「さすがにここはAIに任せられない」 システム開発現場のAI活用の実態:AIツールは中堅エンジニアを超えるか?
システム開発でAIツールをどう活用し、どの程度効率化につながっているのかをまとめた調査レポートが公開された。その結果からは、開発現場での具体的な活用シーンに加え、見落とされがちなリスクも浮かび上がった。
人工知能(AI)ツールを使えばシステム開発の業務効率を向上できる――。こうした主張について、「どの程度効率化できるのか?」「具体的にどの業務で効果が出ているのか?」を示す調査レポートを、Agoda International(以下、Agoda)が公開した。
この調査は、2025年8月〜9月、東南アジア6カ国(インドネシア、マレーシア、シンガポール、タイ、フィリピン、ベトナム)およびインドで働く開発者約600人を対象に実施したものだ。回答者はさまざまな経験レベル、企業規模、業界分野から構成されている。
Agodaが示したデータとは
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AIツールで業務効率は本当に向上する?
Agodaが2025年11月6日に公開した調査レポート「Agoda AI Developer Report 2025」によれば、ソフトウェア開発を迅速する目的で、毎週AIツールを使用していると答えた回答者は全体の95%だった。37%の回答者は、AIツールを使うことで、週に4〜6時間の時間を短縮できていると答えた。だが、未知の問題を解決するためにAIツールを使用していると答えた回答者は22%にとどまり、AIツールが「中堅レベルの開発者」と同じように業務をこなせると考えているのは全体の43%だった。コードの生成にAIツールを使っていると答えた回答者は94%に上った一方、デプロイでは69%、テストでは34%、ドキュメント作成では16%にとどまっており、システム開発の後工程ほど利用率が低くなっていることが分かる。
このような傾向を通じて、レポートは開発者の間に「実利的な楽観主義」(pragmatic optimism)の文化が根付いていると指摘している。AIツールを生産性向上のために活用しつつも、品質を確保するために人間の監視を欠かさないという考え方だ。実際に、67%の回答者がAIツールを使って生成したコードをマージ前に全てレビューすると答え、70%はAIツールからの出力を修正する習慣を持っていると回答していた。
AIツールが出力したコードをレビューする作業が欠かせない背景には、企業側のルール整備の遅れがある。調査によると、回答者の約60%がAIツールに関する正式なポリシーが存在しないと答えている。一方で、回答者の72%は、チーム主導のレビューや検証プロセスによって、生産性とコード品質の向上を実感しており、責任あるAIツールの活用には人間の監督が重要な役割を果たしていることが分かる。
AIの導入が急速に進む一方、従業員の間ではスキルギャップが拡大しており、研修も十分に行き渡っていないことが明らかになった。調査によると、回答者の72%はWebの教材や個人的な取り組みを通じて独学でAIツールの使い方を習得している。一方で、企業が設定した研修を受けていると答えた回答者は28%にとどまった。
体系的な研修にアクセスできるかどうかは、回答者が働く業界や国によって異なると調査レポートは指摘している。例えば、シンガポールの回答者はベトナムの回答者に比べて、体系的な研修にアクセスできる可能性が約2倍高いという。結果として、開発者は企業が研修を提供するよりも先に独学を進めており、より自主的かつ独立したスキル習得を進めている。
AIツールの変化に取り残されることへの懸念も強まっている。シンガポールでは、開発者の44%が「AIツールの進化に追随できなければ取り残される」と感じており、全体の58%が「AIスキルは採用の前提条件になるべきだ」と回答している。
「AIツールは、東南アジアやインドにおける開発のあり方、学習方法、コラボレーションの形を再構築している」と、Agodaの最高技術責任者(CTO)であるイダン・ザルツバーグ氏は述べている。「かつて、AIツールを使う目的は、コードの記述、テスト、デバッグといった作業を高速化するための手段にすぎなかった。だが今では、ソフトウェアの作り方そのものを変えつつある。AIツールは、開発チームの業務を迅速化し、継続的な学習を促し、新しい形での課題解決を支援している」
ザルツバーグ氏は続けて、次のように述べた。「この地域ではAIツールの活用が主流になってきているが、その浸透度にはばらつきがある。開発者は、スキルや判断力の代わりではなく、あくまで業務を加速しつつ品質を維持するための手段として慎重にAIツールを使っている。真の可能性は、こうした現場主導の成熟を体系的なプロセスと責任ある実験で支え、高い導入率を持続的な能力へと昇華させる点にある」
同レポートでは、AIツールを活用して生産性と品質を両立させている地域企業の事例も紹介されている。
シンガポールのオンラインフリーマーケットCarousellでは、開発者がAIツールの活用を通じて週4〜5時間の業務時間を短縮できているという。具体的には、画像認識技術を使った商品分類の自動化やスパムリストの検出、ユーザーチャットにおける潜在的な詐欺行為の特定といった用途だ。
Carousellでプロダクトおよびプラットフォームエンジニアリングを統括するラジャス・ラメシュ氏は、「AIツールの最大の利点は、スピードだけではない」と述べる。「AIツールを使うことで浮いた時間を、システムの設計や問題の解決、後進の指導といった活動に充てられるようになった」
Agodaは、社内向けAIツール「CodeBuddy」を開発し、コードレビューやバグの早期発見に活用している。CodeBuddyの導入によって、マージリクエストごとに必要なコメント数を30%以上削減でき、デプロイまでの時間短縮に貢献している。
ベトナムのモバイル決済アプリ「MoMo」を展開するOnline Mobile Services Joint Stock Companyは、画面の設計データ(デザインファイル)をモバイルアプリケーション用のコードに変換する「Figma2Code」を導入しており、コンポーネントのレビューにかかる時間を最大3時間から30分にまで短縮した。
タイのサイアム商業銀行(Siam Commercial Bank)の投資部門SCB 10Xでは、自社開発のタイ語大規模言語モデル「Typhoon」を、「ChatGPT」や「Gemini」といった生成AIツールと併用し、コード生成、デバッグ、品質管理に活用している。これによって、週に5〜6時間の業務時間短縮を実現しているという。
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