AI投資の成功率はわずか「5%」 数百万ドルを失わないための“10の聖域”とは?:ROIを実現できる事例を把握する
マサチューセッツ工科大学のレポートによると、数百万ドル規模の価値創出は5%にとどまる。一方、ROIを測定可能な活用領域も明らかになりつつある。本稿はその代表的な10分野を紹介する。
人工知能(AI)投資を成果やもうけに変えたい――。戦略的なAI活用を支えるインフラに数百万ドルを投じる企業もある中、実験やパイロット段階を超えて、長期的な投資対効果(ROI)を生んでいるケースは限定的だ。
マサチューセッツ工科大学(MIT:Massachusetts Institute of Technology)は、2025年8月に公開したレポート「The GenAI Divide:State of AI in Business 2025」において、52件の企業を対象とした詳細なインタビュー調査と、300件以上の事例分析を実施した。その結果、数百万ドルの価値を創出した事例はたった5%だった。では、投資対効果を測定可能なビジネス活用事例にはどのようなものがあるのか。本稿は、MITのThe GenAI Divideが示した“成果を生む企業の特徴”や、複数の調査で報告されている高ROIの事例を基に整理した10事例を紹介する。
10事例を紹介
1.カスタマーサービスの自動化
McKinseyのエリック・ビュージング氏(パートナー)は、コンタクトセンターの支援を一般的に「実証済みの活用事例」と「新興事例」の2つに分類できると指摘する。
「実証済みの活用事例」は、通話前の履歴要約や、AIによるリアルタイムのクロスセル案内、通話後の自動メモ作成がその例だ。これらは既に価値を生み始めている。
AIを活用した業務量管理も運用改善として有望な例の1つだ。例えば、入電数を踏まえてコンタクトセンターの業務量を管理する。入電量の急増や天候によるWebサイトのダウンが発生した際、AIエージェントの活用をどのように管理、維持するかといった場面でAIを活用できる。さらに、AIと自然言語処理(NLP)を用いた感情分析も有効だ。メールやSNSでの顧客の声を分析し、ブランドマーケティングの改善に役立てる。
2.営業とマーケティングの最適化
収益増加を目的としたAI投資は優先度が高い。有望な見込み客を優先順位付けするリードスコアリングや、各顧客の条件に沿った提案を実施するレコメンデーションエンジンなどだ。特に購買決定に直接影響し、従業員の労力を減らすアプリケーションは高いROIを期待できる。
一方で、MITの研究ではバックオフィスでの成果が報告されている。AIを使って業務プロセスのアウトソーシングを制限し、代理店費用を削減する動きだ。財務リスクのチェックを内製化する事例も成功事例として挙げられている。
3.パーソナライズされた顧客体験
AIモデルは行動や購入履歴に基づき、チャネル横断で顧客体験を最適化する。閲覧履歴によるレコメンデーションや、動的な価格設定(ダイナミックプライシング)が一般的だ。
ROIは、パーソナライズによって増加した収益やエンゲージメントで測定する。コンバージョン率や平均注文額、顧客生涯価値(LTV)の向上が指標となる。これらの効果は、通常A/Bテストや対照群との比較によって検証される。
4.予測分析
予測分析は、生成AIブーム以前からある技術だ。機械学習(ML)を用いて需要やリスクを予測する。金融サービスでの不正予測や与信スコアリング、製造業での故障予測、顧客離脱(チャーン)の予測に活用される。
予測分析は、コスト回避や収益向上といった指標に結び付きやすい。一取引当たりのコストや不正損失の削減など、定量的なKPIとの連携が容易だ。そのため、多くの生成AIプロジェクトよりもROIを数値化しやすい投資とされる。
5.予測保全
産業分野では、機器の故障を事前に察知する予測保全にMLが使われる。センサーデータや稼働ログを学習したモデルが、適切なタイミングでアラートを出す。これにより、計画外のダウンタイムや生産停止を回避できる。
ROIの算出には、AIの導入コストと、修理費や人件費の削減分、資産寿命の延長分を比較する。一部の産業用AIの導入では、6〜18カ月でROIが証明されるという報告がある。
6.IT運用の自動化
多くの企業にとって、AI導入の出発点はIT運用(AIOps)だった。AIによるサービスデスクの運用や、チケットの自動要約、ログ分析による異常検知が進んでいる。
定量的な指標には、チケット処理や監視業務の人件費削減、平均復旧時間(MTTR)の短縮、クラウドコストの最適化がある。ユーザーに影響が出る前に問題を解決する「AI主導の修復」が高いROIにつながる。
7.文書とワークフローの自動化
光学文字認識(OCR)やNLPを組み合わせたインテリジェント文書処理も高いROIが期待できる。履歴書の選別、契約書分析、保険金の請求処理などが対象だ。
特に請求書処理や買掛管理の自動化はROIが高い。一通当たりの処理コスト削減や処理時間の短縮が明確に現れるからだ。ただし、保険金支払いの拒否といった自動意思決定には規制上のリスクがある。さらに、コンプライアンス面でもリスクを伴うため、情報の厳格な管理と慎重な制御が求められる。
8.ソフトウェア開発
ボイラープレートコード(定型的なコード)の生成やコードレビュー、テスト生成にAIを利用可能だ。開発コストの削減やリリースサイクルの加速が期待できる。
ただし、コスト削減が自動的に実現するわけではない。AIの出力が手戻りを増やしたり、技術的負債を生んだりする場合があるため、監視体制の構築が不可欠だ。McKinseyが2025年11月に公開した調査レポート「The state of AI in 2025」によれば、個人向けのAIソフトウェア開発、製造業、IT企業においてコスト削減効果を挙げた事例がある。
9.サプライチェーンと在庫管理
複雑な環境下での需要予測や在庫配置の最適化、輸送やロジスティクスの最適化にAIが活用可能だ。余剰在庫の削減や欠品の防止を主な目的としている。
ROIは、平均在庫レベルの低下による保管コストの削減、保険料や廃棄コストの減少で測定する。欠品率の改善やサービスレベルの向上も重要な指標となる。サプライヤーのリスク予測による混乱コストの削減も有効な事例だ。
10.不正検知とリスク管理
金融取引の異常検知にMLを使う手法は、1990年代後半から存在する。現在はディープフェイクや高度なフィッシングなど、AIを悪用した詐欺への対策が求められている。
ハイブリッドディープラーニングや行動バイオメトリクスを用いた検知システムは、リアルタイムで脅威を阻止する。ROIは、不正損失の直接的な減少に加え、誤検知率の低下による顧客満足度の向上や運用コストの削減で評価される。
AIプロジェクトとROIの優先順位
ウォートン・スクールの2025年AI導入調査によれば、米国の経営者の72%が生成AIのROIを測定している。主な指標は生産性の向上と利益の増加だ。投資規模は二極化しており、大企業の約4分の1が2000万ドル以上を投じる一方、中小企業の多くは500万ドル以上の規模となっている。
回答者の約4分の3は、コーディングやデータ分析などの業務でプラスの収益を得たと報告している。ただし、経営層の方が中間管理職よりもAIに対して楽観的な見方をする傾向がある。また、企業の60%が最高AI責任者(CAIO)を設置している。
一方で、セキュリティリスクや運用の複雑さ、精度の低さが依然として障壁となっている。プロジェクトが実験段階から運用段階へ移行するにつれ、規制やコンプライアンスの精査も厳しくなる。
ビュージング氏は、戦略が変化していると指摘する。「単に技術を購入して適用場所を探すのではなく、現在の業務の在り方を見直し、AIでどの部分を大幅に削減・支援できるかを考える段階にある」と述べている。
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