クラウド費用“爆発”を防ぐ「FinOps」入門 予算超えの恐怖から脱出するには?:気付いたら“前月比2倍の請求額”なんてことも……
クラウド利用が拡大する中で、IT部門を悩ませるのが「予算を超える想定以上の請求」だ。FinOpsによるコスト最適化を実践するための基本を押さえておこう。
「AWS(Amazon Web Services)からの請求額が先月の2倍になった」「開発チームが立ち上げたクラウドインスタンス(仮想マシン)が放置され、課金が続いている」――。こうしたクラウドコスト管理の課題を解決する手法として「FinOps」が注目されている。これは「Finance」(財務)と「Operations」(運用)を組み合わせた造語で、クラウド利用とコストの最適化を目的とした実践的な管理手法だ。
自社運用のオンプレミス環境は、サーバの購入時に初期費用が一括で発生し、その後の運用コストは比較的予測しやすい。しかし、クラウドサービスでは使った分だけ課金される従量課金制が基本となるため、利用状況の可視化が不十分だと「気付いたら予算を大幅に超過していた」という事態が起きがちだ。
クラウドサービスの利用が広がる中で注目されるようになったFinOpsは、クラウドサービスにおける財務管理を組織的かつ継続的に実施することを目的にするもので、単なるコスト削減策ではない。IT部門と財務部門、そして各事業部門が連携しながらクラウドコストを最適化する。ビジネス価値とコストのバランスを見極めながら、クラウド投資の効果(ROI:Return on Investment)を最大化することに主眼を置く。
FinOpsを実践するに当たり、クラウドコスト管理のよくある課題や、FinOpsの具体的な実践方法、成功の秘訣などを押さえておこう。
クラウドコスト管理で陥りがちな“よくある課題”
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なぜFinOpsが必要なのか
FinOpsを導入する際、多くの企業が幾つかの共通した課題に直面する。1つ目は「責任の所在が明確ではないこと」だ。例えば、開発チームが仮想マシンやストレージなどのクラウドリソースを作成し、情報システム部門が運用を担い、経理部門が請求書を受け取るといった分散した体制では、クラウドコストの最適化に誰が責任を持つのかが曖昧になりがちだ。
2つ目は、リアルタイムでの可視化ができないこと」だ。多くの企業では月次の利用明細でしかコストを把握できず、異常な利用や無駄な課金に気付くのが遅れる。問題の早期発見と迅速な対処が難しい点が課題となる。
3つ目は「最適化施策の優先順位付けが難しいこと」だ。例えば、リザーブドインスタンス(予約インスタンス)やSavings Plans(長期契約による割引プラン)、ストレージクラス変更といった多数の選択肢がある中で、どの施策を優先すべきかを判断するのは容易ではない。
FinOpsの3つの実践フェーズ
FinOpsでは企業が直面する課題に対処するために、「可視化」(inform)、「最適化」(optimize)、「運用」(operate)という3段階のプロセスが推奨されている。
1.Inform:可視化と責任の明確化
AWSの「AWS Cost Explorer」や、Microsoft Azureの「Azure Cost Management」などの標準ツールを使い、クラウドサービスごと、部門ごとの支出を把握する。このとき重要になるのがタグ付けの徹底だ。全てのクラウドリソースに対して「プロジェクト名」「部門」「環境」「責任者」といった情報をタグとして付与し、コストの帰属先を明確にする。
2.Optimize:具体的なコスト削減施策
リザーブドインスタンスやSavings Plansをうまく活用することで利用料金を大幅に削減できる可能性がある。AWS公式のドキュメントによると、最大72%のコスト削減が可能だ。
ストレージコストの最適化も重要だ。例えばAWSによれば、ドイツのEコマース大手Zalandoは、オブジェクトストレージサービス「AWS Simple Cloud Storage」(Amazon S3)の自動階層化機能「Intelligent-Tiering」を活用し、年間で約37%のストレージコスト削減を実現した。
リソースサイジングの見直しでは、実績データに基づく適正化を行う。まず開発環境で効果を検証し、問題がなければ本番環境へ展開するのが望ましい。
3.Operate:継続的な運用体制の構築
月次でのコストレビュー会議を設け、IT部門・財務部門・事業部門が連携して予算と実績のギャップ分析や次月以降の最適化計画を策定する。「AWS Budgets Alerts」や「Azure Cost Alerts」などのアラート機能を活用すれば、異常なコスト増加をリアルタイムで検知し、迅速に対応できる。
企業規模別のFinOps導入アプローチ
FinOpsの導入に当たっては、企業規模やクラウド利用量に応じた適切なアプローチが求められる。
従業員300人未満、月額クラウド費用が100万円未満の企業
この規模の企業では、まずタグ付けルールの整備とコストの可視化から始めるとよい。AWSやMicrosoft Azureなどが提供する標準機能のみでも十分な効果を得られるケースが多い。
従業員300〜1000人規模、月額費用が数百万円クラスの企業
部門横断でのコスト配分や最適化が課題になるため、「CloudHealth」や「CloudCheckr」などのサードパーティー製FinOps支援ツールの導入を検討すべきだ。コストの内訳や傾向をより精緻に把握できるようになる。
従業員1000人以上の企業
この規模の企業では、FinOps専任チームの設置と、クラウドガバナンス体制の構築が不可欠となる。「Apptio Cloudability」や「Flexera」などのコスト管理ツールを活用することで、高度な予測分析や財務インパクトの見積もりも可能になる。
実装時の成功要因と注意点
FinOpsを成功に導くには、技術面と組織面の両軸からのアプローチが欠かせない。
技術面
自動化の推進が鍵を握る。例えば、「AWS Lambda」や「Azure Functions」などのサーバレスコンピューティングツールを用いて未使用リソースの自動停止処理を実装すれば、人的ミスや管理の手間を減らし、コスト最適化の効果を高めることができる。
組織面
コスト削減の成果を事業部門の評価指標に反映し、全社でクラウドコストへの意識を共有する仕組みづくりが重要だ。
ただし、コスト削減だけを追い求めてシステムパフォーマンスを犠牲にするのは本末転倒だ。常にビジネス価値とのバランスを意識し、「小さく始めて、段階的に成熟度を高める」というアプローチが有効だ。これにより、継続的なクラウドコスト最適化とIT投資の効率化を両立できる。
適切なFinOpsの実践によって、「数字で語れる情シス」へと進化することができる。
明日から始めるFinOps実践チェックリスト
FinOpsを実践する際は、次のような基本的な取り組みから小さく始めることができる。
- 未使用リソースに適切なタグが付与されているかどうかを確認する。
- 部門別のダッシュボードを作成し、クラウドコストを可視化する。
- リザーブドインスタンスやSavings Plansの適用状況を棚卸しする。
- 開発環境の自動停止スケジュールを設定する。
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