サポート切れの「SAP ECC」から脱却する3つの道:「S/4HANA」への移行方法に“唯一の解”はない
SAP ECCのサポートが2027年末に終了するため、ユーザー企業はERPシステムの更新を迫られている。既にSAP S/4HANA Cloudに移行を進める企業は、どのようにシステムの刷新に取り組んでいるのか。3社の事例を紹介する。
SAPは、同社のERP(統合基幹業務システム)製品「Enterprise Core Components」(ECC)のサポートを2027年に終了する。2026年を迎え、SAPユーザーは目前に迫ったサポート終了期限を見据えながら、最新バージョンのエンタープライズシステムへの刷新を進めている。老朽化したSAPベースのERPシステムのソフトウェアサポートを延長する企業もあれば、このサポート終了をSAP ERP戦略を抜本的に見直す好機と捉える企業もある。
調査会社Forrester Researchのシニアアナリストであるアクシャラ・ロペス氏は、2025年8月に公開したブログ投稿の中で、ECCのサポート終了に対する最適な選択肢は、企業の業務の複雑さや予算、リスク許容度によって判断が難しくなると指摘している。SAPは「SAP Business Suite 7」(ECCを含む)に対して、2030年末まで延長保守を提供している。しかしこのオプションを利用するには、通常の保守費用に加えて追加コストが発生する。ECCの延長サポートはあくまで一時的な措置であり、移行計画の策定と実行に時間を要する企業を支援するためのサービスだ。
ユーザー企業はサードパーティーの保守サービスプロバイダーを通じてサポートを延長するという選択肢もある。ただしこの場合、SAPが提供する最新のソフトウェア修正プログラムを利用できなくなる点には注意が必要だ。ただしSAPは2027年以降、ECCに対する追加アップデートを計画していない。追加のセキュリティ対策を講じる必要があるITリーダーにとっては、サードパーティーの保守サービスが安定した基幹システムを維持する手段となり得る。
SAPユーザーはサポート終了後も引き続きSAP製品を選択する傾向にある。SAP自身も、ECCから同社のクラウドERP製品「SAP S/4HANA Cloud」への移行を強く促している。ロペス氏によると、SAP S/4HANA Cloudへの移行は、既存のSAP ERPを技術的にコンバージョンする方法と、一から導入し直す方法、必要なデータのみを移行する「選択的データ移行」という3つのアプローチによって実現できるという。
ECCのサポート終了に備え、ユーザー企業はどのようにERP製品の移行を進めているのか。3社の事例を紹介する。
Twinings:カスタマイズをしないS/4HANAでシステムを刷新した理由
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SAP ECCの“2027年問題”
飲料メーカーのTwiningsは、ECCを引き継がず新しくSAP S/4HANA Cloudを構築する、「グリーンフィールド型」のアプローチを採用した。
英国とアイルランドのSAPのユーザーグループ「UK & Ireland SAP User Group」(UKISUG)が2025年12月に開催したカンファレンスの基調講演で、Twiningsのグローバル最高変革・技術責任者(CTTO)であるサンディープ・シーリパット氏が、レガシーERPでは実現できない事業価値を得ることを目的とした、システム刷新の背景を語った。
「移行先として検討しているERPシステムがイノベーションを加速させないのであれば、なぜ移行する必要があるのか」。同氏はそう参加者に問いかけながら、クラウド移行支援サービス群「RISE with SAP」を導入し、必要最小限のカスタマイズにとどめた同社の取り組みを説明した。
Twiningsにとって、新しいERPを導入しつつ従来システムと同じ機能を提供する「ブラウンフィールド型」の移行手法は選択肢にならなかった。シーリパット氏は、自社製品の品質や顧客体験をさらに向上させられるERPシステムへ移行したかったと話す。
同社は移行プロジェクトで、10種類に及ぶERPシステムを標準化し、高品質なデータを用いて安全に運用できるインフラを構築した。
Twiningsは複数国の拠点で、RISE with SAPの標準実装を採用した。「最も誇りに思っているのは、システム全体でカスタマイズが2件しかないことだ」とシーリパット氏は語る。
SAPのリーダーは、プロジェクトに影響を及ぼし得る“拒否権”を誰が持っているのかを、明確にしておく必要があるという。「問題が起きたとき、最終的な判断を下すのは誰なのかを定めなければならない」と同氏は付け加える。
QD Group:ECCを土台にした移行
英国でQD Storeを展開する小売業のQD Commercial Group Holdings(QD Group)はまず、ECCで提供されていた機能をそのまま再現するブラウンフィールド型の移行に着手した。
QD GroupのSAPオペレーションマネジャーのサイモン・ベーコン氏は、SAPのアプリケーション群「SAP Fiori」の開発や導入を含むSAP製品の日常運用を統括している。直近では、2025年に実施されたS/4HANA移行プロジェクトの責任者を務めた。「私たちはいくつかの大きな目標を掲げた。中でも最も重要だったのは、ビジネスを止めないことだ」と同氏は振り返る。
Twiningsとは異なり、QD Groupではカスタマイズを一切行わないSAP導入が現実的ではなかった。「ERPシステムのダウンタイムや移行後の利用方法についての従業員教育、変更管理の負担を極力抑えたかった。標準SAPをそのまま導入すれば、変更管理の面で事業に大きな影響が出ていただろう」とベーコン氏は振り返る。
こうした背景から、同社はブラウンフィールド型の移行を選択した。これにより本稼働後に業務ユーザーが目にする画面や操作感は従来とほぼ同じでありながら、基盤となるERPは刷新されているという状態を実現した。
「本稼働の後にすぐ、システム変革のためのロードマップを策定することも重要な目標の一つだった」とベーコン氏は語る。
初期導入から3週間後の時点で、問題は発生しなかったという。「スケジュール通り予算内でシステム移行が完了し、インシデントもなかった」とベーコン氏は言う。
QD Groupは、2026年に達成すべき10個の戦略的目標を定めている。その中には、ユーザーインタフェース(UI)のモダナイゼーションや、S/4HANAやSAP Fioriアプリケーションの活用が含まれる。「ERPシステムの移行は、見栄えを良くするためだけではなく、ビジネスで明確な成果を得ることに焦点を当てている」とベーコン氏は強調した。
以前からQD Groupは、品物の在庫水準が一定の閾値を下回った時点で発注する「発注点方式」で在庫管理をしている。この方式の場合、ERPシステムの在庫予測機能は利用しない。S/4HANAは予測機能も利用可能だが、導入には業務プロセスの大幅な変更が伴う。「事業部門の全面的な理解と支援がなければ、補充方法を根本から変えることは承認されないだろう」とベーコン氏は語る。移行プロジェクトの第一段階として、同社は品物の補充プロセスの変更を進めている。
在庫補充や需要予測にAIエージェントを利用する企業も登場しているが、QD Groupではまだ導入段階には至っていない。そのためベーコン氏とチームは、SAPが提供する最新機能に飛びつくのではなく、まずは従来のECCの機能をそのままS/4HANAに移行する形でシステムを整備し、段階的にモダナイゼーションを進めるというアプローチを取っている。「需要予測と在庫補充のためのシステムが整い、十分に検証され、信頼できるものになれば、S/4HANAの新しい機能を本格的に活用できるようになる。次の段階では、AI活用も視野に入ってくる」
Imperial Brands:ERPシステムの分断とデータのサイロ化の解消
たばこメーカーのImperial Brandsは、ERPシステムの更新の際に、データの整備が不可欠だった。
買収を通じて成長したImperial Brandsは、完全な連携ができていない約50種類のERPシステムを抱えていた。Imperial Brandsは、これらのレガシーERPを単一のS/4HANAサーバに統合することを目指した。同社でデータ活用を率いるグンナー・グラスネック氏は、UKISUGのカンファレンスで収録されたポッドキャストの中で、リアルタイム分析ツール「SAP Analytics Cloud」の導入に注力していると語っている。同氏はS/4HANA移行のために、各拠点のエンドユーザーと連携しながらレガシーデータのクレンジングとマッピングを進めた。
Imperial BrandsのS/4HANA移行は、2022年に「Unify」と呼ばれる全社的な取り組みとして始まった。最初の導入先として選ばれたのは、英国とポーランドにある主要製造拠点の2カ所だ。なぜ始めに影響の小さい部門ではなく、こうした重要拠点を選んだのかという問いに対し、グラスネック氏は次のように説明する。「私たちの目標は、グローバルなテンプレートを設計することだった。生産ラインが2、3本しかない単純な工場や、規模の小さい市場から始めてしまうと、他の市場や工場に展開できるグローバル基準の成熟したテンプレートを構築することができない」
Unifyプロジェクトチームは、レガシーシステムや各拠点のプロセスに精通した事業部門の従業員と、プロセスの最適化、標準化を推進する強い意志を持つ従業員で構成されており、システムインテグレーターが提供するS/4HANAの外部専門家が協働している。
グラスネック氏は、プロジェクトのオーナーシップは事業部門が持つと定めた、強固なガバナンス体制を構築したと話す。データ移行はまず、各地域の担当チームにプロジェクトの進め方を説明し、レガシーデータのプロファイリングや必要な作業内容を明確にするところから始まった。「これによりレガシーデータを正しく理解できるようになった。現地の事業部門がデータのクレンジングとマッピングを実行し、その成果を文書化して、当社のパートナー企業であるSynitiに引き渡すことができた」とグラスネック氏は語る。
データのプロファイリングとクレンジングは、Imperial BrandsのS/4HANA導入成功の重要な要因だった。これは事業部門の人材が自らのデータに責任を持つことを意味するが、グラスネック氏によれば、これこそがプロジェクトで最も困難な部分だったという。「データ文化が根付いていない組織では、データオーナーシップという考え方を実装するのは非常に難しい」と同氏は付け加える。
2026年のECC移行戦略
ここまで紹介した3つの事例が示しているように、あらゆる企業に当てはまるS/4HANA導入の「万能解」は存在しない。最もシンプルな方法は、S/4HANAのカスタマイズをせず、新しいシステムをそのまま稼働させることだ。このアプローチはSAPの最新機能を最大限に活用できる一方で、業務の進め方そのものを変更する必要が生じる。
このため一部のユーザー企業は、置き換え前のシステムと同等の機能を提供するために、カスタマイズされた新システムを導入している。この方法は、新たな事業成果を生み出す可能性は限定的だが、導入作業を簡素化でき、変更管理の負担が抑えられる。このアプローチを取るITリーダーには、S/4HANAの特徴を生かすために、新しい機能を段階的に追加する戦略が求められる。
第3の選択肢は「ブルーフィールド」と呼ばれる導入形態だ。これはERPシステムをS/4HANAに移行させた後、必要なデータのみを選択的に新システムに移行する手法だ。これにより、変更管理の負荷を抑えられる可能性がある。2027年に予定されているSAP ECCのサポート終了を見据えると、2026年にS/4HANA導入に着手するユーザー企業は、これら3つの戦略のいずれかを採用することになるだろう。
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