「ITガバナンス」はなぜ形骸化するのか? 運用現場を動かす“11の鉄則”:ITガバナンスのためのフレームワーク選定【前編】
「ITガバナンス」と聞けば「面倒な管理業務」を想像しがちだが、その管理を怠れば企業上のリスクに直結する。形骸化したガバナンスを「武器」に変えるためのベストプラクティスと、主なフレームワークを解説する。
「ガバナンス強化」という言葉を聞いて、現場のエンジニアがうんざりした顔をする――。これはIT部門でよく見られる光景だ。しかし、ITガバナンスは単なる「管理手法」ではない。ビジネス目標とITを整合させ、リスクを制御し、経営資源を最適化するための「戦略的武器」として機能させなければならない。
今日の企業が、一貫性のある戦略を確立し、ビジネスの成長を促すには、綿密なITガバナンスが不可欠だ。ITガバナンスは、IT投資と経営資源を最適化するための、ポリシー、実務慣行、プロセスの構造化された枠組みだ。
なぜ今、あらためてITガバナンスなのか。その理由はコンプライアンス(法令順守)だけではない。強固なITガバナンスを構築することで、企業は業務効率の向上や経営資源の有効活用、ITへの投資対効果(ROI)の向上といった具体的なメリットを享受できる。本連載は、ITリーダーが今押さえておくべき「ベストプラクティス集」と、自社に適した「フレームワーク」の選び方を解説する。
主なITガバナンスの種類とフレームワークまとめ
企業がITガバナンスを重視すべき理由は、以下の3点に集約される。
- IT分野の取り組みをビジネス目標に直結させるため
- サイバーセキュリティ、データ侵害、プライバシー問題、コンプライアンス違反などのリスクを管理するため
- 企業がITを活用して変化に適応し、イノベーションを起こせるようにするため
ITガバナンスの構造には、中央集権型、分散型、ハイブリッドモデルなど、多種多様なパターンが存在する。どの形式が適するのかは企業によって異なるが、以下の領域に取り組む点は共通だ。
- 戦略的整合性
- ビジネス目標とIT分野の取り組みの方向性を一致させる。
- 価値提供
- 事業部門に対して具体的なメリットを提供する。
- パフォーマンス測定
- 社内で利用中のITサービスやその運用プロセスの効率性および有効性を追跡、測定する。
- リスク管理
- ITに関連するリスクを特定、評価し、軽減する。
- リソース管理
- IT分野の人材、予算、資産を最適に配置する。
代表的なITガバナンスフレームワーク
企業がITガバナンスを実践する際は、目標を達成するための、標準化された思考や行動の枠組みである「フレームワーク」の活用が鍵になる。以下のフレームワークの導入を検討し、目的に応じて使い分け、あるいは組み合わせるとよい。
- COBIT(Control Objectives for Information Technologies)
- ITの戦略策定から日々のシステム運用に至る全プロセスにおいて、ガバナンス、コンプライアンス、リスク管理を提供する。大規模な企業に適する。
- ITIL(Information Technology Infrastructure Library)
- ITサービスマネジメント(ITSM)の事実上の標準であり、プロセスの標準化、サービス戦略、変更管理の手法を提供する。
- ISO/IEC 38500:2024
- 経営層がITガバナンスを監督、評価するための国際規格。説明責任と法的/倫理的な統制に焦点を当てている。
- NIST CSF(NIST Cybersecurity Framework)
- NIST(米国国立標準技術研究所)が提供するフレームワークで、サイバーセキュリティとリスク管理の強化に特化している。
- TOGAF(The Open Group Architectural Framework)
- 企業のITアーキテクチャとビジネス戦略の整合性を設計する。
これらの他にもさまざまなフレームワークが存在し、中には特定の業界や規制要件に特化したものもある。ITガバナンスの展開は、これらのフレームワークを評価し、自社に最適なものを見極めることから始まる。
ITガバナンスのベストプラクティス11選
ITリーダーには、効率的なデータ管理、強固なセキュリティ、ビジネス戦略との整合性を実現するためのかじ取りが求められる。以下のベストプラクティスは、新たなITガバナンス戦略の策定、あるいは既存のITガバナンスを刷新する際の指針になる。
1.明確に定義されたフレームワークを採用する
成功には明確なフレームワークが不可欠だ。新たな取り組みの好機として、社内の権限と責任の所在、意思決定の基準となるポリシー、実効性のある運用手順を定義するフレームワークを選定、導入しよう。COBIT、ITIL、ISO/IEC 38500などを比較検討し、自社のニーズに最も合致するものを見極める必要がある。
2.ITガバナンスをビジネス目標と整合させる
採用するフレームワークが、自社のビジネス目標と密接に連動しているかどうかを確認する。IT資産と投資は、企業のニーズを直接的に支えるものでなければならない。ビジネスの優先順位の変化に合わせて、フレームワークを定期的に見直す計画を立てることが重要だ。
3.IT戦略を事業計画の中核に組み込む
企業は、全社的な事業計画の一部としてIT戦略を組み込むべきだ。これによって、ITインフラは単なる「独立した道具」ではなく、ビジネス戦略を構成する重要な要素として機能するようになる。
4.継続的な監視と改善に努める
ITガバナンスには、セキュリティ対策の有効性とビジネスを支えるシステムの可用性の厳格な監視が求められる。セキュリティ強化計画の進展状況を追跡し、インシデント対処の品質を測定するための「重要業績評価指標」(KPI)を定義し、評価する。監視結果を定期的にレビューし、ITインフラ運用の標準プロセスとして定着させよう。
5.リスク管理とコンプライアンス管理体制を確立する
リスク管理の指標を含め、コンプライアンス要件を理解し、適合させる。欧州連合(EU)の「GDPR」(一般データ保護規則)、「HIPAA」(米国医療保険の相互運用性と説明責任に関する法令)などの法律や基準には、綿密な監視が必要だ。違反に対する罰則は経営に深刻な影響を及ぼすほど重く、社会的信用の失墜もダメージになり得る。
6.データガバナンス戦略を策定する
データの分類、ライフサイクル管理、アクセス制御のためのデータガバナンス体制を構築する。これらの基準を厳格に適用し、常にコンプライアンスが維持されていることを証明できる状態にしておくべきだ。こうしたプロセスを効率化するための自動化ツールも存在する。データガバナンスは一筋縄ではいかない困難な領域だが、適切なデータ管理は現代企業にとって極めて重要だ。
7.監査証跡とプロセスの可視化を徹底する
実効性があるITガバナンス戦略には、説明責任や透明性、コンプライアンスを証明するためのプロセスの文書化と、監査可能な体制が不可欠だ。特にAI(人工知能)技術の透明性が問われる昨今、ITガバナンスのあらゆる側面において、プロセスの可視化は不可欠だ。
8.適応性と拡張性を考慮してITガバナンスを設計する
AI技術、クラウドサービス、CI/CD(継続的インテグレーション/継続的デリバリー)が普及した現代において、ビジネスの俊敏性は重要だ。その中で企業がガバナンスを確保する仕組みは、変化する要件や技術に追随できる適応力と拡張性を備えていなければならない。後付けではなく、設計段階から自由度の高さを組み込んでおくことが重要だ。
9.業界標準のフレームワークを使用する
業界標準やベストプラクティスが存在するのには理由がある。それらは有効性、シンプルさ、実用性が歴史的に証明されているからだ。自己流に固執せず、ITILやCOBIT、NIST CSFなどの導入を検討すべきだ。これらのフレームワークへの投資効果を最大化するために必要なスタッフや管理体制への投資も惜しんではならない。
10.IT人材に投資する
優秀なIT管理者は、効果的なITガバナンスの必要性を理解している。技術的なスキルだけではなく、ガバナンス能力を備えたIT人材の獲得と育成に投資することが重要だ。チームメンバーの積極的な関与と強力なリーダーシップなしには、ITガバナンスを成功させることは難しい。
11.ITガバナンスプロセスを自動化する
自動化は現代のIT運用における重要テーマであり、効率的かつコンプライアンスにのっとったITガバナンスを実現する鍵になる。プロセスの自動化は、ワークフローの自動化とオーケストレーション(システムの設定や管理の自動化)の標準化に役立つことに加え、ITガバナンスにおける継続的な監視と改善も強化する。
次回は、ITガバナンス戦略を採用、実施する際の落とし穴と、フレームワーク選定のヒントを紹介する。
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