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会計システム「Horizon」のバグが招いた“前代未聞のえん罪” 壮絶なその現実富士通の英国子会社が開発

英国で長きにわたって話題となっている、会計システムに起因するえん罪事件の最初の調査報告者が公開された。何が問題だったのか、どのような人的影響があったのかを報告書の記述から解説する。

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 英国で郵便局の運営を手掛ける公社がPost Officeだ。Post Officeは各郵便局の運営を民間に委託しており、民間の事業者が実際の窓口業務を担う。1999年から2015年にかけて、各地の郵便局で、現金と会計システムの残高が合わないという問題が発生し、横領などの疑いで900人以上の郵便局長が起訴された。

 後に富士通の英国子会社Fujitsu ServicesがPost Officeに納入した会計システム「Horizon」の欠陥が残高不一致の原因であることが判明。この事件を基にしたテレビドラマの放映をきっかけに、“英国史上最大の冤罪(えんざい)事件”とも言われるようになった。

 3年間の法廷公的調査を経て、2025年7月8日(現地時間)、166ページにも及ぶ報告書の第1巻が公開された。調査を担当する元判事ウィン・ウィリアムズ氏が記したこの報告書では、主に事件による人的影響の詳細と、補償の進捗(しんちょく)状況について扱われている。

13人が命を絶つ――被害者の証言

 報告書についてウィリアムズ氏は「極めて憂慮すべき状況が明らかになった」と語る。同氏は13人が自ら命を絶った件について、「事件と自殺との直接的な因果関係を証明することは不可能だが、関係はなかったと否定することはできない」と報告書に記した。

 影響の具体的な算出については次のように記されている。「被害を受けた人数を正確に把握することは不可能だ。現在、補償制度への申請対象者は約1万人おり、その数は今後数カ月で数十万人、場合によってはそれ以上に増加する可能性が高い」

 さらにウィリアムズ氏は「少なくとも59人が、この事件が元で自殺を考えたと証言した。うち10人は実際に自殺を試みたと語り、中には複数回試みた人もいた」と続ける。

 報告書にはある元郵便局長の言葉が次のように引用されている。「Post Officeから受けた苦痛は計り知れない。精神的ストレスがあまりにも大きく、うつ病になり、お酒に頼るようになった。何度も自殺を試み、精神科施設に2度入院した」

事件のいきさつ

 このえん罪事件では、Horizonの欠陥が原因となった現金残高の不足を理由に、数百人の郵便局長が不当に訴追された。数千人が不足分を補塡(ほてん)させられたり、退職を強いられたりした。

 複数の人が誤審の結果、刑務所に収監され、さらに多くの人が、犯罪を犯したとの汚名を着せられ、何十年も苦しんだ。後に数百件の判決が不当として覆された。

 ウィリアムズ氏は報告書の中で、2010年まで使用されたHorizonの最初のバージョンを“レガシーHorizon”と呼び、次のように書いている。「Post Officeの上級職員および一般職員の一部が、レガシーHorizonに度々エラーが起きることを知っていた、あるいは少なくとも“想定できた”と語っていた証拠を入手している。それにもかかわらず、Post OfficeはレガシーHorizonのデータは正しいと主張していた」

 「2010年、レガシーHorizonは、『HNG-X』あるいは『Horizon Online』として知られるバージョンに置き換えられた。しかしこれにも欠陥があり、郵便局や『クラウン』(Crown:大規模支店)で残高の不一致が時折発生していた。Fujitsu ServicesとPost Officeのある程度の従業員がこの事実を認識していたことは間違いない」

 調査開示直後、ウィリアムズ氏は、Post Officeが現在使用しているバージョン「HNG-A」が「以前のバージョンより堅牢(けんろう)」と想定していたが、「富士通とPost Officeから提供された証拠を考慮すると、今やそうとは言い切れない」と語る。

 2025年後半の公開が予想される第2巻では、事件に至った原因がより詳細に説明されるという。被害者たちは責任の所在が明確になることを望んでいる。

報告書を受けた英国政府の回答

 ウィリアムズ氏は補償に対するPost Officeの姿勢を批判する。「補償請求において、Post Officeとその顧問弁護士が被害者に対して不必要に敵対的な態度を取ることがあまりにも多く、これが和解を難しくした」と語る。

 ウィリアムズ氏は英国政府に対し、被害者が法的アドバイスを受ける際の費用負担、不利益を被った近親者への補償、「完全かつ公正な補償金が支払われているかどうかの確認」を要求した。同氏は英国政府に2025年10月10日までに同氏の19の勧告に対する書面による回答を提出するよう要求し、関係各省、Post Office、富士通に対し、10月31日までに修正への取り組みを策定し、概要を示す報告書を公開するよう求めた。

 報告書を受けて、サービス・中小企業・輸出担当政務次官(Parliamentary Under Secretary of State for Minister for Services, Small Business and Exports)を務めるガレス・トーマス議員は議会で次のように述べた。「ウィリアムズ氏の勧告は正当で、慎重な検討を要するものが含まれている。救済制度の継続的な実施に対する懸念の声が上がっているので、10月10日までに速やかに対応する」

調査に至った流れ

 2009年、英国Computer Weeklyが、このえん罪事件についての初めての本格的な調査記事を掲載した。2016年、アラン・ベイツ氏が率いる555人の元郵便局長がPost Officeに対し集団訴訟を起こした。

 2019年、高等法院はHorizonの欠陥が残高不一致の原因であるとの判決を下した。アラン・ベイツ氏は2020年1月、Computer Weekly誌上で、証人に証言や証拠の提出を強制できる法定公的調査への進展を期待する発言をしている。実際に法廷公的調査がスタートしたのは2021年1月だった。

 前述のように、アラン・ベイツ氏を主人公に据えたドラマ「Mr Bates vs The Post Office」が2024年1月から民間放送局ITVで放映されたことで、この事件は幅広い関心を集め、大々的にメディアに取り上げられるようになった。

 ドラマには、エルズミアポートの郵便局長だったマーティン・グリフィス氏のエピソードが含まれている。グリフィス氏は2013年9月、50歳の時、自ら走るバスの前に進み出、命を絶った。この件はウィリアムズ氏の調査報告書でも扱われている。グリフィス氏はHorizonの問題で何年も苦しんだ。2011年に停職処分を受け、2013年には解雇された。同氏はPost Officeに対し、不足分とされた多額のお金の補塡を強いられ、両親は同氏を助けようと約6万2000ポンドの貯金全てを使い果たした。

 2021年4月以来、英国政府は数百人の元郵便局長に対する有罪判決を覆し、被害者数千人に補償するという前例のない取り組みを余儀なくされている。

 法的公的調査は7つのフェーズに分かれている。今回の報告書は第1フェーズに当たる人的影響に焦点を当てたもので、公聴会で被害者たちが語った体験談に基づいている。第2フェーズは2022年10〜12月に行われ、Horizonとその調達、設計、試作、展開、修正についての調査が実施された。2023年1〜5月の第3フェーズでは運用、2023年7月から2024年2月に行われた第4フェーズでは、郵便局長の捜査と訴追に関わった捜査官や弁護士について調査が行われた。2024年4〜7月には第5フェーズと第6フェーズが同時に実施され、Post Officeの取締役、政務次官、その他公務員への調査が行われ、2024年9〜11月に行われた第7フェーズでは、Post Office内の現在の慣行と手順、補償の取り組みについて調査がなされた。

 法廷公的調査では、Post OfficeがHorizonに欠陥があることを展開時にすでに知っていたこと、証人がPost Officeに促されて陳述を変更したこと、弁護士が元郵便局長の裁判中に証拠を隠滅したことなど、多くの衝撃的な事実が白日の下にさらされた。

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