「SaaS解約してAIで自作」の甘いわな 情シスは“野良アプリ地獄”で3回泣く:「SaaS is dead」は本当か
SaaS価格高騰への対抗策として「AIによるツール自作」が浮上している。だが安易な脱SaaSは、管理不能な「野良アプリ地獄」を招きかねない。情シスが今把握すべき、「捨てるSaaS/残すSaaS」の明確な境界線を示す。
「SaaS(Software as a Service)の利用料が上がり続けているが、本当にこれだけの対価を払う価値があるのか」――。予算策定の時期になるたび、そう頭を抱えるIT部門のリーダーは少なくないだろう。そんな中、生成AI(人工知能)とAIエージェントの進化により、新たな選択肢が現実味を帯びてきた。「高いSaaSを解約し、AIにコードを書かせて自作すればいい」という考え方だ。だが、この甘い誘惑には致命的な落とし穴がある。
この動きを「AI agents are starting to eat SaaS」(AIエージェントがSaaSを飲み込む)というセンテンスで表したのが、英国のテクニカルアーキテクト、マーティン・オルダーソン氏だ。同氏は2025年12月に公開したブログ記事で、AIエージェントの進化により、ソフトウェアを「買う(Buy)」よりも「自社開発(Build)」コストが劇的に低下していると指摘する。
本稿は、オルダーソン氏のブログから、「AIエージェントを使ってツールの自作を検討すべき領域」「SaaSツールの代替が困難なツールや領域」は何か、「自社開発を進めるに当たってIT部門が把握しておくべきリスク」を紹介する。
AIに「食われる」SaaS、生き残るSaaS
オルダーソン氏は、全てのSaaSが不要になるとは主張していない。同氏はAIエージェントによって代替されやすい領域と、依然としてSaaSの優位性が保たれる領域を以下のように分類している。
AIエージェントを使ってツールの自作を検討すべき領域
- バックオフィスツール
- データをCRUD(作成:Create、読み取り:Read、更新:Update、削除:Delete)するだけのツールや、単純なデータ分析ダッシュボード、PDF化ツール。
- APIラッパー
- 既存のシステムや請求システムのデータベースにSQLで接続し、表示するだけのツール。オルダーソン氏は、こうした製品は「金曜の午後の空き時間を使ったエンジニア」が複製できる可能性があると指摘する。
- UI/UXの試作品(モックアップ)作成ツール
SaaSツールの代替が困難なツールや領域
- 高可用性が求められるインフラ
- 決済処理プラットフォームなど、極めて高いSLA(サービス品質保証)と信頼性が要求されるシステム。自作での運用ミスが許されない領域だ。
- 従業員同士のコラボレーションなど、ネットワーク効果を持つツール
- ビジネスチャットツールやユニファイドコミュニケーション(UC)ツールのように、社内外のユーザーと接続し、コラボレーションすることが価値の源泉となっているツール。
- 独自データを運用するツール
- 金融機関のデータや営業部門が蓄積したインテリジェンスなど、ベンダー独自のデータセットを提供するツール。
- 法規制やコンプライアンスが絡む領域
- 会計ソフトや人事給与システムなど、法改正への迅速な対応がベンダーの責任で保証されているもの。
- 複雑なコラボレーションが発生したり、データの整合性が求められたりするツール
- セキュリティ要件が極めて高い領域
「自作」のリスク
では、情シスは今すぐ不要なSaaSの解約手続きを進め、AIエージェントを使って社内ツールを量産すべきなのか。オルダーソン氏の答えは「否」だ。現場の従業員が「Excel」のマクロや独自ツールを独自に開発し、IT部門の管理外でシステムが氾濫するといった「エンドユーザーコンピューティングの悪夢」が、形を変えて再来する恐れもある。
AIエージェントによるツール開発の民主化は、裏を返せば「誰もが勝手にアプリを作れる」ことを意味する。IT部門が警戒すべきは、以下3つのリスクだ。
1.「野良アプリ」の増加
現場部門が「SaaSの予算が下りないから」といって、AIツールにコードを書かせて独自の業務ツールを作り始める。これを、IT部門の管理台帳に載せなければ、セキュリティ監査の対象外となる。「シャドーIT」ならぬ「シャドー開発」の横行となる。
2.メンテナンスの属人化とブラックボックス化
AIが書いたコードは動くかもしれないが、そのロジックを人間が完全に理解しているとは限らない。「作った本人やAIツール」がいなくなった後、誰も修正できない「ゾンビアプリ」が社内サーバに残るリスクがある。セキュリティホールが見つかったとき、誰がパッチを当てるのかという責任分界点も曖昧になりがちだ。
3.インフラ管理の負荷増大
SaaSのメリットは「インフラ管理の丸投げ」にあった。自作アプリが増えれば、それを動かすためのサーバやコンテナ、データベースの管理負荷は再びIT部門に戻ってくる。クラウドサービスの利用料が、削減したSaaS利用料を上回ってしまう可能性もある。
結論:技術の目利き力が問われる
AIエージェントの進化は、SaaS市場における「ベンダー優位」の構図を崩しつつある。IT部門にとって、これはコスト削減の強力な武器になり得るが、同時にガバナンスの崩壊を招く諸刃の剣でもある。
重要なのは、流行に流されて極端な方針転換をするのではなく、「自社の業務にとって、そのSaaSの価値は価格に見合っているか?」を冷静に見極めることだ。単なる機能提供にとどまっているSaaSは解約の候補とし、AIによる代替を検討してもよいだろう。
「作る」ハードルが下がった今だからこそ、「何を買い、何を作るか」というアーキテクチャの設計能力、すなわち情シスの「目利き力」が、経営への貢献度を左右することになる。
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