サテライトオフィスや在宅勤務の他、働き方に関するユニークな施策を多数打ち出しているSansan。これらの「働き方革新」における課題とその解決策を、同社の推進役である角川氏に聞いた。
モバイルやクラウドといったITの進展に伴い、在宅勤務やサテライトオフィスの活用といった場所や時間に制約されない新しいワークスタイルがぐっと身近なものになった。しかし、その実践にまで踏み込んだ企業はまだ少数派である。新たなワークスタイルを導入した企業でも、当初狙っていた通りの効果が得られている成功例はさらに少ないのが実情のようだ。
ワークスタイル革新の理想と現実のギャップはどうして生まれ、どのように埋めればいいのだろうか。この点に関して、面白い取り組みを続けている企業がある。クラウド名刺管理サービス「Sansan」「Eight」でおなじみのSansanだ。同社は、社内のワークスタイルに関する施策を経営レベルで判断・推進する「CWO(Chief Workstyle Officer)」という役職を設けており、サテライトオフィスの設置や在宅勤務制度の導入、コミュニケーション活性化のための取り組みなど、さまざまな施策を打ち出している。
このような実践が注目され、「ワークスタイル革新」の先進企業との対外的評価を得ている同社だが、こうした施策はそもそも社員の福利厚生やワークライフバランスを第一目的にした施策ではなく、企業成長のための「生産性向上」をクールに追求していった結果、自然と行き着いたものだという。ワークスタイルに対する同社独特の考え方について、CWO 人事部長を務める角川素久氏に話を聞いた。
Sansanの企業理念は「ビジネスの出会いを資産に変え、働き方を革新する」というもの。具体的には、同社が提供する名刺管理サービスを通じて、社外で交換した名刺を社内でナレッジ化・共有することで、ビジネスパーソンの行動様式を変革していく。このように、「われわれが提供するサービスは働き方に革新をもたらそうというものなのだから、自分たち自身の働き方が旧態依然としているようではいけない。自らが率先して働き方を革新するべきではないか」――ここに至り、同社のワークスタイル施策は、現場の生産性向上を越えて重要な経営課題の1つへと昇華した。
「こうして『働き方革新』は、経営理念を実現するための重要な経営施策であると社内で認識されるようになりました。そこで2013年6月、経営課題としてこのミッションにコミットする役職として『CWO(Chief Workstyle Officer)』が新たに設けられ、私が就任することになりました」と語るのは、同社 CWO 人事部長の角川素久氏だ。
以降、角川氏の指揮の下、さまざまな施策が進められている。具体的な取り組みの1つが、2010年にスタートした、徳島県神山町の限界集落にある古民家を活用したサテライトオフィス「Sansan神山ラボ」だ。この取り組みの目的について角川氏は次のように語る。
「一見すると豊かな働き方の追求や地域活性化などを目的にしていると誤解されがちなのですが、本来は社員の生産性を向上させるための施策として実施しています。弊社の社員は4割がエンジニア職なのですが、彼らの生産性を上げ、より創造的な仕事ができるようにするために、自然豊かな環境が適しているのではないかと考えたのがこの取り組みを始めたきっかけでした。取り組みを継続する中で、結果的に地域の活性化にも寄与することができ、それも大変良いことですが、あくまで付随的な成果です。私たちの目的は一貫して『生産性向上』であり、その目的をぶらさずに取り組んできたことが、成功の要因だと思います」
このSansan神山ラボで培った経験やノウハウは本社オフィスの環境整備にも生かされている。本社のオフィスには社員各自が机を並べる執務室とは別に、共有スペースが設けられている。社員は、好きなときにここに来て休憩したり、作業に没頭したり、ミーティングに使用することができる。
いかにもオフィス然とした執務室とは打って変わって、共有スペースにはさまざまな植物が飾られている他、ロフトが設置されていたりハンモックが吊り下げられていたりと、完全に異なる世界観が演出されている。これは、Sansan神山ラボが設けられている神山町の自然あふれる雰囲気を再現するとともに、執務室とは全く異なる空間を演出することで気分転換を図り、生産性向上の効果を狙っているのだという。
「Sansan神山ラボでは、自分のデスクに向かって作業をするだけではなく、屋外でハンモックに揺られながら作業したり、あるいは畑道を散歩しながらアイデアを考えたりといったように、型にはまらない働き方を実践して成果を上げてきました。それと同じことを、東京のオフィスでも再現できればと思ったのです」(角川氏)
その他にも、同社には「イエーイ」というユニークな社内制度がある。これは、週1日、業務上の必要性が認められれば、自宅で業務を遂行できるという制度だ。また、「どにーちょ」という制度は、平日に1日休み、その分の業務を休日出勤で対応してもいいという制度だ。
これらも生産性向上を目的としており、生産性の向上に寄与すると認められれば許可される。在宅勤務によって逆に生産性が低下することが明らかな社員に対しては、決して許可されない。
加えて、部署をまたいだ少人数での飲み会費用を会社が補助する「Know Me!(のーみー)」や、寺田親弘社長と社員が1対1でランチをとる「テランチ」などのユニークな人事制度もあるが、どれも経営陣が「この施策は生産性向上に寄与し、ひいては収益拡大につながる」と認めたものであり、その効果が明らかでない場合は制度を廃止することもあるという。生産性に寄与したかどうかを定量的に測ることは難しいが、例えば在宅勤務のイエーイであれば、1日の成果を上司に報告することで効果を検証している。
「育児や体調管理を支援するための制度は別に用意しています。ワークライフバランス向上のための施策と、生産性向上のための取り組みをきちんと分けて運用することで、制度の本来の目的を見失わないようにしているのです」(角川氏)
Sansan神山ラボは、2010年の開設時、東京から数名単位で短期滞在者が合宿形式で訪れる場所として活用を始めた。試行錯誤の改善を繰り返しながら、さまざまなノウハウを蓄積してきた。4年半たった今では2人のエンジニアが常駐しており、さまざまな成果が得られているという。常駐者は両名とも徳島県内に定住し、毎日Sansan神山ラボに出勤して開発業務に当たっている。それも、個人でできる単発の仕事ではなく、開発チームの一員として、東京オフィスにいるメンバーとともに日々コミュニケーションを取りながら開発を進めているという。
角川氏によれば、リモートワークには職種や作業の内容によって向き/不向きがあるという。開発業務の中にも、個人で集中して作業に当たるべきものと、他のメンバーとの密接なコミュニケーションが必要なものの2種類がある。前者の作業に関しては、静かな古民家は、確かに集中して作業に当たるためにふさわしい環境であり、生産性は向上しているという。しかし一方で、後者に関しては、当初は課題も多かったという。
「東京オフィスとの間で常時TV会議を接続していますが、直接対面でのコミュニケーションに比べれば、どうしてもコミュニケーションロスが多くなります。1対1でのコミュニケーションはさほど問題ありませんが、多対1のミーティングの場合、東京側でメンバー間の議論が白熱してくるとどうしてもリモート側は場の雰囲気に着いていけず議論に参加できなくなってしまいがちです」
こうした事態を少しでも解消しようと、エンジニア同士のコミュニケーションは普段からチャットを使って、リモートサイト側でも常にキャッチアップできるようにしたり、会議で使う資料は事前にリモートサイト側と共有するようにするなど、さまざまな工夫を凝らしてきたという。
「そうした細かな工夫の積み重ねで、リモートワーキングに対する私たちのリテラシーもかなり向上しました。その成果が、その後の在宅勤務や京都サテライトオフィスの運営にも生かされています」
またSansan神山ラボからは、エンジニア以外の職種における新たな働き方も誕生した。3カ月の間、営業担当がSansan神山ラボに常駐し、TV会議を通じた顧客との商談にチャレンジしてみたのだ。驚くことに、その成約率は直接対面で行う場合とほぼ変わらなかったという。そこで同社は、東京オフィスにパーティションで小さく区切ったTV会議ルームを幾つも設置。営業担当はそこから顧客とTV会議で接続し、商談やデモを行う「オンライン営業」という新たな営業スタイルを始めた。まさに「働き方の革新」が実現できたわけだ。
中には、こうした取り組みを実現するには高度なシステムやインフラが必要であり、それらを導入するにはさまざまなハードルがあるに違いないと考える方もいるかもしれない。しかしSansanでは、フットワーク軽く容易に取り組めたという。
「弊社ではもともと、クラウドを基盤として社内情報共有の仕組みが整っていましたから、特に新たなIT投資を行う必要はありませんでした。それに近年ではSkypeをはじめ、遠隔地間でコミュニケーションを図るためのツールがたくさんありますから、それらを用途ごとに組み合わせて効率よく運用しています。Sansan神山ラボに関しては、現地のネットワークインフラが充実しているので環境整備のハードルはそう高くはありませんでした。やはり、新たな取り組みに挑戦するに当たって、初期投資をあまり掛けずいろいろと柔軟に試行錯誤できることは大きかったです」(角川氏)
リモートワークにおけるセキュリティについての考え方としては次のように語る。
「情報漏えいを防ぐため、クライアント端末への個人情報を伴うデータ保存は禁止し、HDDの暗号化も必ず行っています。金融機関で多く採用されているシンクライアントやデスクトップ仮想化と同じセキュリティレベルを運用で実現しているわけです。弊社はお客さまの名刺情報という個人情報を自社のクラウド基盤にお預かりしているわけですから、Pマーク取得をはじめもともと厳格なセキュリティポリシーを持っています。もちろん、この運用をITでカバーできればセキュリティはより強固なものになりますが、利便性との両立やコストとの兼ね合いなども考慮しながら施策を検討、推進しています。今後も引き続き、最新技術やソリューションに広くアンテナを張りながら、新たなワークスタイル施策を模索していきたいと考えています」(角川氏)
本社:東京都渋谷区
創業:2007年6月
Webサイト:http://jp.sansan.com
事業内容:クラウド名刺管理サービス「Sansan」「Eight」の企画・開発・販売
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提供:株式会社日立製作所
アイティメディア営業企画/制作:TechTargetジャパン編集部/掲載内容有効期限:2015年9月10日