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1200万円のSaaS導入を回避 スギ薬局「運用費10万円」のAIエージェント構築術1人が実質2日で構築

グループ再編による業務激増で、スギ薬局の現場や人事部門は疲弊していた。数千万円規模のシステム導入が想定される中、同社はAWSのサービスを活用して自社でbotを構築し、低費用化を実現した。その裏側に迫る。

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 ドラッグストアや調剤薬局を全国展開するスギ薬局は、近年のM&Aやグループ再編によって従業員数が拡大している。これに伴い、社内業務の負荷増大が課題になっていた。特に毎年の年末調整では、派遣従業員を含めた約10人体制で電話での問い合わせ応対を実施していたが、対象者が約4000人増加することで、さらなる処理件数の増大が懸念される状況だった。

 この課題に対し、人事部から年末調整開始に間に合うようAI(人工知能)ツールを活用した効率化の要望が上がり、スギ薬局は生成AIを活用した質問応答bot「年末調整QAボット」の構築へと動いた。Amazon Web Services(AWS)の生成AIサービス「Amazon Bedrock」を採用し、社内のFAQリストをデータソースとして連携させている。

 稼働期間の約40日間で、年末調整QAボットは約2万件の問い合わせを処理した。これによって、1件当たり10分と換算して3000時間以上の人事工数を削減することに成功している。対象者が大幅に増えたにもかかわらず、電話の入電率は1.21%から1.08%へと低下し、2025年と同じ人員体制での処理を可能にした。

 SaaS(Software as a Service)として既存のチャットbotサービスを導入する場合だと1200万円の費用がかかると想定されていたところ、スギ薬局は従業員1人が実質2日で年末調整QAボットを構築し、わずか約10万円で運用している。なぜ、これほどの短期間、低費用で立ち上げることができたのか。

高額なSaaSは本当に必要か?

 スギ薬局が年末調整QAボットを迅速に立ち上げられた背景には、AWSが提供するサンプルチャットアプリケーション「Bedrock Chat」の活用がある。世間で評価を受けている既存ツールも検討したが、社内の既存データソースに適合していないという問題に直面した。そこで、自社の運用要件に合わせつつ、人事部門でもファイル追加やbot編集が容易にできる仕組みとしてBedrock Chatを選定した。

 年末調整QAボットは従業員4万人以上が対象になるが、1人当たりの利用頻度は年末調整期間に限られる。そのため、エンドユーザー数に応じた固定課金のSaaS製品を導入するのではなく、利用したデータ処理量に応じて費用が発生する従量課金モデルを採用したことが、大幅な費用抑制につながった。年末調整QAボット構築の際にはAIコーディングアシスタントを活用し、従業員1人が2日でシステム構成を整え、人事部と連携して数日で本番リリースを実現した。必要な期間だけクラウドインフラでシステムを稼働させ、シーズン終了後にはコンピューティングリソースを削除するという運用は、クラウドサービスの利点を最大限に生かした形だ。

調剤薬局の在庫確認業務を根本から変革

 年末調整QAボットの成功は社内に波及し、新たなAI活用の要望を生み出した。次に取り組んだのが「調剤医薬品在庫確認エージェント」だ。グループ再編直後、企業間で在庫管理システムが連携されておらず、薬剤師が近隣店舗へ電話をかけて在庫を確認する手間が発生していた。相手の業務状況を気にして電話をかけづらいという心理的な壁もあり、欠品時には患者に負担をかける恐れを抱えていた。

 この課題に対しては、自然言語での質問からシステム検索を実行する手法を選定した。当初は年末調整QAボットと同様の検索手法を検討したが、構造化された在庫データに対して毎回正確な回答を得るのは困難だと判断し、自然言語をデータベース操作言語(SQL)に変換するアプローチ「Text2SQL」を採用した。

 システム構築には、社内システムとAIエージェントを連携させる「Amazon Bedrock Agents」を利用し、データウェアハウスである「Amazon Redshift」に集約された在庫データを直接検索するシステム構成を組み上げた。基幹システムに蓄積された店舗や医療薬品のデータをAIエージェントから直接呼び出せるようにしたことで、現場の薬剤師は自分のタイミングで気兼ねなく近隣店舗の在庫状況や距離を一覧で把握できるようになった。この在庫確認エージェントは約1カ月で構築され、200店舗で本番稼働を開始し、電話による在庫確認という従来の業務フローを大きく転換させている。

現場と技術をつなぐ独自の組織体制

 こうした一連の迅速なAIツール導入を支えているのは、スギ薬局が構築した組織横断的な推進体制だ。現場の業務課題を集約し、手段の選定からリリースまでを主導する「OneSUGI PJ」と、技術アドバイザーとして最適な方向性を示す「CTO as a Service」、実際の実装と運用を担う「AI推進部」という3つの役割が緊密に連携している。

 スギ薬局は世の中の事例や製品を比較評価した結果、導入と運用費用が安く、精度が高いと判断してAWSのサービス群を採用した。技術選定の場において現場の声を吸い上げ、課題と技術の橋渡しを組織的に実施することで、一過性の実証実験で終わらせず、実際の業務に根付くツールの提供を可能にしている。現場起点での小さな成功体験を積み重ねることが、従業員が自律的にAIツールを使いこなす文化の醸成につながった。

 スギ薬局は今後、在庫確認エージェントを調剤薬局の全店舗に展開する計画だ。数年後には、本部の担当者が自ら数百規模のAIエージェントを構築できる状態を目指し、組織力の強化にAI技術を積極的に活用する方針を掲げている。

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本記事は制作段階でChatGPT等の生成系AIサービスを利用していますが、文責は編集部に帰属します。

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