプロンプト生成、応答整形まで細かく制御できる。豊富なモジュール群により、異なるベクトルデータベースやLLMを組み合わせて試行でき、PoC(概念実証)段階での迅速な検証に向く。その主なメリットとデメリットは以下の通り。
- メリット
- 外部APIや既存システムとの統合が容易
- 実装レベルで細かなチューニングが可能
- OSS(オープンソースソフトウェア)であり、ライセンスコストが不要
- デメリット
- 実装者のスキルに依存し属人化しやすい
- アップデート追従や依存ライブラリ管理の負荷
- 運用設計をゼロから構築する必要がある
ベクトルデータベース専用製品
以降ではベクトルデータベース専用製品として「Pinecone」「Weaviate」「Qdrant」「Chroma」「Milvus」の5製品を紹介する。
- Pinecone
- マネージドサービスでスケーラビリティに優れ、大規模利用向け
- Weaviate
- GraphQL APIによるメタデータ検索が強み
- Qdrant
- 軽量で自社ホスティング容易、低コスト
- Chroma
- LangChainとの親和性が高く、小規模PoC向け
- Milvus
- オンプレミス、クラウドサービス両対応で大規模データ処理が強み
導入工数が短く、テストから本番までスムーズに移行できるのは、マネージド型のPineconeやWeaviateだ。一方、QdrantやMilvusの自社ホスティングは初期構築の負荷が高いが、長期的にはコストメリットが出る場合がある。
日次メンテナンスの負荷はマネージド型が圧倒的に低く、監視・障害対応もベンダー側で担保される。セキュリティ要件が厳しい場合は、オンプレミス運用が可能なMilvusやQdrantが候補になる。
PoC段階での評価項目と注意点
PoCでは以下の指標を計測するようにしよう。
- 検索精度
- Recall(再現率):本来ヒットすべきもののうち、実際にヒットした割合
- Precision(適合率):ヒットしたもののうち、正しくヒットした割合
- 応答速度
- P95レイテンシ:全リクエストのうち、95%がこの時間以内に処理されたことを示す
- P99レイテンシ:全リクエストのうち、99%がこの時間以内に処理されたことを示す
PoCの成功は本番環境での適合を保証するものではない。本番ではデータ更新の自動化、負荷試験、権限管理、監査ログ取得など、追加要件が必ず発生する。PoC時にこれらを軽視すると、運用移行時に大幅な設計変更が必要になるため注意が必要だ。
情シス部門が最適なRAG基盤を選ぶために
RAGツールの選定は、機能比較だけではなく、自社の情報構造、ユーザー規模、将来の拡張計画、情報システム部門が担える運用範囲との整合が重要だ。適切なPoC計画や選定マトリックスの作成、長期運用を見据えたアーキテクチャ選択によって、情報システム部門は無駄のないRAG基盤を構築し、社内の情報活用レベルを一段引き上げることができる。
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