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導入率90%でも「AIを信頼できない」開発者 Googleの年次調査AIは「企業の弱点」を増幅する“鏡”

Googleの調査によれば、開発者の9割がAIツールを利用している一方、以前よりもAIツールに対する信頼度が低下した。生産性は上がっているのに安定性や信頼性の向上が追い付かないのはなぜか。

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 AI(人工知能)技術を取り入れたコーディングツールは、ソフトウェア開発者の間で急速に普及した。ただしこれらのツールは依然として安定性に影響を及ぼし、非効率なプロセスやチーム間の連携不足といった組織的な課題を増幅させていることが、Googleの調査部門DORA(DevOps Research and Assessment)の調査で分かった。

AIツール活用で根強い「信頼性問題」

 DORAの年次調査は、ソフトウェアデリバリーの実績を、「開発の速度と効率性(スループット)」「リリースの品質と信頼性(安定性)」という2つの分野で測定している。ソースコードの品質、業務上の非効率さ、開発者の燃え尽き症候群といった、開発者個人の実績や状態も測定の対象だ。

 2024年に実施した調査は、世界の技術専門職約3000人を対象にした。この調査からは、企業のAIツール導入率が25%増えるごとに、ソフトウェアデリバリーのスループットは1.5%、デリバリーの安定性は7.2%低下する可能性が示唆された。一方で、5000人の開発者を対象にした2025年版の調査(100時間以上のインタビューも実施)では、2024年とは大きく異なる結果が出た。

 DORAの責任者で、クラウドサービス群「Google Cloud」の開発者支援を担当するネイサン・ハービー氏によると、2025年の調査は測定項目の尺度をそろえて、AIツールの導入率が増えることによる変化を測定した。「こうして計測した数値は相対的なもので、過去の絶対的な数値と比べると分かりづらいものの、AIツールの導入による開発パフォーマンスの改善は確認できた」と同氏は語る。

 DORAの2025年版レポートは、AIツールの導入効果がマイナスからプラスに転じた背景について、幾つかの仮説を立てている。ソースコードの骨組みの作成、定型のソースコード記述といった単純作業の一部をAIツールが担うことで、開発者がデプロイ作業に集中できるようになったとレポートは分析する。これはソフトウェアデリバリーのスループット向上、ひいては製品の性能向上につながった可能性があるという。「企業のシステム自体が、AIツールが成果を出しやすい形に順応し始めていることも考えられる」とレポートは分析する。

 こうした結果に対して、共感を示すソフトウェアエンジニアリング責任者がいる。

 Webサイト運用システムを手掛けるベンダーPantheon Systemsのチーフアーキテクト兼創業者のデービッド・ストラウス氏は、AIツールとより良い協調関係を築くエンジニアが増えたことを実感している。「開発者がAIツールに抱く期待値が現実的になり、AIモデルの品質自体も改善した」と同氏は語る。

 ハービー氏は、技術の成熟に伴ってAIツールがソフトウェアデリバリーの安定性に悪影響を及ぼすことは「想定内だ」と話す。「安定性が向上するより先に、まずスループットが改善し始めるという結果には驚きはない。常に速度向上のプレッシャーがかかる中では、安定性の確保は後回しにされがちだ」(同氏)

浮上するAIへの信頼問題

 2025年の調査で明らかになった他の変化としては、開発者によるAIツールの導入率が、2024年の79%から2025年は90%に増えた。回答者の80%は生産性が向上したと答え、59%はソースコードの品質が向上したと答えた。

 AIツールの採用は急速に進んでいるものの、開発者のAIツールに対する信頼度は向上していない。2025年の調査で、AIツールの信頼度について、「少ししか信頼していない」、または「全く信頼していない」と回答した人は合計でおよそ30%を占め、2024年の39.2%に比べると減った。一方で、AIツールが生成した出力を「ある程度信頼できる」「かなり信頼できる」「大いに信頼できる」と答えた人は、2024年が87.9%だったのに対し、2025年は約70%だった。

 ハービー氏はこれらの結果を、AIツールで実現できることに対する「期待値の健全な調整」が進んだ結果だと解釈している。「AIツールを100%信頼するのはよくない。AIツールがソフトウェアデリバリーの安定性を低下させている中、AIツールの出力を検証するチェック体制が不可欠だ」と同氏は述べる。

 あるアナリストも、同様の乖離(かいり)を指摘する。「IT分野の意思決定者は、高性能なAIモデルを搭載したソフトウェアへの投資には積極的で、AIモデルの判断を信頼すると公言する。だが実務では、AIモデルの決定を頻繁に覆している」とそのアナリストは説明する。

 米Informa TechTargetの調査部門Enterprise Strategy Groupのアナリストであるトルステン・フォルク氏は次のように話す。「人々はAIモデルの能力に感心する一方、その限界にいら立つジレンマを抱えている。確率に基づいて答えを導き出すというAIモデルの性質が、完全な理解と信頼を難しくしている。人のように振る舞う時もあれば、非論理的な回答を返す時もある」

調査が示すAIツール活用のベストプラクティス

 DORAのレポートは、AIツールの利用が良くも悪くも「企業の性質を反映し、増幅させる役割」を果たし始めていると結論付けた。「90%の回答者がAIツールを使っているという事実から分かることは、重要なのはAIツールを使っているかどうかではなく、AIツールをどう使っているかだ」

 2025年の調査結果に基づき、DORAはAIツールの恩恵を受けている企業に共通する7つのベストプラクティスをまとめている。

  • AIツールに関する明確な方針を持ち、それを社内に周知していること
  • データを円滑に活用する仕組みを整備していること
  • AIツールが参照できる社内データを保有していること
  • 開発するソフトウェアのバージョン管理体制を厳格に敷いていること
  • 作業を小さな単位で進めること
  • 社内に質の高い開発環境を整えていること

 DORAは、これらのベストプラクティスをどう組み合わせれば、AIツールによるソフトウェアの性能向上といった特定の成果に結び付くのかも解説している。例えばソフトウェアの性能向上を目指すチームは、「AIツールが参照できる社内データの整備」「小さな単位での作業」「AIツールに関する方針の明確化」に注力すべきだという。

 調査会社IDCのアナリストであるマシュー・フラグ氏はこう指摘する。「AIツールを活用したい企業は、まず社内の体制を整えるべきだ。ワークフローやプロセス、セキュリティ体制が盤石でなければ、AIツールはその隙をぬって問題を引き起こすだろう」

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