「SaaSの死」は本当か? SalesforceベニオフCEOが楽観視する理由:「真の脅威」は別のところに?
「SaaSの死」が深刻に受け止められ、2026年に入ってSaaSベンダーの株価は大きく下落しているが、SalesforceのCEO、マーク・ベニオフ氏は「SaaSの死」の影響を楽観視している。なぜなのか。
「SaaSの死」は、大まかに言うと、Microsoft、Salesforce、Oracleなどクラウドアプリケーションを提供する大手ベンダーに対し、AI(人工知能)エージェントがもたらす脅威だ。オープンソースの「OpenClaw」や、Anthropic、Google、OpenAIなどが提供するツールキットを使用すれば独自のAIエージェントを構築できるのに、なぜ従来のアプリケーションのライセンス料を支払う必要があるのか──と主張する悲観論者もいる。
SaaSの死を存亡の危機と受け止めているのはウォール街だ。The Wall Street Journalによると、2026年に入ってからSaaSベンダーの株価は大きく下落している。一方、AI技術を開発するユニコーン企業はベンチャーキャピタルから資金を吸い上げている。
しかしSalesforceのCEO、マーク・ベニオフ氏は、2025年11月〜26年1月期決算発表会で、「SaaSの死」の影響を軽視した。ベニオフ氏は「もしSaaSの死が起こるとしても、逆にSaaSという巨大な生き物に飲み込まれるだろう」と述べる。
ベニオフCEOが「SaaSの死」を軽視する理由
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サブスクリプションの乱立にどう対処するか
Salesforceは、ユーザー企業がそれぞれの事業内容に従って機能をカスタマイズすることを歓迎するプラットフォームだ。しかし、たとえデータフィールドの事前入力や検索・集計機能などを超えた、自律的に作業を実行できるAIエージェントが登場したとしても、ユーザー企業は自社のコアアプリケーションを自ら構築、テスト、改善し、セキュリティまで確保しようとは思わないだろう。もちろん、野心的な開発者にいるユーザー企業もあるだろうが、ほとんどの企業は責任を負いたがらない。
医療や銀行といった規制の厳しい業界のSaaSユーザーの場合、この傾向は顕著になる。こうした業界のユーザー企業は長年、規制順守のためにワークフローを硬直化させてきた。自社システムをクラウドに移行させるだけでも長い時間がかかり、ましてやAI技術を導入するなど考えられない。安定したシステムを、まだ実証されていない新技術で「完全に置き換える」という考え方は、そうした業界とは相いれない。
こうした状況が続くと、新興ベンダーはAI技術を次々に活用し、大手SaaSベンダーに対抗するかもしれない。競争自体は歓迎すべきことだが、それほど悲観的な話ではない。
価格体系こそがSaaSにとって真の脅威
AIとSaaSを巡る真の問題は、泥沼と化した複雑な価格体系にある。AIエージェントの登場は、シートライセンス(ユーザー単位のライセンス)の消滅を引き起こす。AI技術ベンダーは、使用量に応じて料金が決まる「トークン課金制」を採用しており、AI機能を組み込むSaaSベンダーはそのコストをそのままユーザーに転嫁している。
これに加え、SaaSベンダーはサブスクリプションの基本料金だけではなく、ストレージ容量など従量課金制のコストも請求する。その結果、ユーザーがAI機能を使いすぎると、あっという間に予想外の請求額になる可能性がある。
従って、SaaSベンダーとAI技術ベンダーは共に、より透明性の高い価格体系を考案する必要がある。率直に言って、SalesforceはAI機能「Agentforce」の価格体系の設定で苦戦している。同社は「会話1件当たり2ドル」のモデルと「10万クレジット当たり500ドル」のモデルを採用している。
Salesforceの経営陣はまだ価格体系に結び付けて語ってはいないが、「Agentic Work Units」(エージェント型作業単位)という概念を明らかにした。同社の新プレジデント兼最高マーケティング責任者のパトリック・ストークス氏は、AIのトークンを効率的に使えているユーザーもいれば、そうでないユーザーもいると指摘する。
「ユーザー全体を調べ始めると、上位10社のユーザーがこれだけのトークンを消費している、あるいはSalesforce社内ではこれだけのトークンを消費している、といったことが見えてくる」とストークス氏は述べる。
「しかし、そこで疑問が生じる。『そのAIは実際に何らかの価値を生んだのか、それとも単なるやりとりをしただけなのか』という疑問だ」とストークス氏は続ける。「AIに質問をすると詩を書いてくれるかもしれないが、ビジネスの世界ではそれほど価値はない。本当に価値のあることは、書類を作成したりデータを更新したり、何らかの形でわれわれの業務を支援してくれることだ」(同氏)
これは興味深い動きだ。「われわれは、AIエージェントの作業量を測定できる方程式を構築できる唯一のベンダーだ」というのが、Salesforceの見解だ。Salesforceは顧客のデータを管理し、AIエージェントにプラットフォームを提供し、AIエージェントが消費したトークンをどのように活用しているかを監視している。アプリケーションとエージェントを統合することで、SalesforceはAIエージェントと人間が協力して業務を遂行する手助けをしようとしている。
AIのトークンの消費量を測る方法としては、決して悪くない。Agentic Work Unitsは、AI技術ベンダーではなくユーザーを起点とした発想だ。この発想はSalesforce独自というわけではなく、同じくCRM(顧客関係管理)ツールを提供するZendeskもAIエージェントの成果に基づく価格体系をテストしている。ただし開発段階だ。
SaaSベンダー各社が頭を悩ませ、従来の価格体系に代わる方法を模索している。今後、全てのSaaSベンダーとまでは言わないまでも、多くのSaaSベンダーが同様のアイデアを思い付き、この流れは加速していくだろう。
ただし各ベンダーの価格体系は、営業担当者がユーザー企業のCIO(最高情報責任者)や購買責任者を混乱させるほど、わざとらしく差別化されるだろう。営業担当者は「導入のメリット」を並べ立て、自社製品が競合他社の製品よりも安く見えるように、曖昧(あいまい)な計算をしてくるだろう。こうした騒ぎの中で忘れてはいけないのは、大手SaaSベンダーが最終的な決定権を持っているわけではないということだ。最終的な決定権を持つのは、ユーザーである「あなた」だ。
Salesforceは、Agentic Work Unitsという概念を掲げ、AIエージェントの主導権を握ろうとしている。しかしユーザー企業は、クラウドへの移行、データレイクの構築、多様なAI製品の導入といった、コストのかかる技術革新に疲弊している場合も多い。そうしたユーザー企業にとって、コストを安定させる価格体系は歓迎されるだろう。
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