検索
特集/連載

SlackやSalesforceで「名ばかりの担当者」が増殖? 説明責任が消滅する理由気付いたら責任者がいない状態に

基幹システムやコラボレーションツールの活用は業務効率を上げる一方、「システム上は終わっている」という思い込みを植え付ける。その結果、誰も結果に責任を持たない状況が生まれてしまう。負の連鎖を止めるには。

Share
Tweet
LINE
Hatena

関連キーワード

ERP | 業務効率 | 在宅勤務


 ハイブリッドワークは従業員の勤務場所で定義するものではない。どのように業務をこなし、誰が責任を持ち、問題が発生したときにどう対処するかを決める運用モデルだ。企業はこのうち最初の観点については慎重に判断するが、残りの2つは放置しがちだ。その結果、日々の業務やプロジェクトの成否に対する説明責任が曖昧なままになっている。

 ログ分析システムベンダーSplunkでAI(人工知能)技術の元プロダクトマネジャーであるサヤリ・パティル氏は、次のように指摘する。「オフィス内外のメンバーが混在する分散型の企業で最も目立つのは、担当の曖昧さだ。これは経営層が割り当てた仕事と、システム上の記録の間にあるずれが原因で生じる」

 この状況の放置は危険だが、そうなってしまう背景は理解できる。システムはあくまで、「ある処理が終わったら次の工程にタスクを送る」といった作業の手順を機械的にリレーするために設計されているだけで、その業務の最終的な結果に責任を持つ「真のオーナー」を指名する仕組みにはなっていないからだ。

 企業が利用しているCRM(顧客関係管理)システムやERP(統合基幹業務)パッケージ、コラボレーションツールなどのソフトウェアは設計上、事業部門や地域、企業の壁を越えて機能するように設計されている。しかし、システム上で部署間が「つながっている」状態は、単にデータがやりとりされているだけであり、その業務の境界線において人間が明確な「説明責任」を引き受けていることを意味するわけではない。ハイブリッドワークの運用モデルでは、この2つの違いによってリスクが蓄積し、監査証跡が薄れ、「誰が成果の責任を持つのか」という問いに対する明確な答えが失われてしまう。

 この「名ばかりの連携」が引き起こす説明責任の欠如は、ある日突然、大きな破綻を招くわけではない。現場の至る所で静かに進行し、経営層が気付かないうちに企業をむしばんでいく。以下では現場に表れる危険な「兆候」、失われた「当事者意識と実行責任」を取り戻すための具体的な解決策を明らかにする。

問題の兆候を見抜くには

 従業員の業務プロセスの分析サービスを提供するSkan.aiで共同創業者兼CPO(最高製品責任者)およびCOO(最高執行責任者)を務めるマニッシュ・ガルグ氏は、「CRMなどの基幹システムに記録されるのは完了したタスクだけだ」と語る。この状態ではシステム同士が自動連携していないため、人間が手入力をするといった「橋渡し役」をさせられることになる。

 「システムで強制された手順は作業の追跡を容易にするが、例外的な処理を想定できず、想定外の事態に現場が身動きを取れなくなる事態を招く。手順をなぞるだけの表面的な『名ばかりの担当者』を生むのだ」(ガルグ氏)

 現代の一般的な企業は、地理的に分散したチームやマルチクラウドインフラを採用している。CRMシステムやERPパッケージといった基幹システムやコラボレーションツールなどの全社的なアプリケーションを活用し、事業部門や地域を越えて連携している。このような複雑な構成において、説明責任は一度に破綻するわけではない。部門間での業務引き継ぎ、時差のある海外拠点への連絡、あるいは「チャットで伝えたから別のシステムで処理されるはずだ」といったツールの切り替わり地点において、「ここから先は自分の担当ではない」という小さな責任の空白が積み重なり、少しずつ確実に当事者意識が失われていくのだ。

 その兆候は至る所にある。具体的な例を以下に挙げる。

  • CRMシステム「Salesforce」に記録された顧客からのクレームに対し、SAPのERPシステムで進める処置
  • 地域ごとの人事システムと世界共通の調達ワークフローをまたぐコンプライアンス業務
  • 決定事項は記録するが、担当者は記録しないコラボレーションツール

 これら一つ一つの失敗は致命傷にはならないため、初期段階での介入はほとんど実施されない。経営層がその負の連鎖に気付く頃には、すでに手遅れになっている。業務やベンダーとの契約、組織設計などにダメージが深く根付いてしまっているからだ。企業が「自社で統制できている」と信じている状態と、現場の実際の状況の間には、埋めがたい溝が生じてしまう。

 パティル氏は「ハイブリッドワークにおいて、システム上の活動データで評価することはわなになる」と警鐘を鳴らす。チャットツール「Slack」での発言が目立っても、重要な仕事を何もしていないことがあるからだ。成果に基づく評価を実施するには、事後ではなく業務を割り当てる時点で、経営層が成功の基準を定義しておく必要がある。

可視性のパラドックス

 リーダーシップ分析ツールを提供するApplied HumanityのCEO、ベン・ペロー氏は「ハイブリッドワークが説明責任の危機を生み出したのではなく、以前は物理的な距離の近さに頼って責任の所在を明確にしていたことが露呈しただけだ」と指摘する。

 ペロー氏によると、かつて全員がオフィスで勤務していた時代、管理職は誰が会議室にいて、誰が発言し、誰が最後まで業務をやり遂げたかという「職場の空気や非言語的な情報」を頼りにしていた。「それらの情報は決して正確ではなかったが、管理職には現場を統制できているという安心感を与えていた。ハイブリッドワークはその感覚を奪ったにもかかわらず、大半の企業は代替の仕組みを用意していない」(同氏)

 導入済みの各ツールは、説明責任を果たせる形で日々の業務を可視化しているように見える。後から経緯をたどるための説明責任の鍵となる可視性と検証可能性がすでに確保されていると錯覚しやすい。しかし、実際にはそうではない。ここに「可視性のパラドックス」がある。これは実質的な中身がほとんど見えていないにもかかわらず、システム上は全てが見えているように感じてしまう現象のことだ。

 環境コンサルティング企業Omega Environmental Servicesでプリンシパルを務めるスティーブ・ロサス氏は「現場作業とリモート管理が混在する状況で常態化している問題は、業務の引き継ぎ地点で生じる『記録に残らない意思決定』だ」と述べる。

 ロサス氏の例を紹介する。環境修復のプロジェクトで技術者が異常を発見し、遠隔地にいる管理者に報告したとする。「その重要な発見や判断の経緯は、公式なプロジェクト管理表ではなく、Slackの雑談めいた会話の中に埋もれて消えてしまう恐れがある」と同氏は警告する。

 ここには2つの問題がある。1つ目は重要なデータが分散していること。2つ目はシステム上で検出できる表面的な事象にばかり目がいってしまうことだ。

 ソフトウェア開発用のタスク管理ツール「Jira」やCRMシステムに残るデジタルな記録は、誰が責任を持って進めているかという認識に大きな影響を与える。「しかしそれはシステムが機械的にログを保存したというだけであり、人間が裏で実際にどう動いたかを示しているわけではない」とガルグ氏はくぎを刺す。

 「これらの記録には、『Microsoft Outlook』『Microsoft Excel』やSlackなどのツール内で実施される、非公式な調整や名もなき手作業の情報が欠けている」(ガルグ氏)

 つまり泥臭い実作業の大部分は、公式な記録システムには一切残らないということだ。誰がその裏方の仕事で評価されるべきか、あるいは問題が起きた際に誰が泥をかぶるべきかを見極めるのは、ほぼ不可能に近い。

 この実態についてパティル氏は、管理職が積極的に隠れた作業を監査する必要があると呼び掛ける。システム上の見栄えの良いデータだけを重視して評価を下すと、貢献度や責任の所在を常に見誤ることになるからだ。

責任を明確にするには

 誰が権限を持ち、実行責任と結果への説明責任を負うのかという「オーナーシップ」の問題は、トラブル発生後に責任を押し付け合ったり、手柄を奪い合ったりする段階で議論すべきものではない。プロジェクトの規模にかかわらず、立ち上げの第一歩として真っ先に決着をつけておくべき課題だ。

 この主張は単純で当たり前のように思える。しかし、現実のビジネスの現場は、そのようには動いていない。ハイブリッドワークを採用する企業において、真の担当を明確にするためには、経営層が理解しておくべき3つの重要な注意点と、1つの解決策が存在する。

注意点1.責任の曖昧さは「部門の境界線」に潜んでいる

 意思決定の権限が曖昧になるのは、CEOなどの企業の中枢ではなく、部署間をまたぐ現場の境界線だ。「明確な職務記述書がある企業であっても、部門横断型のレイヤーには常にグレーゾーンが存在する」とパティル氏は指摘する。製品企画の役割はどこで終わり、開発エンジニアの責任はどこから始まるのか。あるいは、顧客の成功を支援する部門は、どのタイミングで通常の顧客対応部門に業務を引き継ぐのかといった具合だ。

 根本的な解決策は、問題が表面化してから慌てて処置するのではなく、業務の引き継ぎ地点における「意思決定の権限」を事前の段階で明確に定義しておくことだ。

注意点2.システムへの過信が「名ばかりの担当者」を生む

 システムが果たす役割が変化していることも念頭に置かなければならない。CRMシステムやERPパッケージ、コラボレーションツールは、かつて管理職が担当していた「プロセスの進行管理」「表面的な担当者の割り当て」「証跡の作成」を肩代わりするようになっている。これはおおむね肯定的なことだが、結果に対する真の説明責任が伴わず、名ばかりの担当だけを生む危険性をはらんでいる。

注意点3.原因は「企業文化」ではなく「組織設計」にある

 突き詰めて理解しなければならないのは、説明責任という問題が持つ真の本質だ。

 パティル氏によると、経営層が陥りがちな最大の誤解は、説明責任の欠如を企業文化の問題として片付けてしまうことだ。「文化は構造の後から付いてくるものであり、その逆はない」と同氏は主張する。ハイブリッドワークで説明責任が破綻する最大の要因は、物理的なオフィスへの出社という、かつて責任感を受動的に成り立たせていた目に見えない枠組みが消滅してしまったことにあるのだ。

解決策

 では、具体的な処方箋はどのようなものか。ペロー氏は、プロジェクトマネジャーだけでなく、全ての部門横断的な取り組みに対して明示的な意思決定者を割り当てることを推奨する。プロジェクトマネジャーは調整役であり、意思決定者は結果に対する説明責任を負うため、両者を区別することは極めて重要だ。

 「ハイブリッドワークにおける説明責任の破綻の大部分は、意思決定の責任者がいないことに起因している。誰も決定権を持たずに作業プロセスだけを共有してしまうと、真の責任は誰の目にも触れずに消滅してしまう」(ペロー氏)

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

ページトップに戻る