企業コンピューティングに着実に普及するSaaS
SaaS導入の注意点は企業戦略としての要件を見極めること
企業における新規アプリケーション展開の選択肢の1つとしてSaaSの重要性が増している。競争優位に必要な俊敏性を獲得するために、企業はSaaSを適材適所で活用していくべきだ。
そもそもSaaSとは何か?
SaaS(Software as a Service)とは、社外の事業者(プロバイダー)が稼働するアプリケーションプログラムの機能(サービス)をネットワーク経由で(通常は従量制料金により)利用するコンピューティング形態のことだ。企業が購買したソフトウェアを自社所有のハードウェアにインストールして使用するという形態(オンプレミス型と呼ばれることがある)とは、対照的なモデルといえる。
図1に示すように、SaaSをさまざまなアウトソーシングモデルの一形態と考えると分かりやすいだろう。過去においては、SaaSと同様のモデルをASP(Application Service Provider)と呼んでいた。SaaSとASPの相違点についてはさまざまな意見があるが、基本的なモデルとしては同じと考えてよいだろう。これ以外にも「ソフトウェアオンデマンド」なども同様の概念を表す言葉だ。
JUAS(日本情報システム・ユーザー協会)が行った国内企業のテクノロジー/ITサービスへの関心・導入状況の調査結果によれば、SaaSを既に導入済みあるいは導入検討中の企業は全体の4分の1を占める(図2参照)。日本国内企業においても、SaaSが特殊な考え方ではなく、当たり前の選択肢の1つになっていることが分かる。
(※)小数点第一位で四捨五入して表示しているため、比率の合計が100%にならない場合があります。
SaaSの価値はさまざまな俊敏性の向上
では、ユーザーにとってSaaSの価値はどこにあるのだろうか。一言で言えば、SaaSの価値は、情報システムのフォーカスを「所有」から「利用」に移すことにより得られるものだ。SaaSの具体的な価値をどこに求めるかはユーザー企業ごとに異なるが、多くの場合は「俊敏性の向上」がSaaSの最大の価値提案となることが多いだろう。
ここでいう俊敏性とは、第一に、システムを迅速に立ち上げる(サービスインする)ことができるということだ。言うまでもなく、今日の市場における競合ではスピードが重要な役割を果たす。十二分に検討して完ぺきさを追求したソリューションでも、実現に時間を要し過ぎたために他社に市場機会を奪われてしまえば、ほとんどビジネス上の価値を提供できない。その一方で、「必要にして十分な」ソリューションを他社に先駆けて提供できたことで、継続的な競争力を獲得したケースが増えている。このような図式はネット系企業に典型的に見られるものだが、ネット系以外の業界においても同様のシナリオが成り立つケースが増えている。
SaaSを採用すれば、最も極端なケースでは契約したその日からアプリケーションを使い始めることができる。通常は、カスタマイズや既存システムとの統合などの作業が必要になるため、サービスインまでに数カ月かかることが多いが、オンプレミス型システムの導入期間が平均1年といわれていることを考えれば、SaaSによるサービスインのスピードは十分に魅力的だ。
俊敏性のもう1つの局面は、サービスイン後の環境変化への迅速な対応である。典型例が、システムの処理能力の要求が急増したときに、迅速にシステム規模を拡大できる能力だ。オンプレミス型のシステムでは、規模拡大のためにハードウェアの新規購入などが必要なケースがある。これは数カ月を要する可能性があるプロセスであり、「システムの規模拡大が間に合わずにせっかくのビジネス機会を失う」という、あってはならない事態を生じさせるリスクがある。SaaSであればプロバイダー側でサーバやストレージなどのハードウェア資源の備蓄を行っているため、迅速に容量増強に対応可能だ。
また、価格体系もユーザー数ベースなどの従量制となっていることが多いため、システム設定を変更すればその時点から規模を拡大でき、拡大分の料金もその時点から発生するという財務的に柔軟な運用が可能だ。さらには、逆にシステムの需要が当初の予測よりも少なかった場合でも、SaaSであれば容易に規模を縮小しコストを節約できる。極端なケースとしては、システムの撤廃を迅速かつ低コストで行うこともできる(※)。一方、オンプレミス型で需要を過大評価していた場合には、ハードウェア資源の無駄が発生することになるだろう。
(※)ただし、規模縮小や撤廃時の料金については、最低契約期間などの契約条件に依存する部分もあるので注意が必要だ。
運用管理のための要員がほとんど不要であることもオンプレミス型と比較したSaaSのメリットだ。ここでは、バックアップなどの日常業務だけではなく、ソフトウェアのバージョンアップやセキュリティパッチの適用などの保守業務を削減できる点が重要だ。特に、社内にスキルを持ったIT担当者を多数確保することが困難な中小規模企業においては、この価値提案は重要だろう。
また、財務的な観点からいえば、SaaSの採用で多大な設備投資を避けて月額料金とすることで、仮に全体的に支払う金額としては変わらなくても資金の流動性を高められるというメリットがある。
カスタマイズの必要性とシステム連携を考慮する
次にユーザー企業がSaaSを導入する上で考慮すべき点について考えてみよう。
第一に、社内で独自システムを構築する場合と比べて、カスタマイズの自由度が低下する点がある。極めて独自性が高いシステムが必要なケースであれば、SaaSの採用は適切ではないだろう。しかし、ここで注意すべきは、過去多くの日本企業が情報システムに対して過剰に独自の要件を求めすぎたことにより、コスト増や生産性の低下を招いたケースが少なくなかったという点だ。いわば、「レディメード」で十分な業務に対して「オーダーメード」を求めていたという状況である。SaaS採用の意思決定においては、そもそも業務要件によるカスタマイズが本当に必要なのか、また、「業務プロセスをシステムに合わせる」ことの方が現実的ではないかといったことを十分に検討する必要があるだろう。
第二のSaaSの考慮点として、既存システムとの統合の問題がある。既存システムとのデータのやりとりがまったくない、「孤島」としてSaaSのシステムを導入できるケースはまれだろう。通常は、SaaSによるシステムと既存システムとの間の、あるいは複数のSaaSシステム間のデータ統合やアプリケーション統合が求められる。しかし、実はこの点こそが最近のSaaSにおいて大きな技術革新が見られる分野だ。過去においては、SaaS(ASP)によるシステムは外部との接点がほとんどない、ブラックボックス的なシステムが多かった。しかし、今日のSaaSシステムの多くは開発者向けのAPIを提供し、機能の付加やほかのシステムとの連携がかなり容易になっている。
最後に挙げる重要な考慮点は、サービスレベルだ。具体的には、応答時間、可用性(アップタイム)、セキュリティ対策のことである。もちろん、SaaSプロバイダーがビジネスとして最善のサービスを提供するよう努力するのは当然だ。しかし、客観的にそれをどう評価するか、不測の事態があった場合の保証をどうするかという問題がある。現時点では、SaaSプロバイダーと顧客との個別契約でサービスレベルの規定が行われているケースが多いと思われるが、将来的には業界でのガイドラインや評価・認定制度が普及していくことになるだろう。
自社のITをポートフォリオとして管理し、SaaSを利用する
SaaSのテクノロジーにおいては、多くの技術革新が見られる。AjaxなどのRIA(Rich Internet Applications)のテクノロジーを活用したユーザーエクスペリエンスの向上(※)、アプリケーション開発のためのプラットフォームをネットワークサービスで提供するPaaS(Platform as a Service)、Office系のパーソナルプロダクティビティツールとの融合、ブログやSNSなどのソーシャルコンピューティングとの融合などだ。従来考えられなかったようなアプリケーションの使い方が急速に浸透し始めている。
(※)Web経由で利用していることを意識させないような、高度な応答性が実現されているケースもある。
「企業システムはすべてがSaaSで実現可能になる。そして、企業にIT部門は不要になる」などの極論を述べる者もいるが、それはまさに極論でしかない。前述の調査結果が示すようにSaaSへの注目度は高まっているが、企業内のすべての業務がSaaSで置き換えられるという状況は、現実的に予測できる期間に訪れることはないだろう。独自アプリケーションの開発も必要であるし、パッケージアプリケーションを購入して自社のシステムで稼働させることも必要である。ポイントは、自社のITをポートフォリオとして管理し、適材適所で使っていくことだ。具体的には、前述の俊敏性向上のメリットが生かしやすい領域でのSaaSの採用が進んでいくだろう。これを決めるのはテクノロジー上の要件ではなく、企業の戦略上の要件なのだ。
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