検索
特集/連載

SAPユーザーが選ぶ「第3のERP」とは? RISE with SAPの代替候補にRISE with SAPの現状と今後【後編】

SAPは顧客企業に対して「RISE with SAP」によるクラウド移行を迫っている。だがSAPのERPパッケージの顧客企業は、一部では別の選択肢を検討している。顧客企業に求められている選択とは。

Share
Tweet
LINE
Hatena

関連キーワード

SAP | ERP | クラウドサービス


 「RISE with SAP」は、ERP(統合基幹業務システム)パッケージベンダーのSAPが2021年に発表したクラウド移行支援サービス群だ。同サービスは「SAP S/4HANA」など、SAPのオンプレミス型ERPパッケージ使っている顧客企業がクラウドサービス型ERP「SAP S/4HANA Cloud」にスムーズに移行できるよう支援することを目的としている。

 SAPはRISE with SAPを通じて、クラウド市場での競争力を強めようとさまざまな戦略を打ち立てている。一方で顧客企業は、RISE with SAPおよびSAP S/4HANA Cloudのコストや使い勝手に懸念を抱き、SAPの「クラウドオンリー」戦略に疑念の目を向けている。この対立する思惑の中で、顧客企業に求められている選択とは何か。

「RISE with SAP」を使わないなら“第3のERP”が選択肢に?

 SAPはRISE with SAPの利用企業数について具体的な数字を公表していないが、「増加傾向にある」との見解を示す。同社の北米法人SAP North Americaのプレジデントであるロイド・アダムス氏は、「『今こそクラウド移行すべきだ』と考える顧客企業は四半期ごとに増えている」と語る。

 アダムス氏によると、RISE with SAPはSAPの戦略の柱の一つであり、「弾丸のようなスピード」で普及している。米国のチャーチルダウンズ競馬場(Churchill Downs)や発電施設開発企業Clearway Energy Groupなど、複数のSAP顧客企業がS/4HANAのクラウド移行の手段としてRISE with SAPを利用した。

 「われわれは単に技術を販売したいわけではない。RISE with SAPが提供するSAP S/4HANA Cloudの運用モデルや、クラウド移行を粘り強く支える当社の責任モデルは好評だ」(アダムス氏)

クラウド移行は回避できないのか

 ITコンサルティング企業UpperEdgeのチーフアドバイザリーオフィサーであるレン・ライリー氏は、「SAPの視点に立つとRISE with SAPを推す理由がよく分かる」と語る。1つ目の理由は収益だ。SAPは継続的かつ予測しやすい収益源の拡大を目指している。

 2つ目の理由は、大企業向け事業分野で自社のポジションを守ることにある。これはAmazon Web Services(AWS)の同名サービスやGoogleの「Google Cloud」、Microsoftの「Microsoft Azure」など、大規模なインフラを提供するクラウドサービスに対抗するためだ。こうした取り組みを実施しない場合、顧客企業はRISE with SAPを使わずにそれらの大手クラウドサービスに移行する可能性があるという。

 これはERPシステム「SAP ERP Central Component」(SAP ECC)からSAP S/4HANAへの移行、もしくはSAP S/4HANAの継続利用を検討した顧客企業も例外ではない。「そのような顧客企業も、放っておけば大手クラウドサービスに移行し、SAP製品以外も含めた包括的なクラウド化を実現するだろう」。ライリー氏はそう話す。同氏はSAPが事実上、「他ベンダーのクラウドサービスを直接使う道を閉ざし、『RISE with SAPを経由すべきだ』と言っている」ようなものだと形容する。

 第3の理由として、AI(人工知能)アシスタント「Joule」などSAPのAI機能の拡充をライリー氏は挙げる。「RISE with SAPによって、SAPは匿名化された顧客データを手に入れる契約上の権利を得られる」とライリー氏は説明する。このデータを使って同社は大規模言語モデル(LLM)を訓練し、AIモデルの改善やアプリケーション開発に役立てることができる。これはRISE with SAPが同社の製品開発ロードマップの一部であることを意味すると同氏は考える。

 ライリー氏は、SAPがこれまで永続ライセンス購入者に提供してきた割引やインセンティブを提供しなくなったことにも言及する。これによって、顧客企業は永続ライセンスを継続しても大幅な割引を受けられなくなり、TCO(総所有コスト)が悪化する可能性があると同氏はみる。「SAPが戦略的に後戻りしたり、現状維持したりすることは考えにくいため、SAP顧客企業のクラウド移行は避けられない」と同氏は語る。

“第3の選択肢”もあり?

 調査会社Forrester Researchのアナリスト、リズ・ハーバート氏は、SAPの大口顧客にとってRISE with SAPは登場時には「あまり魅力的ではなかった」と話す。その後SAPはRISE with SAPの拡充を続け、今では「ほとんどの顧客企業にとって意味のある、購入意欲を誘うサービス」になったという。

 SAPの顧客企業が取り組むべき課題としてハーバート氏は以下を挙げる。

  • RISE with SAPが自社のニーズを満たすかどうかを見極めること
  • クラウド移行のパートナー企業を選別すること
    • パートナー企業ごとに、RISE with SAPに関する提供サービスは異なる。
  • SAP S/4HANA Cloudへの移行の必要性を再検討すること
  • 他のERP製品への移行を視野に入れること

 SAPが今直面している課題は、同社の顧客企業が他ベンダー製品を含む選択肢を前にして移行を検討しているという事実だ。「長年のライバルであるOracleだけではなく、WorkdayやIFS(Industrial and Financial Systems)、InforなどのERPベンダーも選択肢として名を連ねる」とハーバート氏は語る。

 ハーバート氏によると、SAP顧客企業の一部は、オープンソースERPの「Odoo」や、ERPベンダーRamcoの製品といった、これまでにない代替品を検討中だ。「RISE with SAPは、SAP顧客企業にクラウド移行の動機付けを与える点では成功しているが、ERP利用企業のハートをつかむという点ではまだ苦戦している」と同氏は述べる。

SAPに期待すること

 ERPコンサルティング会社Enterprise Applications Consultingの代表を務めるジョシュア・グリーンバウム氏は、RISE with SAPが機能とカスタマイズ性の面で進化していると考える。グリーンバウム氏はRISE with SAPについて、「初期は混乱を招き、機能が不足していた時期もあった」と説明する。その後、SAPは同社が想定する方法以外にもさまざまなクラウド移行方法があることを認識するようになり、RISE with SAPの使い勝手が改善したという。

 RISE with SAPの普及度に関係なく、SAP顧客企業の大部分は、クラウドサービスに移行せずにSAP製品のメンテナンスとサポートの期限を迎えるとグリーンバウム氏は予測する。これは顧客企業において、SAP製品のサポート対象期間内にクラウド移行を完了させるための人員、時間、資金が不足しているためだ。

 グリーンバウム氏は、SAPが顧客企業の多様なニーズに応えるためにRISE with SAPを強化し続けている一方で、顧客企業は必ずしもRISE with SAPを選ぶ必要がない点を強調する。顧客企業のシステム形態や要件によっては、RISE with SAPが最適な選択肢にはならないケースがあるからだ。「SAPは顧客企業のクラウド移行を妨げるような、型にはまった移行手法を提供するのではなく、もっと独創的な方法で顧客企業の問題を解決してほしい」と同氏は言い添える。

TechTarget発 先取りITトレンド

米国TechTargetの豊富な記事の中から、最新技術解説や注目分野の製品比較、海外企業のIT製品導入事例などを厳選してお届けします。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

ページトップに戻る