生成AI導入はまず「従業員教育」から──キヤノンUSA、全社推進の舞台裏:データプライバシーとイノベーションの両立も課題
生成AIツールを導入しても、全従業員が前向きにツールを活用し、成果を上げるようになるとは限らない。従業員を巻き込んで、生成AIの導入や成果の創出に取り組む企業の事例を紹介する。
生成AI(AI:人工知能)の普及が企業の業務を大きく変えつつある中、その導入を成功させるためには、単に技術を導入するだけでは不十分だ。キヤノンの米国拠点であるCanon USAは、「AI委員会」を設立した。水平軸と垂直軸の2軸で生成AIの導入や普及を支える戦略も展開している。この取り組みを主導するのは、Canon USAでデジタルアプリケーション部門を統括するマイケル・レブロン氏だ。
Canon USAの生成AI戦略 その詳細は
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AI委員会は、法務、財務、マーケティング、サービスといった事業部門や、社内IT部門など、Canon USAの全部門の代表者で構成されている。
レブロン氏によると、AI委員会を設立したことで、事業部門とIT部門の間に双方向のコミュニケーションが生まれたという。同委員会は、組織全体を生成AI活用に向けて活性化させ、AI技術の知識を全社に広める「AIの民主化」を目的としている。毎月開催する委員会では、「生成AIの利用とコンプライアンス」といったテーマから、生成AI利活用の可能性、個別のアイデアまで幅広く議論する。
Canon USAは、水平軸と垂直軸の2軸の戦略に基づいて生成AIの利用活性化を進めている。水平戦略では、全従業員への教育を通じた生成AIの知識の普及を推進している。垂直戦略では、各部門の業務特性に合わせた生成AIの活用を進めるため、部門のニーズに応じた技術の導入やアプローチの設計を遂行中だ。
具体的な取り組みは?
どの生成AIツールや技術を導入するかよりも、従業員に対する研修が成果を生んだとレブロン氏は語る。同氏によると、Canon USAには、生成AIの利用に不安を持つ従業員も存在した。そこで水平戦略の取り組みとして、従業員の不安を和らげ、生成AIの利用を促進するために、研修を通じて生成AIの基礎的な情報の共有やリスクの解説をすることから始めたという。
研修では、プロンプトエンジニアリング(AIモデルへの指示文を作成するための技術)といった、実用的な内容も取り上げるようになった。Canon USAは、MicrosoftのAIアシスタント機能「Microsoft Copilot」やGoogleの生成AIモデル「Gemini」を組み込んだオフィススイート「Google Workspace with Gemini」など、日常業務で使える生成AIツールの活用も支援している。
垂直戦略では、電話対応の労力削減と顧客満足度の向上を視野に、カスタマーサービスや販売部門で生成AIチャットbotの導入を進めている。サイバー犯罪者が生成AIを悪用して、企業の防御態勢を操作したり突破したりする手口といった、セキュリティ領域の知見の理解も深まりつつあるとレブロン氏は説明する。
データプライバシーの保護とイノベーションの両立は?
Canon USAは、生成AIの安全性を確保しつつ、従業員の探求も奨励する規定を設けている。生成AIツールの利用に当たっては、事前にセキュリティ部門やコンプライアンス部門の承認が必要だ。新規導入を検討している生成AIツールについては、別途審査を受ける仕組みだ。
ただし、「ChatGPT」や「Claude」など、一般的に利用されている生成AIツールについては、条件付きでの利用を認める規定となっている。利用に当たっては、上長の承認と指定の研修を受講する必要がある。
従業員のスキル強化の取り組みは?
Canon USAは多層的な教育体制を整備している。イントラネットでアンケートを実施し、従業員の関心や課題を把握する。その結果を踏まえ、生成AIの規定を周知するといった情報発信を進めている。
プロンプトエンジニアリングなどの一般的な内容の研修の他、財務やカスタマーサポートなど特定部門向けに個別の研修も実施している。
レブロン氏が、「最も成功している」と評する取り組みが社内イベント「AI Unplugged」だ。これは隔週で生成AIの専門家が開催する1時間のイベントで、毎回400〜500人が参加する。外部講師を招いたり、従業員が事例紹介や質疑応答を担ったりするなど、従業員が実践的な知識を得られる場になっている。
生成AI推進を拡張する場面での課題は?
課題の1つ目は、生成AIの活用が社内における優先課題として扱われにくいことだ。生成AIを担当する専任の体制を構築できていないため、生成AIへの注力は期待ほどには進んでいない。
2つ目の課題はデータの品質だ。顧客向けのEコマース(EC:電子商取引)サイトに生成AIチャットbotを実装した際、生成AIチャットbotが競合他社の製品を推奨する結果を生成した。その原因は大規模言語モデル(LLM)ではなく、社内データの構造にあった。これを受けて、Canon USAはデータ品質改善プロジェクトを立ち上げ、問題の根本解決に取り組んでいる。
最大の教訓は?
最大の教訓は「リソースの集中」だ。生成AIの導入が重要であると口にするだけでは不十分だ。生成AIの導入と運用を担う専門の人材と十分な予算を確保しなければ、導入のスピードとスケールを両立することはできない。
生成AIツールの導入よりも先に、組織全体でAI技術に対する理解を深める必要がある。教育によって知識の格差を解消してから、個別の活用や技術に着手すべきだったとレブロン氏は振り返る。
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