「脱VMware」に乗じてAI市場で覇権を狙うIBMとDellの思惑は?:VMwareユーザーの乗り換え戦略に焦点
BroadcomによるVMware買収後のライセンス体系変更が、ユーザー企業の不満を生んでいる。この機を捉えようと、Dell TechnologiesやIBMがAIインフラ製品群を相次いで強化した。市場の勢力争いの行方は。
クラウドサービスの料金、セキュリティに関する懸念、専門人材の不足など、企業はさまざまな課題を抱えている。そのような中、大手ベンダーは、オンプレミスのAIインフラを構築するためのパッケージ化されたサービス群を提供している。これによって企業は、独自にハードウェアやソフトウェアを選定して構築するよりも、迅速にAIインフラを導入可能になる。
半導体ベンダーBroadcomは2025年8月、データレイクハウス「Tanzu Data Intelligence」を発表した。加えて同月、「Linux」ディストリビューション(配布パッケージ)の「Ubuntu」を開発するCanonicalとの提携拡大によって、IBMのAIツール群「Red Hat AI」やDell Technologiesの「AI Factory」に対抗するプライベートAIインフラ製品群も強化した。これに対してIBMとRed Hat、Dell Technologiesは同年10月、それぞれの製品に対して独自のアップデートを発表し、反撃に出た。これらのアップデートから、各ベンダーのAIインフラ市場における戦略を読み解く。
激化する「AIインフラ戦争」
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各社のAI戦略
Red Hatは、親会社であるIBMのAIサービス群「watsonx」を支えるソフトウェアとして、コンテナ管理ツール「Red Hat OpenShift」やAIアプリケーション開発ツール「Red Hat OpenShift AI」を提供している。IBMのサービスおよび技術群は、VMwareのAIインフラ用アーキテクチャ「VMware Private AI」と競合するが、オンプレミスシステムとクラウドサービスにまたがるハイブリッドクラウドでの導入に重点を置いている点が特徴だ。2025年10月にRed HatはRed Hat AIのバージョン3を公開し、オープンソースのAIモデル推論フレームワーク「llm-d」の一般提供を開始した。利用可能な大規模言語モデル(LLM)やGPU(グラフィックス処理装置)も拡張されている。
Red Hat AIの構成要素であるRed Hat OpenShift AIのバージョン3.0では、AIモデルを一元管理できるレジストリや、サービスとしてGPUを利用できる「GPU as a Service」機能が導入され、AIインフラの利用効率が向上した。2025年10月に一般提供が始まった「Red Hat OpenShift 4.20」は、仮想化機能「OpenShift Virtualization」において、VMwareのハイパーバイザー「vSphere」と対抗する機能を搭載している。これはCanonicalとの連携でコンテナ技術を強化するBroadcomへの明確な対抗策だ。
Dell TechnologiesのAIモデル用データ管理システム「AI Data Platform」と、同社が進める分離型(ディスアグリゲーテッド)インフラへの移行は、かつて同社の傘下だったVMwareと共に提供していたハイパーコンバージドインフラ(HCI)「VxRail」の後継と見なせるとアナリストは分析する。Dell Technologiesはプライベートクラウド向けアプライアンスの一部としてRed Hat OpenShiftも販売しており、両社が重複する領域もある。
メディア企業SiliconANGLE Media(theCUBE Researchの名称で事業展開)のアナリストであるロブ・ストレチェイ氏は、「企業がAI技術導入を推進するには、サーバ台数を増やすスケールアウトだけではなく、個々の性能を高めるスケールアップも必要だ」と指摘する。同氏によれば、Dell TechnologiesはVxRailユーザーの支援を継続するものの、今後はNutanixやNVIDIAといったパートナーとの連携を優先する戦略を明確に打ち出している。これはAI分野でHCIが最適解とは言えなくなりつつあることや、Broadcomの戦略変更に対するユーザー企業の不満が背景にあるためだ。
こうした状況を受けてDell Technologiesは2025年10月、AI Data Platformの機能強化を発表した。ストレージ製品「PowerScale」および「ObjectScale」の対象範囲を更新した他、将来的にはAIエージェントとデータソース間を連携させるMCP(Model Context Protocol)サーバに関するソフトウェアのプリインストールといった強化を計画している。
エンタープライズAIインフラ市場の覇権争い
アナリストによれば、これらのベンダーはHPE(Hewlett Packard Enterprise)と同様に、自社でAIインフラを管理したいと考える大企業を主な対象としている。エンタープライズ向けのAIインフラ市場は形成途上であり、大手クラウドベンダーとの厳しい競争も続いている。
調査会社IDCのアナリストであるナンシー・ゴーリング氏は、AI技術がクラウドサービスの導入を促進する一方で、セキュリティ、プライバシー、データ主権に関する要件がオンプレミスシステムでAIモデルを稼働させることへの関心を高めているとみる。特に、タスクを自律的に実行する「AIエージェント」に関するビジネスリスクや導入時の懸念として、セキュリティは常に重大な問題になっているという。「将来的に企業がカスタムAIエージェントを構築するようになれば、セキュリティ上の理由からオンプレミスインフラへの関心がさらに高まる可能性もある」と同氏は付け加える。
ただしIDCの調査によれば、2025年時点ではAIインフラの形態に強い偏りは見られない。AIアシスタントやAIエージェントの開発、導入先としては、パブリッククラウドやハイブリッドクラウド、オンプレミスシステム、エッジコンピューティングといった複数の形態のシステムがある。
市場分析企業J.Gold Associatesのプリンシパルアナリストであるジャック・ゴールド氏によると、各ベンダーが提供するAIインフラの全体構成には今のところ大きな差は見られない。一方で焦点にはわずかな違いがあり、ネットワーク機器ベンダーJuniper Networksを買収したHPEはネットワーク分野に、Dell Technologiesはストレージやサーバといった従来の得意分野に注力しているという。同氏の分析では、HPEは構成要素の自由度を高め、ネットワークやデータアクセスを重視している。これに対してDell Technologiesは「処理成果を重視しているように見える」と同氏は説明する。
「『このベンダーの製品を選べば間違いない』と断言できるほど、圧倒的に優れているベンダーは現時点ではない」(ゴールド氏)
vSphereからの移行取り込みを強化するOpenShift Virtualization
ゴールド氏とストレチェイ氏は、IT製品/サービスの導入担当者は、AI技術に関する支援を求める際、最も緊密な付き合いがあるインフラベンダーに頼る傾向が強いと考える。
「ITリーダーは、まず現在のシステム構成を見直し、自社が最も交渉力を持つ相手を見極めるべきだ」とストレチェイ氏は助言する。その上で、「『導入するために何をサポートしてくれるのか』とベンダーに問うべきだ」と続けた。
企業が乗り換え対象にするベンダーとして考えられるのがBroadcomだ。同社は買収したVMware製品のライセンス体系や価格設定を大幅に変更し、一部のユーザー企業の間に波紋を呼んだ。
そのため、IBMやRed Hatといったベンダーは、vSphereユーザーのニーズに応える製品としてOpenShift Virtualizationを開発している。Red HatがvSphereユーザーの取り込みに注力していることは、「Migration Toolkit for Applications」バージョン8からも明らかだ。このツールキットには、コンテナ管理製品群「VMware Tanzu」の土台となる「Cloud Foundry」からRed Hat OpenShiftへのアプリケーション自動移行を支援するAIアシスタント機能「Red Hat OpenShift Lightspeed」が搭載された。
ストレチェイ氏によれば、Red Hatはハイパーバイザー分野でvSphereに追い付くだけではなく、VMware製品ユーザーにとっての使いやすさを向上させることで、OpenShift Virtualizationの魅力を高めようとしている。
例えばRed Hat OpenShiftバージョン4.20では、サーバクラスタ間でVM(仮想マシン)を稼働させたまま移行(ライブマイグレーション)できるようになった。大規模なVMを迅速に移行するため、移行処理を外部ストレージに肩代わりさせる機能も含まれる。管理機能も簡素化され、Red Hat OpenShift LightspeedとVM管理機能「OpenShift Virtualization Operator」によって、Red Hat OpenShiftのWeb管理画面にVM管理ツールも組み込まれた。この他、VMと外部ネットワークの緊密な連携も実現している。
「VMware製品と比べるとOpenShiftの管理は難解だったが、Red Hat OpenShift Lightspeedと新しい管理画面は管理者の負担を軽減することが期待できる」とストレチェイ氏は述べる。もう一つの大きな柱は、これまで弱点とされてきたネットワーク技術だ。「ユーザー企業は、VMware製品の成熟したネットワーク機能や、動的ルーティング規格BGP(Border Gateway Protocol)への準拠のような機能を求めている」と同氏は付け加える。
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