難病を見抜く「IBM Watson」だけが医療AIじゃない
「医師はAIを歓迎する」――実用段階に来た、日本の“AI医療”の姿とは(1/2 ページ)
医療分野では人工知能(AI)技術による診断支援や新薬開発といった用途に期待が寄せられている。しかし医療AIの普及には、医療保険制度を筆頭にクリアすべき課題がまだある。日本の医療AI開発の現状とは。
近年の人工知能(AI)関連技術は目覚ましい進歩を示している。医療分野でも、AI技術による診断支援や新薬開発といった用途に期待が寄せられている。ただし、AI技術を使った医療行為と倫理の問題や診療報酬の問題など、クリアすべき現実的な課題は少なくない。
こうした現実や課題をふまえ、日本の医療業界がAI技術をどのように活用しようとしているのか。それを考えるヒントとなるセミナーが2016年9月18日、日本橋ライフサイエンスハブ(東京都・中央区)で開催された。「AI×医療の“今”をつかみ“未来”をつくる」(主催:メドピア)と題するそのセミナーでは、実際にAI技術を医療に利用するサービスを開発している企業が登壇した。
AI技術は医療分野でどの程度活用できるようになっているのか。幾つかの事例をセミナーの内容から紹介する。
AI開発の裏側にある医療データ獲得競争
AI開発の速度に追い付いていない日本の医療制度
AI技術の画像認識能力は劇的に進化し、人間以上の能力という触れ込みの画像認識AI技術も次々に登場している。エクサインテリジェンス 代表取締役会長の春田 真氏は「AI技術の進化によってビジネスに大きな変化が生まれている」と指摘する。例えば労働者の確保が難しい食品加工の現場では、AI技術とロボット活用で労働力の補充ができないかという期待の声がある。医療業界については、AI技術の活用が、より質の高い効率的な医療を提供できるのでは、という期待もあり、海外ではAI技術と医療・ヘルスケア領域を結び付けるベンチャー企業が多数登場している。
その一方で、日本では次のような課題があることも春田氏は指摘している。有用なデータを集めるという点で、医療ITの環境と法制度が追い付いていないのだ。
- サンプルとなる医療データの入手が困難
- 医療機関の倫理規定などの審査に時間がかかる
- プライバシーの問題
- ビッグデータ解析にクラウド技術は不可欠だが、情報漏えいのリスクを懸念して、クラウド環境を敬遠してオンプレミス環境を選ぶ医療機関は少なくない
- データ整理・統合の難しさ
- 医療機関ごとのデータ形式の違いがあり、分析の前処理としてデータクレンジング(データ整理)が必要だが、医療機関では通常業務が多忙なために実施が困難
- 法的枠組みの障壁
- 医薬品医療機器等法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)や診療報酬改定のハードルがあり、AI技術を用いた“診断”“医療行為”に診療報酬を付けることは容易ではない
米国では「IBM Watson」の進化が目覚ましい
膨大な医学論文を学習した「IBM Watson」が、医師が見つけられなかった特殊な白血病患者の病名を見ぬいた、という2016年8月の報道は記憶に新しい。IBMではIBM Watsonを「コグニティブ・コンピューティング」と呼び、AIとは呼んでいない。コグニティブ・コンピューティングの特長には、
- 自然言語の理解と応答ができること
- 専門家やベストプラクティスによる訓練とフィードバックで学習するシステムであること
- 思考・判断の裏にある根拠や確信度を提示できること
があると同社は定義している。日本アイ・ビー・エムで医療・ヘルスケア分野におけるIBM Watsonの活用を推進する金子達哉氏は「日本は北米に続く2番目の市場規模」と話す。
日本では「医療機関が保有している医療データを入手するのが困難」という状況が医療AIの開発の障壁になっている。グローバル企業であるIBMはこの課題を、医療データを持つ企業を買収することでクリアしている。その結果、IBM Watsonの研究開発はグローバル規模で進められ、以下の5つのサービスが実用レベルに到達したという。
- Watson Genomic Analytics:米国で17カ所の研究・医療機関が活用している個別化医療における患者遺伝子解析結果と、疾病、治療薬、その他の遺伝子との関係をレポートするシステム
- IBM Watson for Drug Discovery:医療文献・研究報告を分析し、新しい仮説立案を支援するシステム。創薬分野を中心に導入が進む
- Watson for Patient Safety:副作用疑い情報の検出、評価、当局報告や、「ICSR」(個別症例安全性報告、注1)に必要な情報の抽出、「MedDRA」(ICH国際医薬用語集、注2)への準拠などマニュアル判断が大部分を占める安全管理業務を人工知能が代行するシステム
- IBM Watson for Oncology:医療データ、医療文献、世界的に著名な専門家からのガイドラインや経験を分析し、エビデンスに基づき、肺がん、乳がん、大腸がんなどの治療方針作成を根拠つきで支援するシステム
- IBM Watson for Clinical Trial Matching:治療参加者のリクルートメント(募集)において、プロトコルに合致した候補者選びのスピードと質を向上し、治験の成功率を高めるシステム
注1:医療機関が医薬品や医療機器を自施設で使用した際に生じた副作用や有害事象を、規制当局(日本の場合は厚生労働省)およびメーカーに報告する症例情報のこと。
注2:日米EU医薬品規制調和国際会議(ICH)が開発した医学用語集。ヒトに使用される医療用製品の、国際的な規制情報の共有を促進することを目的とした標準化をして開発されている。ICHは1990年4月に日本・米国・ヨーロッパの各医薬品規制当局と業界団体の6者により発足した組織。医薬品開発コスト低減と、患者に安全で有効な新医薬品をより早く提供することを目指し、各地域の医薬品承認審査の基準の合理化・標準化を推進している。
米国では着実に実績がたまっている。IBMの基礎研究部門であるIBM Researchによると、同社の機械学習を用いた画像解析による皮膚がんの早期発見技術は、95%の精度でメラノーマ(注3)を発見した。人間の診断(肉眼による診察)の場合の精度は75~84%だという。さらに大量のメラノーマ画像を機械に取り込み学習させていくことで、診断の精度は断続的に向上していく。このシステムを利用すれば、経験のない若い医師でもベテラン医師同様の診断精度になると期待されている。
注3:悪性黒色腫。初期段階のメラノーマは、ほくろ(良性腫瘍)との区別が難しいといわれている。
日本のWatson活用事例も増えている。東京大学医科学研究所は、患者の遺伝子情報を基にしたがんの最適治療法の算出を、IBMとの共同研究で進めている。第一生命保険や藤田保健衛生大学との共同研究では、電子カルテデータの分析結果から生活習慣病(糖尿病)におけるリスク低減や回復の予測モデルを作成するのに、医療関連のクラウドベースプラットフォームである「Watson Health Cloud」を用いている。
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